第1章 第2部 第27話
攻め倦ねている鼬鼠と、紙一重で躱し続ける雲林院との差は、その経験値にあると、鋭児は気がついていた。
学内での戦闘においては優秀で、次期風皇と渾名されているものの、駆け引きの利かせた戦闘では、まだまだ足りない部分が多いのだ。
寧ろ鋭児のように、猪突猛進に攻めてくる方が、彼にとってはやりやすい相手なのである。
雲林院を倒す事で、勝敗を決しなければならない鼬鼠と違い、雲林院には、その必要が無い。いや、厳密にいうと、急いで倒す必要がないというだけの事だ。彼の消耗を待てば良いのだ。
「鼬鼠!」
「なんだ!すっこんでろ!テメェはチャチャ入らねぇように、見張ってろ!」
そう、周りにはまだ雲林院の部下達がいるのだ。
「変われ!」
「あん!?」
「俺の方が、実戦向きだっつってんだよ!」
「テメェ!」
「時間ねぇだろうが!」
鼬鼠は、雲林院から目を離す事が出来ない。なのに、鋭児が煽る。だが、雲林院が戦闘に置いての勝敗を度外視していることは、鼬鼠にも理解していることだった。
鼬鼠は一端鋭児の側にまで下がる。攻撃を急ぎすぎたために、少々息切も切らしている。
二人は、周囲に警戒をしながら肩を並べる。
「まぁ見てろよ」
鋭児は、そう言うと鼬鼠の前に一歩出る。
鼬鼠としては呼吸を整える重要な時間となる。のらりくらりと躱し続ける雲林院をどうやって仕留めるのか?だが恐らく今の鋭児では、雲林院に触れることすら出来ないだろうと鼬鼠は思った。
鼬鼠が不審を抱いていた次の瞬間。鋭児は、両手の人差し指と中指をそろえるようにして、自らの二の腕や胸板に、素早く突きを入れる。
何をしたのか?と鼬鼠は思う。明らかに、気を打ち込んだのは解る。しかし、其れに何の意味があるのか?と思ったのだ。
次の瞬間、鋭児の形相が鬼のように険しくなる。そして、体中から炎のオーラが吹き出すのだ。尋常ではない。
「テメェ……」
そんな力を隠し持っていたのか?と、鼬鼠は思うが、其れこそ鋭児と晃平が言う、裏技である。外からの突きで竜脈を強制的に活性化させ、力を底上げするのである。
強制的に力を上げた鋭児のスピードは尋常じゃない。
それでも、躱すことに専念している雲林院には、鋭児の攻撃が容易く当たるわけではない。しかし次の瞬間、鋭児の指先が辛うじて、雲林院の衣服を捉える。
そして、指が掛かると同時に、鋭児は極端に首を右に傾け、左の額で頭突きを入れる。
「うぐ!」
雲林院はプロである。鋭児も空手の経験はある。柔道などの真似事もある。しかし彼等の戦いでは、こうして近寄り、自らの両手を塞ぐことは、相手の術の直撃を意味する。
案の定雲林院は、鋭児の頭突きを喰らいながら、両手に風の力を集め、六点空刻を刻み、鋭児の背中へと、槌のように握りしめた拳を叩き落とすのであった。
鋭児の衣服が破ける。
その背中は露わとなり、鼬鼠の目にそれが飛び込む。
鳳凰を象ったその紋様は、明らかに一人前の術者の証である。
鋭児は、そのままそ攻撃を堪え、両手を雲林院の胸に添えて、どん!と、退けるのだった。
そしてそのままフラフラと下がり、鼬鼠の前で腰が砕けて座り込んでしまう。
「はは。アンタ綺麗に戦いすぎんだよ」
「テメェ。今の早さ、十二段階以上の力だぜ……」
鼬鼠は、鋭児の早さを見逃さなかった。何せ、躱している雲林院より早く動き、彼を捕まえてしまったのである。しかも、頭突きを入れている。
其れに……。
「い……息が!」
そう、鋭児が雲林院の胸を押したのは、彼の流脈を乱すためである。その結果、雲林院は著しく呼吸能力を奪われ、顔を青ざめさせている。
「まぁ……いかさまだけどよ」
鋭児は、漸く立ち上がり、呆然としている鼬鼠の腕を取り、竜脈を突く。
鼬鼠は鋭児が何をしているか解らないが、其れが彼の秘密であると理解する。同じように胸板や大腿部などにも、突きを入れる。
「緩めにしといた。気張ってくれよ。センパイ」
嫌味な激励を入れると同時に、鋭児はヘラヘラと笑いながら、再びその場に座り込む。
焔とタイマンを張って、ボロボロにされた事実くらいは、鼬鼠の耳にも届いてる。そんな状態だと言うことも勿論理解していた。
自分の露払いになればと思っていたのだ。だが、そんな鋭児はとんでもない隠し球を持っていた。其れと同時に、それが焔とやり合えた理由なのだということが、鼬鼠にも理解出来る。
