第1章 第3部 転機

第1章 第3部 第1話

 日は少し流れ、中間試験後となる。

 鋭児はそれほど成績の良い方では無い。ましてこの学園では、授業日数が通常より短い。理由の一つは間違い無く午後からの開発授業なのだが、更なる理由としては、三学期に行われる、様々なランキング戦がそれに当たる。

 なので、三学期に授業が行われる事は、殆どなく、その分授業は、進学校並みに速いペースで進められている。

 現況などは、吹雪や晃平が面倒を見てくれるが、それでも追いつくのも一苦労と言ったところである。特に鋭児は、力のことなども平行して覚えなければならない。負担は増えるばかりだ。

 そういうわけで、中間試験直後は、溜息しか出ない鋭児だった。別に成績が悪い事に関して溜息が出るわけではなく、出来る人間と出来ない人間の落差というものを、痛烈に感じたからに他ならない。

 尤も、出来如何に関わりなく、脳天気な人間も、確かにいるには、いるのだが……。

 それは、中間試験終了直後の、食堂での一幕であるが、早速その最たる例とも言える人物と向かい合うことになる。

 言うまでも無く焔……である。

 「終わった終わった!これで来週からの、属性戦に集中出来るな!」

 焔が勉学に集中した姿など見たことない吹雪は少し、白けた視線で彼女を見るが、そんなことは何処吹く風と、全く意に介さない様子だった。

 食堂に集まっているのは、何時ものメンバーで、鋭児を始め、焔、吹雪、晃平、静音といったところだ。

 

 

 中間期の順位戦は、トーナメント戦であるが、まずクラス内のトーナメントがあり、四クラスあるため、各クラスの上位二人が決勝に進出する。

 また敗者同士での逆進性のトーナメントも行われるが、こちらはクラス内での敗戦処理に止まり、期末での属性戦の順位となる。

 勝敗が同列の場合は、入学時の順位が優先される。

 クラスⅠ筆頭になるのであれば、期末でトップを取らなければならないが、そのほかの順位付けにおいては、日常の戦闘成績も考慮される。

 鋭児は既に、三年生を何人も倒している事実があるし、紛いなりにも鼬鼠から勝ち星を挙げている。もし彼が期末の属性戦において、一定の勝利を収めることが出来たのならば、彼は間違い無くクラスⅠかⅡに転入となる。

 現在鋭児のランクは勿論最下位である。これは属性戦においての成績である。自称次期六皇を名乗る鼬鼠も、風のクラスでの筆頭であるが、他の属性にもそれぞれ筆頭は存在する

 それは三年生である焔達にも同じ事が言える。

 F組の一位二位は事実上確定しており、一クラス十五人であるため、F4筆頭の晃平は、クラス内でのシード席を有している。

 十代の彼等の成長は著しいため、一年経てばその力は天と地ほど変わることも屡々ある。ただ基本的にクラス4に属している人間は、相対的に能力値が弱いといえるし、クラス1に属している人間は、早くから、強い能力に目覚めている者達が多い。

 早くから力に馴染むということは、よりシームレスに力を使えると言うことになり、焔や吹雪のように呼吸をするように力を使いこなす者達もいる。

 鋭児が一日五戦程度で、切り上げるという理由も、其処に大きなハンディキャップがあるからだ。いくら力を有していても、鋭児の場合はまだまだ強い集中力を持たないと、その力を十分に使うには至らないのである。

 

 試験の終わった金曜日の昼。一同は食道に集まる事になる。

 ただ、集まると言っても、特に重大な何かがあるから、集まるという訳ではなく、常に日常のことなのだ。

 大体早く訪れるのは、意外にも焔であり、ついで吹雪と静音。鋭児と晃平が最も遅いという状況である。

 焔がいち早い理由としては、食い意地のなせる業とでも、言うべき所なのだが……。


 流石に試験中においては、開発授業の方も行われず、彼らは試験勉強に徹することになり、彼等の教師役はもっぱら吹雪であったり、重吾であったりなのだ。

 重吾は仲間だが、常に焔の傍らにいるというわけではなく、この日の教師役は、吹雪一人と言うことになってしまう。

 重吾は、人望に厚く同輩などにも慕われており、さまざまな相談事を買って出たりしているのだ。

 実力こそ、F1クラスの五番手に甘んじているが、人格で言えば赤羽よりも格上だ。試験も有り、喧嘩の日から口をきいては居ないが、蟠りはない。それは鋭児の一方的な思いだが、やはり喝を入れられた気がするのだ。

