第1章 第2部 第3話

 晃平が鋭児の部屋の扉のノブを握り、扉を開く。

 「ま、普通鍵なんかかけるんだろうけど……」

 普通は鍵もかけるが、様々な能力を持つ彼らには、基本敵に物理的な施錠というものは、あまり意味をなさない。特に何のめぼしいものの無い鋭児の部屋は、それ自体にあまり意味がない。せいぜい寝るときくらいなものだが、特定の人間しか出入りできない鋭児の部屋は、何とも無防備である。

 「声上げないでくださいね」

 晃平は焔を連れて鋭児の部屋の扉を開けると、焔は絶句した。声を出す以前に声が出ない。ふらふらと晃平の横を通り、壁中を撫でて、中に入って行く。

 黒く乾いた赤色が、部屋中の壁や廊下を擦っていたり、木片が床中に散らばっていたりと、まるで廃墟のようになっている。

 廊下を辿り、キッチンを抜け、鋭児の部屋に辿り着くと、備え付けのタンスが、ボロボロになって漸くたたずんでいるのを知り、転がっている木片が、その破片であることに気がつく。そして鋭児の部屋のベッドも同じように、乾いた赤で黒く染まっており、ベッドのシーツもマットもズタズタになっている。

 「な……なんだんだこれ……どうなってんだよ!!」

 「鋭児が藻掻いた跡ですよ」

 普段何も動じなさそうな焔が震えながら壁を撫でたり、シーツに触れたりして、部屋の状況を疑い続けている。

 「なんでこんなになるんだよ……」

 「言ったでしょ。裏技だって。あの技は瞬間的に龍脈の流れを過剰にして、普段の倍、三倍の運動量にする言わば禁じ手なんですよ。尤もこの学校において、禁じ手なんてありませんけどね。俺も反動がどうなるかなんて、考えもしてませんでしたけど……鋭児は三日もあの技を十数人に使い続けたから、身体に蓄積されたダメージは、半端じゃなかったんだと思う。焼けた龍脈の痛みは、外傷なんかと比較にならないですからね」

 「お前……止めなかったかよ……なんで鋭児止めなかった……ダチだったら止めろよ……」

 焔は放心状態で、怒声を張る気力もないほど力なく腰を落とした。

 「俺が鋭児と決闘して、ボロボロにしても、アイツ止まらないですよ。そういうの焔さんが一番知ってると思ってましたけど……」

 晃平は無残な鋭児の部屋を眺めながら、淡々とそれを口にした。

 「バッキャロウ……。俺の過去と自分の命どっちが大事なんだよ……」

 焔は、ぐっと溢れる涙を堪えて、パーカーの袖でゴシゴシと顔を拭いてから立ち上がり、壊れたタンスの中に置かれてある、鋭児のボストンバッグと、ハンガーに掛かっている制服一着を手に取り、鋭児の部屋の入り口にまで戻ると足を止める。

 「ペンキ買ってくる……」

 焔が不機嫌にそう言う。

 「はい?」

 と、唐突な発言に晃平は、きょとんとするが、焔はそれもお構いなしに、鋭児の荷物を晃平に押しつけて、ズカズカと、廊下を歩いて何処かへ出かけて行くのだった。といっても、だいたいは購買部である。

 

 よもや焔が自分の部屋に居るとは思わない鋭児は、再び眠りから目を覚ます。その時に背伸びをするのだった。

 側には焔が居ない。だが、ベッドに腰を掛けて本を読んでいる吹雪が居る。どうやら彼女が自分の面倒を見てくれていたらしい。

 「鋭児くん今背伸びした?」

 「ああ、だいぶ身体が軽くなってきたかな…………、で焔サンは?」

 「焔は今、お買い物♪」

 と、目を覚ました鋭児に額を合わせてくる吹雪だった。どうやら、体温を確かめているらしいが、美しい吹雪が落ち着いた様子で、額で熱を測っているのだ。流石にこれには、ドキリとしてしまう鋭児だった。

 「まだ、少し体温が高いね……」

 吹雪は鋭児の体調を気遣ってくれるのだが、その体温を上げている要因の一部は間違い無く、吹雪のせいだと言いたい鋭児だった。

 その時、簡素で簡単なメールの着信音が鳴る。枕元に置かれている携帯電話からだった。鋭児が不意に手を伸ばして、其れを取ろうとするが、頭の上に置かれている携帯電話の位置を正確に把握出来ず手だけで一生懸命探っているが、中々思うように取れずにいる。

 吹雪はついもどかしくなり、鋭児の携帯電話に手を伸ばし、それを取ろうとした瞬間、バランスを崩し、彼の上に覆い被さってしまう。

 鋭児は、吹雪の胸に押しつぶされる格好となってしまう。何ともオイシく、柔らかみのある感触で、とても良い香りに包まれる。

 「ゴメン……大丈夫?」

 と、吹雪は起きる様子もなくそのままだった。態とではないのか?と、鋭児は思ってしまうが、其れが態となら何とも嬉しいサービスであることには間違いが無く、怒る気にもなれない。

 携帯電話を掴んだ吹雪がゆっくりと起き上がると、横を向いて顔を真っ赤にしつつ、ブツブツと何かを言っている鋭児がいた。

 「はい、電話」

 吹雪も、少々顔を赤くしている。胸元に受けた鋭児の感触は、彼女自身も把握している。

 鋭児がメールを見ているとき、吹雪は鋭児に背を向けて、嬉し恥ずかしい表情で、ほてる頬を両手で押さえて、その感覚を反芻している。

 ただ、そうしている時間もほんの僅かで、すぐにメールの相手が気になる。

 「焔から?晃平君から?」

 「いや、叔父さんだよ」

 「そ、そうなんだ?良く連絡くるの?」

 考えれば鋭児が親戚とメールを遣り取りしている場面など、初めて見る。

 「いや……」

 特に隠す様子を見せる鋭児ではなかったが、あまり吉報とは言えなさそうな表情を見せる。元々あまり明るい表情を見せる鋭児ではなかったが、それでも少し肩が落ちた様子を吹雪は見逃さなかった。

 「そう、何かあった?」

 ベッドに座り直した吹雪は、一歩引いた雰囲気だったが、はっきりとそう聞いた。鋭児が答えないのなら、其れは其れまでだった。特に詰め寄る様子を見せず、彼の解答を待った。

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