第1章 第2部 第38話

 学園内にある墓地。何らかの事情で家族の元へと戻れなくなった者達が、最後に行き着く場所でもある。其れは焔達の言う任務による死者も含まれるし、学内での戦闘行為における死者も含まれる。

 焔は、哀愁を誘う鮮やかな緋色に染まる夕暮れ時の中、一つの墓前の前にしゃがみ込み、ただ墓碑を見つめるばかりだった。それは丁度、鋭児と吹雪が食事をしている頃でもある。

 

 焔は、に!っと笑う。

 

 彼女らしいハッキリとした眩しい笑みだった。それは、沈み行く太陽が放つ一時の眩しさに、勝るとも劣らないほどの笑顔だ。

 そんな彼女の見つめる墓前には、陽向一光と名前が刻まれている。

 炎皇として一つの頂点を極めた彼は、その死後も丁重な扱いを受けて下り、彼の墓は常に手入れがされている。その手入れをしている中には、勿論焔もいる。

 「なぁ一光……今日は、良い話と悪い話があってよ……」

 焔は、目を逸らすこと無く、一光の死を受け入れ、彼の名前の刻まれた墓石を、只じっと眺めて話し始める。

 「良い知らせっつのーは、新しい男が……出来た……」

 焔は俯いた。まるでその事実を噛み締めるように、一つ小さく頷いた。

 「悪い知らせ!っつうのはよ!」

 焔は顔を上げると同時に、悔しそうな表情をして、大粒の涙を流しながら、霞む眼で墓石に刻まれた彼の名前を懸命に見続けた。

 「陽向一光だけを『想う』日向焔は、もう居なくなった……ゴメンな!俺……零点だ……」

 今の日向焔は、日向一光との出会い無くしては語る事が出来ない。其れは彼女自身が一番良く理解していた。「同じ戦うなら、楽しい方が良い」其れが一光の口癖だった。高校進学時、殴れる物なら何だって良いと思っていた焔は、喧嘩を売り込んだ一光に、完膚なきまでに叩きのめされた。しかし、その痛みが心地よかったのだ。

 身寄りの無い自分達は、すぐに共感しあう事ができ、特殊能力を持ったエリート意識の強い一部の者達と一光は全く異なっていたのだ。

 炎皇と呼ばれている一光は、売られた喧嘩を全て楽しんでいた。周囲の陰口など物ともしないほど、彼の後ろ姿は眩しかった。

 彼と居ることは心地よかった。中学時代、誰一人自分とまともに向かい合うことが出来なかった周囲とは違い。一光は迷い無く自分を見つめ、全ての拳をうけてくれた。

 元々、真っ直ぐな気性である焔は、すぐに一光に惚れ込んだ。自己表現するまでに、其れほど時間を要さなかった。

 この一年、焔は只前だけを向いた。立ち止まってクヨクヨしていれば、一光に笑われると想ったからだ。其れに、六皇戦で一光を殺した聖皇を倒すという目的もある。引き下がる事もあり得ず、前だけを進んだ。

 そして一光の残した炎皇という地位に恥じぬ振る舞いを行ってきた。元々自分にもその方が性分にあっており、模したわけでは無かった。ただ、絶えず一光に見られていると思い歩んできた一年だった。

 そして、たった一年で鋭児が現れてしまったのだ。

 鋭児は一光のように華やかではない。寧ろ戦い方などは、泥臭く、鼬鼠との一戦などは、その最たるものであった。

 それでも鋭児は、愚直なまでに引くことが無かった。焔から見ればどうしようもない、世話が焼ける存在でもあったのだが、技量以上に、まずその気持ちの在り方に心が揺さぶられたし、自分の為なら、当の本人の前にさえ立ちはだかるその気持ちが、何より嬉しかった。

 焔は、泣き止むことが出来なかった。後悔があるわけでは無い。寧ろ後悔が無いからこそ、泣き止めないのだ。そんな自分がどうしようも無く愚かだと思った。

 「今度は……」

 焔がそこまで言いかけたとき、携帯電話が鳴る。

 その着信は吹雪からのものだった。彼女には、出かけてくることしか告げていない。ある意味其れは当然の電話なのかも知れなかったが、正直掛けて欲しくは無かった。ただ、吹雪の性格を知っている焔は、その電話に出ないと、自分が仕込んだ段取りが、全て無駄になってしまうと思い、一つ呼吸を入れてから、電話に出る。

 「んだよ、吹雪……」

 「焔?どこ?晩ご飯!鋭児クンと二人で待ってるんだから!」

 「はぁ?んなもん、先食っとけよ。ついでに鋭児も食っとけ!」

 「そ……それは、ご飯食べて鋭児クンとデートしてから……だもん……」

 「何がデートだよ。購買部ぐらいしか、ねぇじゃなぇかよ」

 「良いじゃ無い。購買部って言っても、ショッピングモールくらいあるんだから!鋭児クンに変わるから!」

 「おい!吹雪!」

 焔はいつの間にか泣き止んでいた。折角の感傷も台無しである。

 「焔サン……」

 鋭児の何とも切ない声が聞こえる。其れは間違い無く自分を心配している鋭児の声である。本来なら、焔と自分が夕食を取り、その後昼の続きをする予定だったのだ。鋭児からすれば、焔に躱された形になる。勿論側には吹雪がおり、彼女と二人でいることは、何ら不満は無い。しかし、それは焔に作られるべきシチュエーションでは無いのである。

 「湿気た声出すんじゃねぇよ」

 鋭児に対して、妙に優しくなれる自分がいることを、焔は知る。日中鋭児が、自分に夢中になっていた表情を思い出すと、それだけで愛おしく思えてしまうのだ。

 「お前、俺と吹雪両方、大事にするっていったんだろ?」

 「……ああ」

 「じゃぁそれは、お前と吹雪と、俺との大事な約束じゃねぇか。其れに……」

 「……其れに?」

 「吹雪の奴は、捻くれてやがるから、ボサッとしてると、すぐ逃げ口上垂れやがるぞ?」

 「……そう、かも」

 「今日は戻らねぇから、よろしくやってろ!」

 そう言うと、焔は電話を切ってしまい、電源もオフにしてしまうのだった。

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