第1章 第1部 第41話
その夜、鋭児の部屋の窓の前、こっそりと忍び寄る影があった。吹雪の姿である。吹雪は何かを祈るように両手を合わせて、窓に手を掛けて、窓を上に持ち上げる。
そして、窓は開いた。
鍵もかかっていなければ、吹雪の入室許可もそのままだ。ほっとする吹雪だった。
「鋭児くん……起きてる?」
潜めた声で真っ暗な部屋の中に頭だけを突っ込み、何も見えない部屋の中を見回してみる。
「入んじゃねぇよ。吹雪さんでも殺す……」
物騒な話だ。鋭児の掠れた声が殺意を感じさせるが、吹雪は其れには動じなかった。そしていつも通り窓から鋭児の部屋に入るのだった。吹雪は散乱した何かを脚で蹴飛ばすと、其れはまた何かに当たる。木片のようだが、何かまでは解らない。室内は相当荒れているようだ。少し目が慣れてきたのかうっすらと物陰が見える。吹雪は其れを踏まないように歩いて、ベッドの上で壁に凭れている鋭児に近づく。
「焔からメールがあったの。明日鋭児くんを止めるって」
「知ってる。メール有ったし……」
鋭児は吹雪の予想通り、近づいても何もしてこない。理由はいくつかある。焔が鋭児にメールをしたことを吹雪は知っていたし。自分の知っている鋭児ならば、自分達に拳を向けるようなことをしないと思ったからだ。それに、ここで吹雪と争うようなことがあれば、明日の焔との試合どころではない。
ほっとした吹雪は、鋭児の横に座り、彼に寄り添って気がつくのだった。
「酷い熱……」
それに酷く震えている。
「鋭児くん……」
結論づけたわけではない。確信があったわけではない。いくら鋭児が高い能力を秘めていると言っても、所詮一月も経っていない半人前だ。そんな彼がF組三年三位を倒せてしまうことは、やはり異常なのだ。だとしたら相当身体に負荷を掛けているはずであり、その反動が身体に来ているに違いなかった。
「焔サンには絶対言うなよ。頼むよ……今バレたら、全部無駄になっちまうからよ……」
鋭児は呼吸を浅く取っている。恐らく痛みをコントロールするために、呼吸を整えようとしているのだろう。
吹雪は何も言わなかった。ただ一度鋭児から離れる。目を閉じた鋭児には解らなかったが、布がほどけるような音がして、少しすると身体がヒンヤリとする。其れと同時に生々しい柔らかさも感じる。
「目を開けずに、そのまま私の前にきて……」
鋭児は壁に凭れた吹雪の身体に凭れかかる。ヒンヤリと心地よい。
「どう?氷の女王のアイシング……」
吹雪の手が鋭児の腹部に回り、のばした鋭児の両足の間に、吹雪の脚がゆっくりと滑り込む。鋭児の背中に当たる吹雪の感触が、彼女の素肌と言うことを、知らしめる。
鋭児の身体に入っていた力が、すっと抜けて行くのが、吹雪に伝わる。
「焔サンには、絶対言うな……」
と鋭児はそこで気を失ってしまう。いや、眠ってしまったのだろう。痛みが急に取れたわけではないが、吹雪が其処にいることで、安心したのだろう。吹雪は鋭児が満足に睡眠すら取れていないことを知る。
「鋭児くんの馬鹿……」
これほどの状況だというのに、鋭児は焔のことだけを口にして眠ってしまうのだから、自分の立場がないと、吹雪は怒りたかった。その気持ちを伝えるかのように、鋭児の身体をぎゅっと抱きしめるのだった。
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