第1章 第3部 第18話


 決勝の日となる。

 

 決勝は昼の一番から、時間無制限で行われる。各学年、各属性の実力者が戦うのだ。

 決勝は一つの祭りでもある。勝敗を決した生徒は、それぞれ応援すべき者の場所へと向かうのだ。そして、来訪者は有力株の優越を見届けるべく、姿を現す。

 勿論不知火老人や、蛇草などもそのうちの一人である。

 不知火老人が見るべき人間は、当然焔であり、鋭児の所に姿を現したのは、蛇草といったところだ。そして、ギャラリーは、F4のメンバーを中心に、一年Fクラスのメンバーと、残念ながら決勝に進むことが出来なかった、静音なのだが……。

 晃平が落ち着き無く周囲を見渡す。

 ここ二日、鋭児に対して黒幕的な動きをしていた晃平の腹黒い落ち着きぶりとは、一線を画している。

 囲炉裏の姿がないのである。しかしそれは晃平にしか解らない事なのである。

 囲炉裏がその場に居ないということが、鋭児にとってそれほど重要なことではないし、勿論晃平にとって、彼女が尤も大切な存在だと言うわけでは無い。ただ、仲間なのだ。

 そして、F4というクラスの性質上、この試合会場以外に行くという事が考え辛いのだ。

 彼らと晃平の間というのは、それほどの絆で結ばれているのである。少なくとも晃平はそう思っている。

 

 「黒野……」

 「何だよ」

 そう答えた鋭児の表情はそれほど硬くも無く、日常会話を交わすように、温和だった。

 「この試合俺に譲ってくれないか……」

 それと比べて、晃平の声は非常に強ばっている。

 「ネェよ。それがお前の後生だとしてもな」

 「だよな。お前はそう言う奴だ」

 これは特に鋭児を蔑む意味で放たれた言葉では無い。ただ彼の不器用さだったり、頑なさは、十分に表現されていた。

 「お前が勝てば良いだけの事だろ?」

 特に鋭児が晃平に勝てるという自信があっての事では無い。恐らく晃平のほうが実力的には上だろうし、引けない事情があるのはお互い様なのだ。ただそれだけのことである。

 「そうだな」

 再び晃平の目が据わる。そして、構えるのだ。それに併せて、鋭児も構える。

 

 二人が構えると、周囲がしんと静まり帰る。

 誰もがこの対戦を予想していなかった。両者ともダークホースではある。一年Fクラスの一番手二番手を押さえての組み合わせは、予想外中の予想外だった。

 「はじめ!」

 審判役の教員が、開始を伝えると同時に、二人は一気に詰め寄り、打撃の応酬に入る。勿論それぞれ大技を出させないための攻防である。手数は圧倒的に鋭児の方が多いが、晃平も防御の方は中々である。

 晃平は、基本的な速度はどうしても鋭児より劣るのだが、それでも様々な力のバリエーションで、堅固な守備を維持したり、高い火力を用いたりと、所々で、鋭児を上回って来るのだ。

 一方鋭児も、接近戦は手慣れたものである。このあたりは、普通の勝負とあまり変わりが無い。

 しかしそればかりに気を取られていると……。

 拳や蹴りでの駆け引きの最中、晃平が一歩下がり一呼吸置くような仕草を見せる。それは確かに呼吸を入れやすいタイミングだったのだ。しかし、一歩下がるか下がらないかの瞬間、晃平は切り返すようにして、深く一歩前に踏み出し、まるで獣が獲物の喉元を食いちぎるように、右手の指先を繰り出し、鋭児に攻撃を仕掛ける。寸前で身を翻すようにこれを躱し、晃平との間合いを空けるが、それは同時に晃平の猛攻を意味した。

 寸前で躱したはずだが、鋭児の左頬には擦られたような切り傷ができ、それがチリチリと熱を持った痛みを発している。

 防御し躱し続けるが、擦るだけで、ジャージの上着が食い千切られるようにして、徐々に綻びてゆく。

 今までの晃平は、スピードを抑えていた訳では無い。かといって、裏技を使っているわけでもない。ただ、より瞬発力を強めているのだ。

 忘れてはいけないことは、晃平という男は、力の使い方が非常に巧みなのだということだ。

 こればかりは経験の浅い鋭児では、一朝一夕にはいかない技術だ。それが力を使いこなすという意味なのだと言うことが、理解出来る瞬間でもある。

 「じれったいわね……」

 蛇草が呟く。鋭児が未熟なのは理解している所であるが、矢張り肩入れしている人間が、攻め倦ねている様子に落ち着けないのだ。それだけ、鋭児の経験不足は否めないのである。

 ただ、鋭児もやられてばかりではない。

 今まで受けに回っていたが、晃平が攻め入るよりも早く一歩、後ろに下がり、彼の攻撃を躱したのだ。

 しかもその一歩はギリギリというものではなく、大幅な裕りを持った一歩であり、晃平の二撃目に備えるには、十分な時間を作ることが出来る。

 晃平は無理に攻めない。攻める転機は、一定になりかけたリズムを崩す瞬間なのだ。いくら技術を駆使したところで、捕らえられない獲物は、矢張り捕らえられないのである。

 獣には狩りの間合いというものがあるのだ。晃平はそれを心得ていた。

 「本来虎襲拳てのは、こういう使い方をするんだよ」

 と、観客席を見る。そこには友利がいた。彼女に対する当てつけでもあるようだ。

 「今のはお前だから、空けられる間合いだと、俺は思っているよ」

 晃平が鋭児を見据える。まるで鋭児が優れていると言うことを意味し、自分が劣っていない事の証明をするかのようだった。

 鋭児は距離を空けた状態で再び同じように構える。拳もしっかりと握ったままだ。

 現状接近戦において、歩があるのは晃平のようにみえる。いくら気を通していても、鋭児の攻撃は所詮通常技なのだ。一方晃平は、殺傷力のある技となっている。

 顔の肉を引き裂かれたくらいで死にはしないが、後生に残る傷にはなる。ただ鋭児がこれを躱しきれないとは、晃平も思っていない。

 鋭児の拳は頑なに握られている。

 妙に意識された握りだと、晃平は思った。その拳にどれだけの一撃を込めるつもりなのか?と、慎重に見据えて、再び構える。

 飛び込めばカウンターが有るかもしれない。晃平は鋭児から一定距離を置き、彼の様子を伺い、少しずつ左側へと回り始める。

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