第1章 第2部 第42話

 午後の授業は相変わらず、絶えず誰かと対戦することが基本となっており、下位が上位に挑む下克上方式となっている。無謀な挑戦もありだが、実力の拮抗している相手に挑むのが基本である。しかし其れは、カードに記録されている点数上の話で、鋭児や晃平などは、完全にアンマッチになってしまっている。

 いや、晃平の場合は、意図してアンマッチを作り出していると言って良い。

 上位からすれば、鋭児は迷惑な存在で、特に焔との試合以後は、そういう目で見られてしまっている。曲がりなりにも、あの焔の蹴りや拳を受ける事の出来るような相手から、勝負を挑まれる事になるからだ。

 結局鋭児が顔をだすのは、顔なじみの重吾や焔といった所になる。この日は、重吾と調整することになる。

 焔は、筧を中心とした、焔に対して親和的な感情を持つ者達に対して、指導をしている。

 「黒野は今、どの位の力で戦える?」

 「まぁ当面五割か六割か……かな」

 「其れで、五割か……末恐ろしいな」

 鋭児が挑む相手はほぼ限られている。やはりゴールデンウィーク前の戦い方が、周囲を大きく敬遠させているのだ。鋭児も、逃げる相手を捕まえて、無理矢理対戦する気にはなれない。

 それでも、重吾と何度もやるわけにはいかない。

 「中間テスト後の学年順位戦までは、こんな感じなんだろうな」

 学年順位戦は、一学期と二学期に二回ずつ行われる。三学期は、学年順位戦、六皇戦、属性戦が行われる。つまり焔や吹雪は、六皇の頂点を争った後に、属性戦を行うという、ハードスケジュールなのである。六皇戦で力尽きれば、属性戦の勝者が、次期皇座に就く事になる。

 属性戦の参加は最低クラスⅠに所属していなければならない。挑戦する人数が多いほど、彼等の中で競わなければならないが、事実上各学年筆頭が挑戦することになる。

 何しろ、彼等の戦いは年度末の順位戦で、すでに着いているからだ。

 つまり、それぞれの皇とタイマン勝負となるのだ。

 鋭児が焔と、晴れ舞台で戦うとなると、つまり二学期の終わりまでにクラスⅠに入っておかなければならない。

 そうなると、自分がステップアップした分、誰かが蹴落とされることになるのだ。なかなか、残酷なシステムである。

 

 重吾と一勝負終えた鋭児が鋭児が対戦相手を探していると―――。

 「あ……」

 静音が向こうから歩いてくる事に気がつく。

 その時鋭児は、静音に少し変化がある事を知る。本来黒髪である彼女の髪が、一房二房と、白く色抜けしているのである。

 そういう鋭児の髪の毛も、随分赤みがかっている。入学した時、鋭児の髪の毛は黒だった。

 焔などは始終鋭児といるため、そう言う変化について、彼女から言われることはあまり無い。

 「静音さん、その髪の毛……」

 「へへへ。普段は編み込んで隠してるんだけど…ね」

 静音は、白く色づいた髪の毛を、照れ臭そうに指で縒って照れている。鋭児が其れに気がついてくれたことが、嬉しいらしい。

 「ああ……」

 吹雪のように、完全に銀色になってしまえば美しいが、静音はまだそこまで色づいていないため、何とも中途半端で、本人も気にしているのだろう。

 鋭児は、チラチラと、カードを弄びながら、静音も属性焼けをするほどの実力者なのだと言うことを知る。

 「いいよ?鋭児君とは、初勝負だね」

 「そう……すね」

 静音が相手をしてくれるらしい。静音は鋭児が何も言わないのに、もう勝負だと決めつけている。勝負自体は、鋭児から持ちかけなければ、成立しないのである。

 しかし、言葉は交わされた。

 鋭児は、表情を引き締め、静音を見つめる。すると、静音はコクリと頷きながらニコリと微笑み、同じように学生証を取り出すのだった。

 「黒野鋭児、一年F4。先輩に、勝負を挑みます」

 「雪村静音、二年I2。その勝負受けます」

 そう言うと同時に、静音は、ジャージの後ろポケットに仕込んである呪符を取り出し、一気に前面に浮かべる。それは、鼬鼠戦でも世話になった呪符である。

 「ゴメンね。私、遠距離基本だから、鋭児君に余裕あげるほど、どしっとしてられないんだ」

 其れは恐らく焔のことを言っているのであろう。彼女なら、胸の一つでも貸すのだろうが、彼女が自分で言っている通り、そういうタイプではないということだ。

 鋭児はこの時自負していた。十分に力を出す事が出来なくとも、重吾に末恐ろしいと言われた力が、自分にあると言うことを。

 静音を傷つけてはいけないと思うと、二の足を踏んでしまうのだ。

 静音は、呪符の向こう側で、じっくりと円を練り始める。それは、焔や吹雪のように、速度のある円ではないが、非常に密度を感じるものである。

 静音がどんな技を使うのか、鋭児はじっくりと見ることにする。だがしかし、其れは本来行ってはいけないことなのだ。

 これは勝負である。鋭児が一つ間違っているのは、静音に勝ちを譲っても良いという傲りだった。

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