第1章 第2部 第12話
それから数分後―――。
琢馬を含め、可成り見境無く乱心した吹雪に、鋭児以外の一同が八つ当たり気味に、ボロボロにされる。
それでも吹雪の怒りは収まらないらしい。
「もういいって!吹雪さん!!」
鋭児はどうにか吹雪を後ろから羽交い締めにすることに成功する。吹雪を止めた鋭児だが、その表情は半笑いの苦笑いだった。
「解った解った!茶番は終わりだ!全く……人のナンパタイム邪魔しやがって……」
と、奥の仕切りから、例のナンパ男が現れる。溜息がちで、何ともやる気が感じられない。本丸の登場に、吹雪もムキになって暴れるのをやめ、再び対峙するために、彼を見据える。
無差別に暴れ回る吹雪より、よほどこちらの方が安心だと思った鋭児も、一つ溜息をついて、何時でも吹雪の加勢出来るように心を構えるが、其れそのものも無用だったのかも知れない。
男は、何度か手を叩き、何時までも無様に俯せになっている仲間達に起きるよう促す。
「ねぇ美逆!私あの子賭けてんだから!」
「止めとけ!この姉さん俺達とは格が違うんだって」
あの黒い革ジャンの男は美逆というらしい。そしてこのホテルのボスという事にもなるのだろう。思ったより聞き分けの良さそうな美逆に、吹雪も構えを解く。
「後付けてきたから、てっきり白虎会の連中かと思ってたんだが……違うみたいだ。悪かったな。琢馬……」
「はい……天野さん」
琢馬はズボンのポケットから、ホテルの特別優待割引券を取り出し、其れを吹雪に渡す。どうやら律儀に自分の掛け金を吹雪に渡すようだ。
吹雪は、一瞬文句を言いたそうな顔をしながらキッチリとホテルの優待券を奪い取るように受け取り、鋭児に渡す。
「貴方達全員能力者なの?」
吹雪の警戒心は消え、対話モードに入り始める。それでも鋭児は再び吹雪と背中合わせに立つ。
「答える義務なんてないね。姉さん達が正体不明なのは、変わりのない事実だ」
美逆のその言い草に、吹雪は少々カチンとした表情を見せるが、一呼吸入れ、冷静さを保つようにする。確かに自分達に敵対心がないと言ったところで、自分達の素性をこれ以上言うわけにも行かない。それにこれ以上彼等に深入りする気もない。
「解った。でも、技をナンパの道具に使っていることに関しては、まだ何の解決にも至ってそうにないから、それだけはキッチリ片を付けさせて貰うわ」
「そんなもん、オタク等が入ってきた時点で、裏口からお引き取り願ったよ。抗争直前に女とシケ込む度胸なんて、持ち合わせちゃいないんだよ。生憎な」
ヘラヘラとそんなことを言いつつ、危機感もなく傍観を決め込んでいたのは何処の誰だという、ツッコミを入れたいのは山々だが、彼の言葉の正否を確かめる方が先である。
吹雪は、掌を相手に向け、其処に真っ白な円を浮かべる。複雑な文字が記された円だ。
「この円に掌を合わせて誓って。嘘だったら、その腕……ねじ切れるわよ」
吹雪の強さは、もう理解している筈で、逆らう事が出来ないと察した美逆は、冷や汗を流しながら、吹雪の掌と自分の掌を重ねる。
彼は外見の軽薄さとは裏腹に、慎重で利口なのだと、吹雪にも理解出来た。
「解った嘘は無いわね。今度悪さを見かけたら、手加減しないから」
吹雪は颯爽と背中を向けて歩きだし、全く出番の無かった鋭児はその後をついて行く。
余裕を持って立ち去って行く吹雪の背中に、美逆は完全敗北を認め両手を挙げる。余り威風堂々とした吹雪の後ろ姿に、完全にノックアウトされていた彼らも、思わず見ほれてしまう。
「吹雪さん、甘くねぇ?」
「いいのよ。プロはプロらしく……」
「プロ……ね」
自分達はまだ学生だというのに、吹雪はプロだという。一年生にはまだその公式内容は伝えられていないが、晃平なら色々と知っているだろう。学校に戻った後に、訊ねてみる事にする。
「吹雪さん。これ……どうします?」
鋭児がクシャクシャになったラブホテルの特別優待券をポケットから取り出し、少し眺めてみる。抑もは吹雪が獲得したものであり、鋭児のものではない。
意味深なのは解っていたのだが、鋭児は律儀に其れを吹雪に返そうとしたのだった。
「い……いいんじゃないかな。鋭児くんが持ってれば」
この街に何日滞在し、また、何時訪れるか解らないが、優待券は吹雪のものだ。それを鋭児に持っておけというのは、可なり大胆な発言である。
二人は再びラブホテルの前に出る。ちなみにこのホテルの名前は、ラヴァーズ一号店らしい。では二号店もあると言うことなのか?という、のは、余談である。
預かったチケットを握りしめた鋭児は、妙な前約束をしたようで、少しソワソワしていた。チケットを渡した吹雪もそうだったため、空気に落ち着きがない。
何となく意識過剰な自分を誤魔化すようにして鋭児は、会話を切り出す。
「そ、そう言えば吹雪さんて、すげー身体柔らかいっすね。あの状態からあんな体勢になるなんて……」
「もう!思い出すだけで恥ずかしいから、やめて!」
「しかし、吹雪さんの体裁き、しなやかだったな」
「褒めすぎ♪」
鋭児は、華麗な吹雪の動きを想像して、少々ボンヤリしているが、ラブホテルの前で、柔軟性だの体裁きだのと口走っている若すぎる男女は、明らかに通り過ぎるカップル達の注目の的になっていた。
銀髪の彼女は、ベッドの上で柔軟な体裁きで、彼をメロメロにしたらしい……と。
しかし、吹雪はそんなことにも気がつかず、鋭児に関心されて、照れてしまっている。
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