第1章 第2部 第5話

 吹雪に散々見られた鋭児は、そこで漸く本来上半身に身につけるべきシャツやらなにやらを着込み始め、携帯電話をズボンの後ろポケットに入れ、最後にベッドサイドボードに置かれている、自分のカードを学ランのポケットに入れる。

 「職員室にいって、許可証貰って、それからお昼なんだけど……」

 吹雪は、唇に人差し指を当てながら、段取りを仕切り始める。

 「そうですか。食堂……に、なるんすかね、やっぱ」

 鋭児も午後からの事も含め考え始めた時だった。吹雪の携帯電話が鳴る。少し驚いた吹雪が、手持ちの荷物である銀色を基調としたショルダーバッグから、携帯電話を取り出す。

 「焔だわ」

 鋭児にも解るように、誰からかの連絡なのかを口にすると、電話に出る。

 「鋭児くんと二人で?うん……、そう。わかった」

 焔の騒がしい声と、会話をする吹雪。尤も、音が騒がしいだけで、焔がなにを言っているのか、鋭児には解らなかった。ただ、電話から聞こえるノイズ音が何とも焔らしい。

 吹雪が鋭児に、電話を渡す。

 「焔サン、どこいってんすか?」

 猪突猛進な焔なだけに、鋭児は彼女が思い立ったが儘に、なにか行動をしていると思い、何となく世話が妬ける感じがしたのだ。

 「よ、余計なお世話っすよ……。解りましたよ。ああ、俺明日出かけますよ?実家の方に緊急の用事が出来たんで」

 そう言った瞬間鋭児の耳が携帯電話から遠ざかる。

 「なんだとー!テメェ!このクソ忙しい時に!」

 と、はっきりとしたノイズ音が、電話から聞こえる。それから、再び電話に耳を近づけた鋭児が、再び吹雪に電話を渡す。

 と、吹雪は頬を赤らめている。なにやら焔に挑発されているのは、一目瞭然である。だとすると、自意識過剰ながら、自分絡みだと鋭児は理解する。何しろ吹雪のヴァージン奉納宣言は、ついこの前のことである。

 そこで、電話は終わったようで、吹雪は一息ついて、携帯電話をバッグに収めるのだった。

 「じゃ、いこ……」

 吹雪はそう言って、恐らくまだ、足下が覚束無いであろう鋭児に手を差し伸べる。しなやかで細くキレイな指先である。とても戦闘向きの手とは思えないが、それでも彼女は、焔と互角の力を持つ人なのだ。

 鋭児は吹雪に手を引かれ起ち上がる。とは言っても、実は着替えの時には既に何度も立ち座りを繰り返しているので、手を引かれるまでも無かったのだ。

 焔の部屋から出てきた鋭児は、軽く吹雪と腕を組み廊下を歩く。

 炎皇焔の次は氷皇吹雪とデートかという、ある意味節操なく見える鋭児に対して、少々冷ややかな視線が飛んでくるが、中には鋭児に痛打された者達も居り、視線が合いそうになると、コソコソと視線を逸らす。しかし、ゴールデンウィーク中ということもあり、通りかかるのはほんの数名である。

 吹雪や焔は帰るところがないため、帰省ということをしない。

 「その……。良かったら、吹雪さんも来ますか?俺の……実家……無くなる前に……」

 実家、寄る、挨拶、正式な付き合い、将来と、可成り激しい妄想が吹雪の頭の中で駆け巡る。一見して少女のようにキラキラとした眼差しの吹雪なのだが、何処かベクトルがの方向性が違っていることに、何となく察しが付く鋭児であった。

 「鋭児くんの実家♪」

 感極まったらしく、きゅっと腕に絡みつく吹雪であるが、抑も何故自分を気に入ってくれているのかは疑問な所がある鋭児だった。だが、嬉しそうにしている吹雪を見ていると、本当に心が安らぐ。そして、同じ空間にいて、何とも違和感がないのだ。こうして二人でいると、彼女の美しさに、ドキドキする反面、心の奥がフンワリと暖かくなるのが解る。

 焔もそうだが、矢張り彼女とも波長があうのだろう。


 

 鋭児は、職員室に到着する。

 ゴールデンウィークといっても、当然当番で残る職員も居るわけで、この日の当番は、運が悪いのか良いのか、鋭児の担任である福原だったのだ。

 良い面は、自分の担任であるということ。

 悪い面は、何者か解らない鋭児を毛嫌いしているというところだ。

 鋭児は、帰省の理由を説明し、鋭児を毛嫌いしているその担任から、許可証を貰うその時の福原の対応は、何とも事務的なものだった。ネチネチと厭味を言われなかっただけ、まだマシというものか?

