第1章 第1部 第42話

 翌日。グランドで焔は待っていた。後ろには、震えている赤羽が居る。周囲にはギャラリーが、バラバラと点在している。鼬鼠戦の時もそうだが、あまり近寄りすぎると、巻き添えを受ける可能性があるため、遠巻きに見る事が、彼らの常識なのだ。午後の授業のチャイムが鳴って少ししてから、鋭児は現れる。鋭い目付きで堂々とした鋭児が、臆することなく焔の前に現れたのだった。そんな鋭児の両手は、真っ白な包帯で指の一本一本までキレイに巻かれている。

 「よぉ鋭児」

 「説明してくれよ……焔サン……」

 不敵に微笑んでいる鋭児の表情は曇りがちで、非道く疲れた様子でもある。其れが焔には、心の歪んだ表情に見えた。

 「単純だ。俺のタメってんなら、もう止めろ」

 それに対して、焔は凛然ととして、鋭児を睨み付ける。

 「引かねぇって、いったら?」

 真剣に睨み付ける焔に対して、鋭児は悪ぶった、余裕の笑みを浮かべている。

 「俺のプライド事、テメェを潰す」

 「なんでだよ……んな姑息に上を目指す訳でもねぇ、ただアンタを潰すためだけに卑怯な真似した奴なんざ、居なくなって当然だとおもわね?」

 「傲んな!テメェのやったことは、其れと変わらねぇだろうが!」

 「っは!俺がそいつ等より強いってのは、認めて貰ったって訳だ」

 「認めて遣るよ。だから、止めろっつってんだ」

 「やめねぇ……こんな雑魚に拳すら満足に振り下ろせず天辺にいる、アンタなんか見たくねぇ」

 「鋭児……」

 何とも屈折し淀んだ鋭児の揺らぎのある視線に、焔は嫌気が指す

 「賭ける?アンタが俺を倒せば、俺はアンタの言うことを聞く。俺が勝てば、そいつ等全員潰す!」

 「解った。テメェが俺を嘗めてるってこともな!!」

 焔がスタンスを広げ、迎え撃つ準備をする。すると鋭児はカードを出した。

 「黒野鋭児。アンタの首を取る」

 「日向焔、テメェの思い上がりを叩き潰してやる。人の問題に口出し過ぎだってことを、思い知らせてやるぜ」

 二人はカードを提示した瞬間、焔の薄い褐色の肌が赤く火照り始める。どうやら其れが焔の本気の証らしい。其れと同時に鋭児は、トップスピードで、焔に殴りかかるが、焔は其れをいとも簡単に受け止めてしまう。いや、表情は険しく、決して余裕ではないようだ。ただ赤羽には、そのスピードは理解出来ても身体が反応しない。途中映像が途切れたような錯覚を受けた。

 攻めて立てる鋭児に、受ける焔。焔は流石だし、鋭児も大したものだと、周りは関心する。

 ただ、どちらも技を仕掛ける余裕はなさそうだ。鋭児の方も焔の攻撃を受けたりいなしたりしつつ、上手く防いでいる。拳や蹴りが秒刻みで次々と飛び交う光景に、誰もが息を飲み始める。

 「じょ冗談だろ。両方とも化け物だ……」

 赤羽は自分が飛んでもない男に狙われていたことに気がつく。

 「流石だぜ鋭児、こんな短期間にこんなに強くなるとはな!一光がいりゃ!スゲェ喜んだろうぜ!」

 「しらねぇよ。死んだ奴の事なんざ!」

 焔は、自分の思い描いた一光の拳を鋭児の拳と重ねたのだ。残念ながら鋭児の拳は彼女の望んでいる清々しい拳とは、遠く懸け離れている。焔がそういったのは、鋭児の素質を見込んでの事だったのだ。

 二人の攻防はまだ続く。全く互角だ。いや、身体の温まりつつある焔の方が若干有利になり始めている。それでも鋭児は下がらない。喧嘩慣れをしている鋭児は、ここぞという所で、焔の攻撃を上手くいなすのだ。

 しかし、頬をかすった一撃を皮切りに、焔の攻撃が有利になり始める。拮抗が崩れた瞬間でもあった。ハイキックが入ろうとすると、鋭児は其れを腕でガードをし、揺らぐと同時にさらにもう一発ハイキックがガードの上から力強く入る。鋭児の腕がミシリと音を立てる。焔は右膝のことも気にせず蹴りに入るのだ。

 鋭児は焔の二発目の蹴りの瞬間、懐に入りアッパーを仕掛け、彼女の顎に拳を掠らせ、退かせる。

 退いた瞬間に焔は右足を庇い蹌踉めく。其れを好機と見た鋭児は左足で中断蹴りを仕掛けるが、上がらないと思った焔の右足と、腕が脇腹のガードに入る。其れを見た鋭児はすかさずハイキックに切り替え焔のこめかみに、蹴りを決めるのだ。

 入ったと思った瞬間だったが、焔の左手が確りと鋭児の脚を掴み、直撃を避けている。逆に脚とを取られた鋭児は身動きが出来ない。そのまま一気に間合いを詰めた焔の左の拳が、鋭児の右脇腹に入り、さらに両手で、鋭児の鳩尾に、掌底を入れる。心臓を潰してしまうほどの勢いではないかと思われた掌底で、鋭児は大きく下がる。