 吹雪もそうだが、焔を泣かせてばかりになってはいけないのである。そう言う気持ちが、思わず、ギュッと握る拳に現れる。重吾のことを考える時は、そうなってしまうのだ。

 ともあれ、勉学的な試験は一区切りで、成績の芳しくない鋭児にとっては、ホッとする瞬間でもある。

 それは焔も同じようだが、元来楽天家の彼女は、それに頭を悩ませると言うより、只単に疲れたといった、溜息を発するだけである。

 「来週順位戦かよぉ。ダリィなぁ。俺炎皇なんだし、除外してくんねぇかなぁ……」

 「まぁねぇ。昔は、皇座を持ってる人は、除外されてたみたいだけど、時代が変わって今皇座を持ってるのは、殆ど大学部の人ばかりだし、私たちは例外だし……」

 吹雪もこれに関しては焔と同じ気持ちなのである。

 抑も、第二位である赤羽と、炎皇である焔の実力は、雲泥の差なのである。それは戦闘センスを含めての事もあるのだが、態々やる意味というのが無い。

 ただ、より多くの戦闘経験を積むに置いて、やはりこういう場がないと、彼女達は強制的に戦闘をすることが無くなってしまうのだ。そして逆も然りで皇座を持つ者を相手に、戦闘をすることを避ける者達が多いのだ。

 高等部で疎まれる存在となれば、焔、吹雪、鼬鼠の三人となる。これは、人望などとは別の問題で、やはり秀ですぎているのである。

 鋭児の場合は不安定な部分もあり、多くの情報を持たない者は、彼の実力を試したがるだろうし、上に昇らなければならない鋭児は、挑むしか無いのだ。

 ダークホースなのは晃平で、学園全体を見れば、彼のポテンシャルを知るものは意外にいない。

 ここ最近では、鼬鼠に喧嘩を売ったことで、少々噂めいてはいるが、それですら内容の是非を知るものは、殆ど居ない。

 「吹雪サンのお陰で、欠点てのは、免れそうっす」

 鋭児はホッと胸をなで下ろす。

 「おいおい。俺も結構教えたぞ?」

 「解ってる。晃平には感謝してるって。学校のことも色々教えて貰ってるし……」

 というと、晃平はうんうんと頷いて、満足そうにするのだ。

 「何言ってんだよ。この学校は四の五の言っても、こっちで全部決まっちまうし、テストの点数で、留年なんて今まできいたこともねぇよ」

 焔は、危機感も無く箸を握ったままの手で拳を作り、その後勤しむようにハンバーグをパクパクと食べている。

 「実はそうなのよねぇ~。外の学校は、やっぱり勉強出来ないと、そうなるんでしょ?」

 と話を鋭児に戻したのは、吹雪である。

 「ええ、まぁ。でも、欠点あっても追試なりなんなり、結構拾ってくれるし、俺がバカだっていっても、美箏もいたし、中坊の時はそれで随分助けられたかな……」

 「美箏ちゃん……かぁ」

 「え?だれ?それ」

 晃平が、初めてきくキーワードにキョロキョロとして、三人の顔を順に見回す。

 「美箏は、鋭児の従妹で、眼鏡かけてて勉強出来そうなやつ」

 何とも大雑把な焔の説明である。

 「っへぇ……」

 「ああ……三人で、鋭児の実家にいったんだぜ」

 と、焔は何が自慢なのかは解らないが、それが嬉しかったのか、可なり誇らしげである。

 「実家…………か」

 晃平は少しだけ、そう言う者の存在を考える。いや、別にそれが何だというわけではないのだが、晃平といえども、鋭児の事は、彼個人の範囲以外の事は、何一つ知らないと言うことを、改めて知り、少し考えて見たくなったのだ。そう、鋭児の事は何も知らない。

 勿論鋭児も晃平のことを、それほど多く知っているわけではないのだが……。

 「晃平君は、実家に帰ったりしないの?」

 と、静音が晃平のプライベートに興味を持つ。

 「夏休みや正月には、帰るつもりですよ。別に親とどうのこうのってのがある訳じゃないし、俺は俺でこの学園生活結構楽しんでますしね」

 「厚木家は、六家御庭番で無いにしろ、そこそこ有能な術の使い手の一族で、それなりに名家な筈だぜ?ああ、別にお前が落ちこぼれとか、そう言うのじゃなくってよ」

 確かに、晃平はF4に所属しているため、外から見ればそうなってしまうが、鼬鼠に喧嘩を売って、何かしらの一撃を決めている晃平が、落ちこぼれなどと、焔は思っていない。

 ただ、厚木家が、そう言う家柄だということだけを言いたかったのだ。

 「まぁ、七つ離れた兄のお陰で、俺はのんびりやらせて貰ってます。別に隠したりとかはしてないですよ。話す理由も機会もなかったですし」

 これほどの間柄になったというのに、晃平に対する情報は、初めてなのだ。鋭児がそれを気にしているのか?と、僅かに鋭児を垣間見る。

 「別に気にしちゃいない。鼬鼠の件がなけりゃ、どっちにしてもピンと来てねぇし……。にしても、焔サンそういうの、割と知ってんすね」

 「あぁ?テメェ……俺は炎皇だっつーの。零点見るような顔するな。これでも不知火家に出入りを許されてんだ。イヤでも耳に入ってくるっつーの」

 焔が、ふふんと、自慢げに胸を張る。

 何も知らない鋭児に対して、威張り散らす焔が、何とも子供っぽくてみっともないと、吹雪は、幾度か首を横に振って、言葉を失って溜息を吐く。

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