第1章 第2部 第41話

 「で、鋭児。期末までに、取りあえず。F2か最低でもF3のトップになっとかないと、年度末の炎皇戦、厳しいけど……」

 晃平がこんな話を持ち出す。

 「そうですね。卒業生は覚醒儀式してから、大学進学になると思いますし……」

 静音がいうのは、焔が大学に進学すれば、高校生の時より、更に力が引き出されるため、鋭児が焔と六皇戦を楽しめるのは、今年しか無いということを言っているのだ。

 「ダメ。無理して鋭児君の身体が壊れちゃったら、元も子もないもの。焔の趣味に無理矢理付き合う必要無いと思う」

 吹雪は、つんと拗ねたように、そっぽを向いてしまうが、それは、鋭児の事を心配しているからに他ならない。勿論全員鋭児に無理をしろとは、いっていない。ただ上位クラスに食い込んでいない状態での炎皇挑戦は、矢張り難しい。上位クラスに入るためには、その時期に晃平の言った目標をクリアしておかないと、射程圏内に届かなくなってしまうのだ。その快挙を成し遂げているのは、陽向一光だけである。尤も一光は、一年生の時点でトップだった。

 焔は出場こそしたが、一光の死をもって、不戦勝になっており、順位は持ち上がりなのだ。ただ、実力的には高校二年ですでに炎皇確定を果たしている彼女は、決して一光に劣る存在では無い。

 「まぁ、焔さんとガチでやれんのは、すげぇ楽しいだろうな。其れに俺、二人を守るって、決めちまったし。それ相応には、やってかねーとってのはあるかな……、けど炎皇戦は、まだピンとこねぇ」

 その名誉は生え抜きでしか解らないことなのだ。鋭児はそういう教育を受けてきたわけでも、環境で育ってきたわけでも無い。

 寧ろ、修学ですら、底辺スレスレの目標なのである。

 「俺は……公式戦で、お前とやりてぇ」

 焔が拳を向けてくると、鋭児も思わず其れにガツンと拳を宛てる。気持ちは満更でもない。ルール上、焔から鋭児に戦いを挑むことは出来ない。精々午後の開発授業で、出稽古的に互いが顔を合わせた時くらいである。

 「俺、吹雪さんとも、やってみたいかな。吹雪さんの体裁き、踊ってるみたいで、スゲェ綺麗で?だし……」

 そう言われると、吹雪は更に照れてしまう。そして何かを妄想して、顔をブンブンと横に振って、更に嬉しそうにしている。

 「ベッドの上の吹雪は、もっと綺麗だぜ」

 焔が鋭児の声真似をして、鋭児の横で呟く。

 「俺じゃねーから……」

 鋭児は、焔を白けた視線で見やる。それでも吹雪の照れはエスカレートする。否定は入らないらしい。

 

 「あら、いたいた」

 大人びた艶やかなその声は、蛇草である。

 「蛇草……さん」

 確かに近々学校に訪れると入っていたが、それは、つい一昨日のことである。

 「もう。鋭児君。探したのよ?」

 蛇草は焔と鋭児の横に割って入る。

 「んだよ。このオバサンはよ」

 焔が、ムッとしてその一言を言うと、ジロリと殺気立った視線を焔に向ける蛇草であった。しかし、そんなことで動じる焔では無い。

 蛇草が、後ろの席を一つ引き、鋭児の真横に、図々しく陣取ると、空気が一変して、緊迫感に満ちるが、鋭児だけは、平然としている。

 「ねぇ鋭児君……」

 「あ……ああ」

 其れは、自分の事を、この世間知らず達に教えてやって欲しいという強い願望が込められていた言い回しだった。

 「っと、鼬鼠蛇草さん。鼬鼠の姉さんで……」

 「ああ!東雲家の……」

 晃平が驚く。そんな人が鋭児の所に顔を出したことに驚いたのだ。

 「ああ、鼬鼠の仕事か……そか。……どうだった?」

 其れはもの凄い自己主張だと誰もが思った。

 「あら、この乳臭い小娘は?」

 蛇草は基本鋭児にしか話を振らない。

 「日向焔。俺の大事な人で、今炎皇張ってる人。こっちが雹堂吹雪さんで、現氷皇。この前話した俺の大事な人達です」

 「ああ、この子達が……そう。私を振ってまで、守りたい子達なの……そう」

 蛇草はニヤニヤとしつつも、鋭児の腕にギュッと絡むのだった。鋭児は少し引いているが、蛇草を乱暴に引きはがすことはしない。しかしながら、放っておくと状況が複雑になりそうなので、ゆっくりと蛇草を退けた。非常に気を使った鋭児の自己主張である。

