第1章 第2部 第6話

 「私、聖女でもなんでも有りませんからね!」

 自分を神格化しようとしている周囲に対して、少々疲れ気味の吹雪ではあるが、鼬鼠戦の時に座した彼女の凛々しい様は、まさに女王と言うに相応しい雰囲気であった。周囲はそう言う彼女のギャップに惹かれているようだが、少々プライベートのなさに当の本人はご立腹な様子である。

 ソファに掛けた吹雪から、鋭児な鋭児が少し離れて座ると、彼女は軽く腰を浮かせて、間を詰める。

 「いらっしゃい♪私の部屋にご招待!」

 キレイな吹雪が何とも無邪気な笑顔を作るのだ。そんな表情を見せられて参らない男がいるのだろうか。間違い無く殺人的なほどに美しい笑顔である。しかも、何とも隙だらけなのだ。

 鋭児は少しの間何も言えなくなってしまう。鋭児があまり饒舌に人を評価したり、感情を言葉に出来る人間でないのは、吹雪にも解っていることだ。しかし驚いてぽかんとしている表情の鋭児は、彼が思っているよりもずっと素直な表情なのだ。彼の喜怒哀楽は見て知るべしと、吹雪は理解している。

 「鋭児くんて、素直だね」

 確信的且つ自信家とも言えるほどの吹雪の発言だった。勿論吹雪は鋭児を参らすために、笑顔を見せたわけではない。彼女は彼女で自分の気持ちをストレートに表現しただけなのだ。

 「吹雪さんは…………か、彼氏とか作らないんすか……?」

 鋭児はあまりにもストレートに心を見透かされて恥ずかしくなり、吹雪から視線を外すが、顔も耳も真っ赤になっている。吹雪の笑顔はあまりにキレイ過ぎる。そんな眩しすぎる彼女に、近寄ろうとする男が一人もいないのはおかしい。いや、一人だけいた。風雅だ。あのチャラ男は、妙に情けない喜怒哀楽で、吹雪に対して、アプローチをかけていた。尤も、吹雪の方がそっぽを向いているため、吹雪にとって彼はその対象ではないらしい。

 「私。ココが真っ直ぐな人が好き」

 と、鋭児の胸をツンツンと突いてくる。

 「どうしようも無く不器用で、だけど、大事な人のためなら、迷わず前に進める……そういう人が好きなの」

 相変わらずご機嫌な笑顔で、鋭児を下から見上げながら、軽く鋭児の胸を人差し指で突いている吹雪が其処に居るが、鋭児としては、其れは彼女の過大評価だと言いたかった。

 「でも……男なら大概そう思ってると、思いますよ」

 「思ってるけど、踏み出せないし、踏みとどまれないでしょ?気持ちはあるけど、いざとなると振るえて、心は閉じこもってしまうの。心はね……、自分が無力だと思った時に、どうあれるのかで決まっちゃうことがあるの。とても傷つきやすくて繊細で、自分が一番守りたいものだと私は思う。だから、誰かのために真っ直ぐ立てる鋭児くんを、私は好き……それが、焔のためであっても、静音ちゃんのためであっても、……私のためであっても……」

 可成りストレートな吹雪の表現である。確かに今となっては、吹雪や焔を含め、静音も自分の仲間であると鋭児は思う。これからの関わり方も、より一層強いものとなるだろう。

 「んな、大したもんじゃ……」

 鋭児としては、そこまではっきりと言われてしまうと、心が痛む。自分にとっては、その順位付けが違うだけなのだと、吹雪に言いたかった。

 「さて、お昼ご飯作るね!」

 酷く戸惑う鋭児をよそに、吹雪はまた屈託のない笑顔で、そう言うのだった。彼女は自分の信じるものを信じてやまない。そんな感じである。

 「あ、俺手伝いますよ」

 思わず釣られるようにして、そう言ってしまったが、抑も吹雪は先輩だし、何かと世話になりっぱなしである。特に彼女に抱きしめられたあの一夜は、何にも代え難い恩を感じている。今からすると、吹雪が一番自分を止めたかったに違いないと思う鋭児だった。だが、焔を守りたいと思ったその気持ちを、自分を殺して送り出してくれたのは吹雪なのだ。吹雪こそ、自分の思いだけを大切にしているのではなく、焔のことも自分の事も考え、ただ生きるのだけではなく、如何に活きるかという、選択肢を考える人なのだと、鋭児は思った。

 鋭児が手伝うということで、吹雪はますますご機嫌である。こういう無邪気さは、焔に引けを取らない。思わず、クスリと笑いたくなってしまう。

 

 鋭児は祖母と二人暮らしだったが、祖母がいつも元気だとは限らなかったし、一人で何かをしなければ成らない事も多かった。また意地を張って一人で何かをする事もあった。だから、それほど起用とは言い難くとも、焔よりは、料理を作るということに関して、マシなものだった。

 といっても、空っぽになったおなかを早く満たすためには、それほど多くの調理時間を割くわけにも行かず、作るものはパスタとコンソメスープといったぐらいのものだった。

 ただ途中鋭児が溜まらなく笑えたのは、同じ材料でも、焔が触ると、全てが鉄板焼きか焼き肉の添え物にしかならないというのに、吹雪が触ると、こうした料理になるのだと思ったことだった。

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