第1章 第2部 第40話

 鋭児は登校する。横には晃平がいる。晃平がこの二日、鋭児の様子を伺いついでに、登校時間をあわせて、彼の部屋に顔を出しに来たのである。

 理由としては、鋭児の身体に掛かった負荷が、どれほどのモノなのかが気掛かりだというのが一つある。一週間ほど経っているのだから、どうにかなっているのは間違いの無い事実なのだが、鋭児は相変わらず両手に包帯を巻いているし、やはり少々顔色も優れない。

 「だから、大丈夫だって」

 「しかし、やっぱり俺にも責任あるし……」

 「まぁ、暫く全力だすなって言われてるだけで、再起不能だとか、そういうわけじゃねぇから」

 「そうか」

 晃平は、言葉では納得しようとしているが、やはり鋭児が完全な状態になるまで、気が気でない様子だ。

 「おはよー」

 晃平が教室に入ると同時に、すでに教室に顔を出している面々に、挨拶をする。

 実はこの日、二人は少し遅めの登校だった。

 教室に入ると同時に、一人の女子クラスメートが、黒板消しを持って何かを消そうとしていた。

 クラスが一瞬静まり帰る。

 「ち!チガウヨ!私は、黒野君をからかうのは良くない!って言ったけど、男子達が……ね」

 彼女はどうやら、事がばれないうちに、其れを処理しようとしたらしく……。

 しかし鋭児は、其れを目にしてしまうのだ。晃平は、頭が痛いと言わんばかりに、左手で顔を押さえて、首を左右に振る。

 そこには、相合い傘が書かれており、「黒野・焔 吹雪」と、書かれている。確かに自分達は懇意だし、そう書かれても仕方が無いし、別に其れを隠れてそうしようとも思わない。食堂でのやり取りや、吹雪処女奉納宣言など、書かれても仕方の無い言動は、数々ある。

 寧ろ今更感が漂うところだが、逆に何故、今更なのか?と言う所である。

 「はぁ」

 鋭児は溜息を吐く。

 「別にいいけど……誰でも……」

 鋭児は、彼女から黒板消しを取ると、其れをさっと消す。子供じみた遊びだと思うし、こそこそするほどのことでもない。

 こういう鋭児の距離の置き方は、周囲を少し騒めかせたし、距離を感じさせた。しかし、乱暴な態度では無いことに、正直驚いている様子でもある。

 「ご、ゴメンね。昨夜も先輩、黒野君の部屋にきてたみたいだからって……男子が……」

 彼女は、一応に男子に目配せをするが、視線をはぐらかしたり、自分では無いと猛アピールをする者も居る。

 「焔サン。何時くらいから?」

 「え?」

 「いや……俺、昨夜別のトコ出かけてて、昨夜は部屋にいなかったから」

 「あ……そう」

 彼女にはそれ以上応えられない様子だった。そもそも、男子をアピールしていることから、男子の誰かが其れを書いたらしく、彼女は消そうとしていたこともあり、張本人ではないのだろう。

 「焔先輩見かけたの何時?」

 晃平がさらっと、其れを全員に聞く。彼が聞くと、どうしても黙るわけには行かないのが、このクラスの空気である。

 「じゅ……十時くらいだったと思う……けど……」

 一人の生徒が応える。

 「そか……そんなに一人でいたのか……」

 鋭児のつぶやきは、本当に其処に居る数名に聞こえる程度だった。

 焔はその間ずっと自問自答していたのだろう。前に進まなければ気が済まない性格と、一光に対する情熱の狭間で、ずっと思い悩んでいたに違いない。勿論自分達が、相思相愛であることも事実で、彼女は其れをはぐらかしたくもないのだ。融通の利かない焔らしい。

 「で、でも!」

 また、誰かが声を上げる。

 「その、吹雪ってのは、雹堂先輩が顔出して書いていったものだから……さ」

 そう言われると、鋭児は力が抜けてずっこけてしまう。何のアピールだと言いたかったが、これもまた吹雪らしい。

 「だからね!消していいのかな!?って……雹堂先輩の直筆消して、怒られないかなぁって……」

 どうやら、其れが躊躇の主な理由らしい。

 「あ……そう」

 吹雪の事だ。鋭児が遅刻をせずに、きちんと登校するかを見届けたかったのだろうが、彼女の教室は、鋭児の教室である一年F4とは、真逆にあるため、早々に引き上げてしまったのだろう。

 

 昼休みになる。一同は、食堂に集まる事になる。勿論そこには、焔と吹雪もいるし、晃平も静音もいる。

 何かを言おうと思った鋭児だが、ご満悦な吹雪を見てしまうと、もう言葉が出なかった。人より少し大人びて見える吹雪だが、行動の端々は、たまに極端なほど焔より子供っぽい部分があり、大胆でもある。

 勉学に向かう彼女の姿勢とは、大きなギャップがあり、其れが彼女の魅力なのだと、鋭児は思う。そんな、極端に走りがちな吹雪だが、やはり非常に優しく暖かい。

 

 「あ~……来週から中間かよ。だりぃなぁ……」

 焔がぼそっと呟く。彼女は、今朝のことで様々な思いが消化しきれたらしく、いつも通りの焔であり、特に鋭児にベッタリとくっつく様子もないし、そもそもそういうのは彼女の性分では無いのだ。ただ、鋭児と視線が確り合うと、いつも以上に満面で、照れ臭そうに、お日様のように微笑むだけだった。そんな焔を見ると、鋭児もクスリと笑いたくなってしまう。

 焔らしい笑顔なのだ。

 吹雪と視線が合うと、彼女は嬉し恥ずかしそうにする。ちょっとした妄想に浸る吹雪だった。

 焔との進展ぶりを知っている晃平は、鋭児と焔の視線のやり取りで、大体の意図を理解してしまうと、赤面してしまう。だが、吹雪の恥じらいを見てしまうと、もっと生々しいことを想像してしまうのだ。

 吹雪にも変化があったということと、今朝の黒板のアピールぶり、そして、鋭児が昨夜は別の所にいたという事実を踏まえると、大凡の察しがついてしまう。

 何しろ、この学校で鋭児が動ける範囲など、たかが知れているからである。

 少し信じがたかった。この二人は、確かに仲が良いし、鋭児を取り合う事もしない。

 それにしても、六皇の内の二つの頂点を手中に収めてしまうと鋭児は、末恐ろしいと、晃平は思う。

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