一方雲林院は、暫く胸のあたりを苦しそうにしていたが、其れも軈て収まり、再び鼬鼠と向かい合う。
彼は再び構えを見せるが、鋭児の乱入があったとしても、自分の優位に変わらないと思うと、すぐに冷静になり、鼬鼠の動きを観察する。
鋭児は無謀にも、雲林院に特攻を仕掛けたが、鼬鼠が彼に対して慎重になるのは、理由があるのだ。
印を用いた攻撃を仕掛けるには、少なくとも相手の隙をうかがわなくてはならない。これは試合では無く実戦なのだ。一か八かの賭けは、許されないし、よく知る相手だけに、鼬鼠の実力は認めつつも、その絶対的な経験の無さを、彼も知っている。
雲林院から見れば、鼬鼠は将来の有望株であっても、現時点での戦力ではない。
鼬鼠もそれを自覚している。そもそも、この仕事は、あらゆる面で鼬鼠の立場を試した仕事でもある。
それ故に、鼬鼠も随分と堅くなっていた自分を知る。
「ふぅ」
と、一つ息を吐く。
「アンタの事ぶち殺せれば、楽ちんな仕事だったんだけどな」
相変わらず気怠そうな鼬鼠の物言いだが、雲林院は挑発して、手招きをする。そして、鼬鼠も其れに乗るのだった。炎の能力者同士の攻撃が、超至近距離での打ち合いになるのと同じように、風の能力者の戦いは、絶えず距離を保ち、計算され尽くした距離での削りあいになる。
大地の能力者なら、持久戦になりやすいし、水の能力者となれば、可成り技巧的な戦いになる。
そういう流れを知り尽くした雲林院にとっては、鼬鼠の攻撃は読みやすかったのだ。彼の成長速度なども、十分考慮してのものだったのだが、この一撃は雲林院の計算を遙かに凌いでいた。
踏み込んだ鼬鼠の一歩が彼の思う速度よりも随分早かったし、深かった。
まるで蛇が襲いかかるように、鼬鼠の拳が、雲林院を襲う。予想外な攻撃速度に、雲林院は、何時もよりも深めに、鼬鼠の攻撃を躱す。
しかし、其れが尤も欲しかった鼬鼠の距離だったのである。
雲林院が深く引き、止まり、鼬鼠の隙を狙い、彼を攻撃するその一連の動作が遅延するのだ。
そのチャンスを逃さず、鼬鼠は、大気で空中に六芒星を描く。引き裂かれた空気が白く濁るほどハッキリとした印である。
その中央を、一気に突き、そのまま雲林院に対して直線的に攻める。
雲林院も懸命に眼前に、印を描きこれに対応するが、鼬鼠と異なり、一本少ない五芒の印である。それは雲林院より鼬鼠の方が、印を描く能力のに優れているということを表しているのだが、如何にたったその一本の線を描くことに拘っていたのか?ということが解る瞬間でもある。
雲林院は、鼬鼠の攻撃を受けきれずに、積み上げられている貨物に背中を打ち付け、逃げ場を逃してしまう。
終の攻撃か?と思った瞬間、鼬鼠は雲林院の胸ぐらを掴み釣り上げる。
「雲林院サン。アンタなに考えてんだ?」
「さぁ。俺は只の、御庭番だ」
「そうかよ!」
鼬鼠が一睨みすると。雲林院の衣服が裂け、血しぶきが上がる。
「暫くそこで、這いつくばってろ」
鼬鼠は雲林院を、投げ落とすと、背を向けて、更に気配を探る。
「ケリ……ついたのかよ」
鋭児はゆっくりと立ち上がる。
「ああ?まぁ、氷皇さんが、気ぃ利かせてくれたみてぇだしな」
鼬鼠はそう言いつつ、周囲を警戒している。どうやら、言葉とは裏腹に、何かを警戒しているようだ。
「鼬鼠翔……その年にして、良い片腕を見つけたようね。良いことよ。将来にとって大事なこと」
そう言って、黒いスーツ姿の一人の女性が姿を現す。身長は焔と同じくらいだが、非常に華奢である。見事な白髪を、細く一本に束ねており、非常に清楚な感じのする女性である。
吹雪も清楚さはあるが、この女性にはストイックさを感じ、そういう意味では吹雪との雰囲気は随分違う。
しかし、そんな彼女を見た瞬間、鼬鼠は非常に険しい表情をして、歯を食いしばり彼女を睨み付ける。
「黒野……動けるか?」
「無理……って言いたいとこだけどよ」
鋭児はゆっくりと立ち上がる。
「やべぇ。あの人が絡んでるのは、誤算だ」
そう言っている間に、鼬鼠は彼女の接近を許し、あっという間に、雲林院の真横に叩き着けられてしまう。
そして、それを見ていた鋭児も、彼女が手を払いのけると同時に、吹き飛ばされてしまう。
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