第1章 第2部 第2話

 食事の時間も一頻り経つと、鋭児は再び眠ってしまう。

 「コンニャロウ、幸せそうな顔しやがって」

 と、寝入っている鋭児の頬を突いて弄る焔だった。

 「よかった。思ったよりずっと回復してる……」

 吹雪も安心した様子で、緊張の緩んだ表情を見せる。

 「コイツの服も取ってきてやらねぇとな。俺もずっとコイツにつきっきりだったし、なんも取ってきてねぇや」

 実際は、鋭児の制服くらいは置いてあるのだが、着替えなどは一切無い。鋭児が完治するまで、焔は自室に彼を泊めておくつもりなのだ。

 「いいわ。服は私が取りに行ってくるから。焔は鋭児くんに部屋から弾かれたままでしょ?」

 「晃平にでも開けて貰うよ。アイツ赤羽殴って外出禁止だしな」

 「そう……そうね。私は鋭児くんを見ておくわ」

 吹雪はなんだか何かを言いづらそうにしている。焔にはその理由がわからなかった。ただ、鼻歌交じりで、自分の部屋を出て行く。

 普段着に着替えた焔は、自分の寮から、鋭児の部屋へと、階段を下り廊下を通り、一年F4クラスの生徒の部屋が集まる一年寮一階に辿り着き、クラスの中心である晃平の部屋をノックする。

 「俺だー。晃平~」

 と、焔が大きな声を出しながら、晃平を呼ぶと、少し驚いた晃平が、ジャージ姿のまま現れる。

 「焔さん……どうしたんです?」

 「鋭児の服を取りに来たんだけどよ。アイツ俺を閉め出したままだから、オメェに開けてもらおうとおもってよ」

 「ああ」

 と言いつつ、晃平は部屋の外をキョロキョロと見回し、焔を手招きする。

 「んだよ」

 鋭児に早く服を持って行ってやりたいと思っている焔は、少々面倒くさそうな対応をする。

 「いいですから」

 晃平は少々急かすように、再び焔を手招きする。ただ強引には引き込まなかった。

 鋭児の部屋の状況については、ドア越しに話して良いほど、気軽で気楽なものではない。寧ろ焔が関わっている以上、それについては少し一息つきたかったのだ。

 そして現状焔は、晃平に鋭児の部屋に入れて貰うしか選択肢がない。

 つまり、焔は晃平の言うとおりにするしかなかったというだけのことなのである。

 晃平の部屋は鋭児の部屋と同じ作りだが、彼の部屋にはシステムコンポもあれば、真新しいノートパソコンも置いてある。ベッドの上も清潔で、何もない鋭児の部屋とは違い、彼がこの学園生活で、エンジョイしようとしているのが解る。

 焔が覗くのは、何故かベッドの下だ。どうやらお宝を探しているらしい。

 「んだよ。男の部屋にあるべき必須アイテムがねぇじゃねぇか」

 鋭児の部屋で起こった一部始終を知らずに、暢気な焔は、悪びれもせず男子の部屋を物色し始めるのだった。相変わらずのマイペースぶりである。

 「はは。引っ越して一ヶ月ですよ?」

 「それもそうだな」

 中学部では、高等部のように個人部屋ではなく四人からなる相部屋であるため、それほどプライベートがあるわけではない。高等部に上がると言うことは、彼らにとってそれだけの意味があるのだ。

 晃平がベッドの上に座り、ポンポンと其処を叩いて焔を呼ぶと、焔は腰を掛けると同時に仰向けに寝そべる。

 「んで?」

 焔は、晃平が部屋に自分を引き入れたその理由を気にするが、無警戒なのも相変わらずだ。

 「鋭児は、焔さんを部屋に入ってほしくなかったんじゃなくて、入れたくても入れられないから入れなくしたんですよ。だから、入らない方が良いとおもうんだけど……」

 遠回し気味な表現であるが、それそのものは焔を嫌っての行為ではないということをいいたかったのだが、そんな話は、今更ながらであり、現実に鋭児は、焔のベッドで一晩を過ごしている。

 「んだそりゃ。あんな何もねぇ部屋、今更隠す何かもねぇだろよ」

 焔には、晃平が何を言いたいか解らなかった。其れを晃平が知っていると言うことは、晃平はその理由について知っているということである。

 「まぁ、遅かれ早かれ、焔さんなら鋭児に同じ事言うだろうから、結果は変わらない……か」

 晃平は、独り言のようにそう言って腰を上げる。と、焔も軽快にべっどから起き上がり、晃平の後ろをついて行く。

 含みがちな晃平の言葉に、焔は少し不機嫌な表情をしているが、文句を言うのは、鋭児の部屋を見てからにする事にした。

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