 焔は確実に鋭児の肋骨が折れる音を聞いた。掌底も決まっている。間違い無く鋭児の呼吸は止まっているはずだ。だが、鋭児は止まると同時に速攻で、焔を殴り飛ばしに来る。

 驚いた焔が、動きに躊躇するが、なんと言うことはない。徐々に鋭児のスピードになれ始めていた焔は、其れを紙一重で躱し、直ぐに間合いを開ける。

 「なんて奴だ。肋折って、さらに横隔膜が痙攣起こしてるはずだぜ……何で動ける!?」

 流石に其れには不可解な焔だった。

 「半端な奴に、膝折られるアンタの拳なんざなぁ!!きかねぇんだよ!痛くもえねぇよ!」

 強烈なほどに声を張り上げる鋭児だった。口の中に含んだ血を吐き捨て、再び焔を睨み付ける。

 「クソ鋭児!強情張りやがって!」

 焔の猛攻が始まる。鋭児は防戦一方だ。だが、どれだけ殴られても鋭児は膝を着かない。大凡の勝敗は決したかのように思えるのに、鋭児は膝をつかない。

 「いい加減にしろ!」

 勿論鋭児に答える余裕などない。ただ焔は、あまりに接近しすぎる自分達の間合いを遠ざけるために、鋭児の腹部にもう一発パンチをねじ込み、距離を開けさせた。

 鋭児の口元から血が溢れ、滴り落ちる。流石に鋭児もその出血に、自覚症状卯を覚えたように、拭き取った血を少しの間眺めた。

 焔はそれを隙とは思わなかった。あえて会話をするために開けた間なのだ。

 「効かねぇよ。こんな半端な拳なんてよ……効かねぇんだよ!!」

 だが鋭児は声を張り上げてそういう。確かに彼は二本の足で、確りと立っている。焔にこれだけ殴られて本当に大丈夫なのか?と敵も味方も不安がるほどだった。一般生徒で、六皇の前にこれほど立ち塞がった者などそういない。居るとすれば、それは間違い無く次期六皇の資格がある者だけだ。

 何に不満があるのか?鋭児の言葉は思い詰めた感情に溢れていた。いい加減これでは切りがないと、焔も思い始める。抑も、もっと早く決着がつくと思っていたからだ。焔自身も鋭児を殴りたくて殴っているわけではない。

 もう、彼には言葉が通じないのかと、焔が思ったその瞬間だった。

 「いい加減飽きてきた。次の一撃で勝負つけねぇか?」

 「んだと?」

 「俺の鳳輪脚と、アンタの最高の技と……どっちが威力が上かで、決めようぜ」

 「解ったよ……一光直伝の超必殺技、テメェに見せてやるよ。テメェに少し、アイツの凄さも教えておかねぇとな……」

 焔はウンザリとした溜息を混ぜながら、鋭児のそれに承諾したのだった。理由は簡単だ。焔は鋭児を殴りたくて殴っていたわけではない。勝てば鋭児が黙って自分に従うしかないと思ったからだ。そしてそう言うルールを二人で今決めた。焔は引くわけにはいかない。鋭児は焔のために闘っているはずなのに、何故か其れが意地になってしまっている。意味が解らない。考えるのも疲れてくる。

 焔が、トントンと二回ほど右足の爪先で、地面を突く。

 「はぁああああ!」

 力一杯叫ぶ鋭児。鬼気迫る異常なほどの雄叫びだった。その本気を悟った焔は、右足に力を集中させる。力を集中させた焔の右足からは、煌めく炎が立ち上る。

 其れと同時に鋭児は、力強く地面を蹴り、高く飛び上がり、空中で逆さになる。

 焔はその間に、地面に六芒星を描きさらに円を描く。鋭児は既に回転を始め、指先で四重の輪を描き、次に両手で、六芒星を描く動作に入っている。

 さらに焔は次の動作に入る。地面に描いた六芒星を強く踏みしめ、三十度回転させたのだ。すると其処には、三十度ズレて、もう一つの六芒星が現れる。膝が相当痛むのだろう。だが、焔は動作を止めず、右足を高く振り上げた。

 「双龍牙!!」

 引き上げた右足に、炎で描かれた二匹の龍が棚引かれ、螺旋状に絡まり合い上空に立ち上りながら焔の身体に纏わり付く。と同時に焔が、右回し蹴り入った瞬間だった。

 「ダメ!!」

 吹雪が焔の眼前に飛び込んでくる。焔は動作を止めることが出来ない。だが、吹雪はそれを両手で受け止める。そんな吹雪の両手には、真っ白な狼のオーラが浮かび上がっている。

 「バカヤロウ!鋭児の鳳輪脚が来る…………ぞ……」

 焔はそう言いながら、異常を感じた。そのタイミングでは、間違い無く自分に到達していたはずである。だが来ない。其れと同時に、吹雪は振り向きざまに、鋭児の方に飛び込み、両手ですくい上げる構えを取る。さらに同時に晃平と静音と重吾も飛び込んでくる。

 鋭児は、飛び込みすぎた重吾の上に落ちる形となるが、全く受け身も取れずに、背中から落ちるのだった。

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