第1章 第2部 第11話

 二人は、呟くように会話をし、彼の案内するスイートルームへと向かう。確かに一見して廊下も綺麗だし、地下とは思えないほど、綺麗な作りである。両サイドにある扉も安っぽいながらも、丁寧な作りをしている。

 あくまでも夢のお城の雰囲気を壊さない演出に拘りたいらしい。

 そして、一番大きな両開きの扉の前に到着すると、案内係は、扉が開くと同時に二人をその部屋に押し込める。吹雪も鋭児も特に躱さなかったのは、この扉の向こうに自分達が追いかけた男が居ることを確信していたからである。

 扉の中の空間は、一転してアウトローのたまり場のように、打ち出しのコンクリートの壁と、内装や木箱や部材を椅子代わりにしている若いゴロツキ達が、待ち受けていた。正し、二人が追っていた男は、その部屋のもう一つ向こう側に居るらしく、吹雪の出した糸は、部屋の真ん中を真っ直ぐと通り、正面の仕切りの裏側に回っている。

 「ハイハイ。白虎会の刺客?アニキの後ろ、コソコソ着けてきてさぁ」

 金髪のヘラヘラとした表情の男が、二人に近づいてくる。鋭児ほど身長はないし、筋力もなさそうだが、着崩されたタキシード風のホテルの制服が妙に似合っており、色々な意味で、この業界に馴染んでいるといった雰囲気の二枚目である。

 吹雪は直ぐに鋭児から離れ、彼を庇うようにして二人の間に立つ。

 「すっげー美人だ……」

 周囲が吹雪に対して騒めく。ゴロツキ達は、男女様々だが基本皆若く、ホテルの制服に身を包んでいる。どうやら、彼らは此処の従業員件組員らしい。新興勢力といった所なのだろうか?

 「白虎会?さぁ、私達は軟派男を追いかけてきただけなんだけど?」

 吹雪は毅然としており、身動ぎしない。そして守られていた鋭児であったが、直ぐに吹雪の背中と自分の背中を合わせ、死角を無くす。

 非常に賢明な判断だと吹雪は思いつつも、背中の体温に少しドキドキする。

 「まぁいいよ。アニキに面会したいってんなら、それでもいいけど、此処全員屍にしてから、考えたらどう?」

 金髪の彼は腕に自信があるらしい。拳の関節を鳴らしながら、吹雪との距離を詰めてくる。

 「おい!琢馬!男さきに、ボコれよ!」

 と、周囲のヤジが飛ぶ。金髪の彼の名は琢馬というらしい。琢馬はすぐに鋭児の方に視線を向けるが、その視線をふさぐようにして、吹雪は琢馬の前に立つ。

 「貴方の相手は私。鋭児くんの出る幕なんかじゃない。どうせなら、全員同時に掛かってきてもいいのよ?」

 吹雪はあえて自分の位置を下げると同時に、相手を挑発した。この時吹雪が感じたことは、琢馬が腕に自信があるのと同時に、思うより慎重だということだ。

 それは彼ら全員に言えることで、人数差を考えれば強襲しても不思議ではないのだが、挑発じみた視線をくべながらも、それぞれに自分達をじっくりと観察している。

 しかしただ、臆病に慎重と言うわけでなく、一対一のバトルを好んでいるようで、好戦的な笑みを浮かべながら、成り行きを見守っているようでもある。

 「俺ネーチャンが剥ける方に一万えーん!」

 と、誰かがそれに期待するように声を出すと、最初は琢馬勝利に掛け金の声を張り上げ始めるが、中には一攫千金を狙う者が、吹雪にお金を投資し始める。

 「私、彼がいい……」

 髪を真っ赤に染めたショートヘアの、瞳の色も唇も妙に色っぽい一人の女性が、鋭児を指さす。そんな彼女のタキシード姿は、何ともそそるものがある。

 「どっちにかけんだよ!林檎!」

 「決まってるでしょ?男奪うのに、女生きててどうするのよ」

 「うは……男食いの林檎ねーさん、病気でた!」

 そういって囃し立てる者も出始める始末である。

 「ねーさん勝ったら。このホテル最上級スイート使い放題ってどう?後ろのにーさん限定で」

 琢馬はニコニコとしながら、吹雪に割と良い条件を持ち出し、吹雪も少し色々と想像して、顔が赤くなる。そして、その動揺を利用する気配もない。思いの外フェアなようだ。というより、腕に自信があるのだろう。