 「もう……鋭児君冷たいわ……」

 「すんません。俺、二人に蛇草さんのこと、悪く思って欲しくないんで……」

 そう言われると、蛇草は、はっとして、困り切った鋭児に胸をキュンと響かせてしまうのだった。その鋭児の態度一つで、彼が蛇草に何らかの形で世話になったであろうことは、焔にもすぐにピンとくる。

 「で?の鋭児は、役に立ったのか?って」

 「さぁ其れは翔に聞いて欲しいわ。少なくともあの子も、片腕に見込んでるみたいだし……」

 蛇草が少し粘着質な視線で、焔と吹雪を見回す。

 「其れは、姉貴の要望で、俺のじゃねぇ」

 気がつくと、鋭児達の後に鼬鼠が腕組みをし斜に構えながら立っていた。非常に上から目線が鼬鼠らしいが、その視線は、間違い無く蛇草に向けられたものだった。

 「鼬鼠。コイツどうだった?」

 そう言われると、鼬鼠は気にくわない表情で横を向いてしまう。

 「俺は、何も役にたててねぇっすよ。焔サンに恥じかかせちまったかもって、内心思ってる……」

 可成り真正直な鋭児の気持ちだ。決して謙遜は、そこに含まれていない。

 「そうでもないわよ?鋭児君が力を貸してくれなければ、翔は雲林院を殺さなきゃならなかったかもなのよ?均衡した相手だと、取るか取られるか……なんだもの。ねぇ?」

 今度は、鼬鼠に意味ありげな笑みを浮かべて見やる蛇草だった。

 「っけ!」

 鼬鼠は面白くなさそうに、その場を去る。当然この光景に、周囲はざわめいていた。理解している者は理解しているし、只でさえ問題児が、更に何か問題を起こしたのでは?と、周囲は密やかに囁いていた。

 「そういうわけだから。鋭児君」

 蛇草は、どこからともなく、多少厚みのあるA4サイズの封筒を取り出すのだった。

 「はぁ……でも」

 「良いのよ。目を通してくれるだけで。こっちは先行投資なんだから。後は君が決める問題だもの」

 ニコニコしている蛇草に、困りがちの鋭児。話は、一瞬進まないかのように思えた。

 「いいんじゃねぇか?東雲家御庭番。頭は情に厚いらしいぜぇ?」

 だがしかし焔はさらっと、蛇草のそれを推薦するのだ。しかし、視線はそっぽを向いている。焔の其れが信じがたかった蛇草ではあるが、彼女が何より鋭児のこの先を考えているのだということを理解した。

 「齢十八才にして、伊達に炎皇やってない……か」

 「まだ十七だ。誕生日は八月だっつーの」

 「あ、あたしは十二月二十四日ね!」

 吹雪が誕生日のアピールをする。

 「あと、夏にプライベートビーチで、少しバカンスの日程があるの。詳しく決まったら連絡入れるわね」

 そう言って、蛇草は、鋭児の耳たぶを軽く噛み、頬にキスをして行くのだった。そこにはキッチリと蛇草の濃厚な唇の陰影が残る。

 甘く香り立つ蛇草の残り香が、何とも心地よい。

 「ライオンハートか……、鋭児君の残り香はこれだったか……」

 吹雪は妙に納得している。その時には何も言わなかったはずだが、さすがはこのあたり、女子なのだろう。

 「っへぇ。確り香りが残るっつーことは、おめぇ……たらし込んだか?」

 焔が、鋭児の首筋に鼻を利かせる。

 「ちげぇよ!蛇草さんとは…………やってねぇ。ちょい……世話にはなったけど、俺、んな節操無しじゃねぇよ……」

 鋭児は照れているが、からかわれたことに関しては怒っている。多少心の隙があったことは否めない事実だが、蛇草がどれだけ魅力的でも、鋭児にとって其れは違うのである。

 「さて……そろそろ、着替えたりしないと、午後の授業に間に合わなくなるかな」

 と、晃平が席を立ち、一つの空気に仕切りを入れるのだった。彼は、やれやれ……と、何となくそう言いたげだった。

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