 

 鋭児と吹雪は、職員室を後にする。

 

 「ね、ねぇ。いつも食堂ばかりだし、その、私の部屋なんてどう?」

 と、吹雪がもじもじとしながら、大胆発言をする。考えれば焔の部屋に居座っていることすら、既に十分大胆な鋭児である。その鋭児を自分の部屋に引き込もうとする吹雪は、更に大胆だと言える。

 それはなかなか勇気のいる行動なのだろうが、時折吹雪には、極端に思い切った部分が見え隠れする。

 鋭児には、別に下心があるわけではない。いや、皆無だとは言い切れないだろうが、其れを期待している訳ではない。ただ、吹雪の嬉しそうな表情を見ていると、絶対的に断る選択肢はない。それに先ほどの焔の電話で、妙に発破を掛けられている。恐らく吹雪もなのだろうが、何となくそうせざるを得ない雰囲気に、お互いなってしまっているようだ。

 焔の口ぶりでは大凡そうなのだが、吹雪であるなら許すという所が、往々にして見える。恐らく吹雪にしても、焔に対してそう言う部分があるのだろう。この二人には、横取りをするとか、せしめるという感覚が感じられない。そして、どちらを選ぶかは相手次第という、ある意味他力本願的な強さ?を感じる事が出来る。

 今のところ、鋭児は二人の共有物という事なのだろうが、逆に言うと、鋭児がどちらを選ぶのか?という、選択肢を突きつけられている事になるもなる。

 自意識過剰かもしれないが、もし其れを口にしてしまうと、吹雪や焔はどうするのだろうと、ついつい鋭児は思う。

 鋭児は戸惑いながらも、クスリと笑い、吹雪に手を引かれるまま、Fクラスの寮とは正反対にあるIクラスの寮に行く。しかも三年生の寮である。赤を基調としたFクラスの寮とは違い、Iクラスの寮は荘厳なる白とでもいおうか、潔癖なる白とでもいおうか、自分が場違いな場所に来てしまったことを感じる鋭児だった。

 しかも、吹雪の部屋は四階にある、要するに焔と同じように、氷皇である彼女は、特別な部屋にいるのだ。そんな吹雪が、騒ぎばかり起こしている鋭児を部屋に連れ込もうとしているのだから、居残りの三年生が、吹雪を説教し始める。

 「ダメです!吹雪様!そんな野蛮な殿方なんて!!不潔です!!」

 大げさな言い回しだが、吹雪のファンが、涙を流して本気で泣き崩れてしまう始末なのである。まさに氷の女王吹雪と言える光景の一つであった。孤高の焔とは全く別である。

 「いいの!鋭児くんは特別なの!焔ばかり、いい思いさせてられないし!」

 と、ある意味本音がでる吹雪であるが、何が良い思いなのかをあからさまに不埒な想像をさせるほど、吹雪は鋭児の腕を取り、ぎゅっと引き寄せた。

 「不潔です!」

 そう言って泣きつく女子を一人二人振り払い、吹雪は鋭児を自分の部屋に連れて行く。確かに、ヴァージン奉納宣言をした相手を自分の部屋に引き込むということは、其れを想像させるに堅くない。

 「ふぅ……」と、リビングで一息つく吹雪。

 鋭児は、腰を掛ける場所があるにも関わらず、少しの間その室内を眺めつつ、小さな歩幅でゆっくりと歩き、キョロキョロと部屋を見回す。

 焔の部屋は別に乱雑なわけではなかった。大雑把な焔ではあるが、部屋そのものは機能的でこざっぱりとしていて、割と淡々と物が置かれている感じだったのだ。言うなれば規定の配置と言える。無関心な配置とも言えて、個人のこだわりがあまり見られない、彼女のベッドルームもそうだったが、唯一寝床となるベッドだけが、焔の匂いがあり、彼女らしさが何となくある。ただ、乱暴者というイメージではなく、俺が大様だ!と言いたい感じの焔らしい、キングサイズのドッシリとしたベッドがあるだけだった。それが唯一といっていい、焔らしさである。

 吹雪の部屋はというと、絨毯も壁も柔らかいホワイトクリームと、淡くも深みのあるグレー、そして家具は白いものが中心で所々にアクセントとして、黒があしらわれ、全体的に落ち着いた雰囲気の部屋である。

 ソファーもレザーではなくファーがあしらわれた、フンワリとした暖かい素材のもので、柔らかな座り心地だったり、その中心に置かれているテーブルは、ガラス板のメッキ銀のスマートでクールな素材の物だったり、カーテンのレースも上品で、吹雪の外見にマッチしている。

 何となく吹雪が「♪」と言いながら、一つ一つ選んだのが解るアイテムが、そろっている。

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