 「鋭児くんは?」

 「え?」

 「どっちに賭けるの?」

 「吹雪さんが勝つ方に……」

 何を相手のペースに飲まれているのだろうと、鋭児は思ったが、吹雪は照れに照れている。

 「じゃぁ勝ったら……ご……ご褒美あげる……んだから……ね」

 似合わなツンデレが入る吹雪だった。それから数歩前に出て、スカート姿のまま、腰を落とし身構える。その瞬間、吹雪が戦闘経験を持っている事を、琢馬は知る。

 吹雪のような細腕でいったいどれほどの技が出るのかは疑問だが、琢磨は、彼女が学園内において、六皇と呼ばれるほどの、強者であることなど知る由もない。

 吹雪は軽く前に踏み出すと、素早くに琢馬の眼前に入り、殴る蹴るの猛攻を仕掛ける。

 今のところ気を使用った攻撃も術を使った攻撃もしておらず、手加減はしているようだ。

 行っているの身体能力のみの攻撃である。それでも属性の力を得ている吹雪は、通常の武道家よりも、遙かに達人級の動きを見せる。

 一方琢馬も防戦一方ながらもどうにか吹雪の攻撃を受け流している。

 鋭児もその時直ぐに、彼が普通の人間ではない事に気がつく。なるほど、確かに自信をもっているはずだ。だが、相手が吹雪なのはあまりにも分が悪い。

 だが、少しすると吹雪が攻撃を避ける側に回る。彼の攻撃が届いていないにも関わらずである。しかし、理由は直ぐに判明する。琢馬が繰り出す拳より少し前に、もう一つ手が見えるのだ。黒いオーラを纏った手である。恐らく彼が術を発動させているのだろう。

 しかし、全く本気を出していない吹雪には、何の心配もない。

 吹雪が右回りに、下がりながら攻撃を受けていると、彼女は急に足を取られる。そう、術者であるからには、何も彼の拳からのみ、その術が繰り出されるも訳ではなく、地面の下からも出てくるのである。

 そうなると、このフィールドそのものが既に彼に都合の良い状態になっていると考えられる。

 しかし、吹雪は転ぶことはない。柔軟に身体を反らし、そのまま柔らかくブリッジを造りながら後転をし、琢馬の顎を掠める蹴りを入れ、そして再び構え直すのだった。

 その時急に周囲の空気が静まりかえり、正面の琢馬、真後ろの鋭児を含め、赤面する者達がチラホラと現れる。

 「お……大人だ。あのねーさん大人だぞ!」

 と、周囲が騒めき始めていることから、当然吹雪も状況を理解した。

 「み……見えた?」

 非常に気まずい表情をしながら、そろりと振り返りながら鋭児に其れを確認する。つまり、それは吹雪の下着に関しての事なのだが、黒いレースの勝負下着だったのだ。

 「吹雪さん……俺……」

 鋭児はそれをどうフォローして良いのか解らなくなる。吹雪の綺麗な脚を褒めれば良いのか、下着のセンスを褒めれば良いのか、どちらにしても、見えた事実を誤魔化せるほど、冷静ではいられない。

 「もーー!鋭児くんのバカバカ!!」

 「俺!?俺なんすか!?」

 「頭きた!君たち全員土下座決定!!」

 吹雪が切れた。鋭児はその事に驚いたが、それは少しピントがずれていると思うのだった。

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