第1章 第1部 第40話

 その夜鋭児の部屋の扉が激しく叩かれる。

 「おい!鋭児!テメェ!くっそ!俺を拒否しやがって!」

 焔がいくらドアノブを捻っても、部屋に入ることが出来ないのだ。

 「これはもう俺の喧嘩っすから、焔サンはちゃんと膝治せよ。んじゃお休み!」

 扉越しの鋭児の声だった。

 「おい!!テメェ!!」

 焔がいくら扉を叩いても、鋭児はそれっきり返事をしない。

 「わかったよ!クソ鋭児!テメェなんざ、留年だ留年!!」

 ついに0点を通り越したらしい。それだけ焔は、鋭児の態度が気に食わなかったのだ。扉を思い切り蹴飛ばし、鋭児の部屋の前から去って行く。

 

 翌日、鋭児は授業に姿を現さなかった。その中で晃平だけが何食わぬ顔をして授業を受けている。鼬鼠戦の激闘の後でさえ授業に姿を現した鋭児だというのに、派手に上位クラスを殴り飛ばした翌日には顔を出さないのは、奇妙な話だと、クラスメイト達は、噂話を膨らませている。

 教員としては、良くも立て続けに問題行動を起こしてくれるものだと、鋭児の暴れっぷりに、溜息をつき始める者達もいる。

 特に上位クラスには、学園側が期待する有望な人材達の集まりなのだ。

 

 

 鋭児は昼休みの食堂にも顔を出さない。

 そして、一日だけなら良いのだが、翌日にも顔を出さなかったのだ。

 「っけ……鋭児の奴。むくれてやがんの……」

 と、焔は面白くなさそうだ。吹雪から見れば、むくれているのは、焔の方にしか見えないが、彼が姿を見せないのは、気になるところだ。

 そこへ静音がやってくる。

 「鋭児くん……何かあったんですか?F組の人たちと随分凄いことになってるらしいですけど」

 と、鋭児の姿を探してみるが、彼の持ち物の気配も、そこで食事をしている気配もなさそうだ。勿論本当に居ないのだ。

 「振った女が、過去の男の心配とは、余裕じゃえぇか、静音二年よぉ」

 と焔が、ちくりと一言言いながら、ちらりと静音を見るが、いつものように人をからかって面白がっている焔はいなかった。

 「やっぱり、何かあったんですね?」

 と、シュンとした静音がいる。

 「ま、まぁ鋭児くんが焔の喧嘩を全部もっていっちゃったていうか……」

 吹雪は苦笑いをして、どんどん拗れて行きそうな状況を苦慮しているのだった。

 「三年F1組……順位戦進まないん……ですよね?」

 「ああ、鋭児が半分ぶっ飛ばしやがったからな。おかげで、青ざめてやがる奴らの顔で、俺を狙った顔ぶれもだいたい解ったよ」

 そんな焔は面白くなさそうな顔をしている。脚を一本取られそうになっている時は、自分の現状を強く受け入れる意志があり、そういった表情はまだ見せなかったのだが、今は歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、苛立った表情をしている。

 その日、焔に向かって来ようとした生徒は、極一部だった。どうやら、焔を狙っていた連中は鋭児から逃げ回っているらしい。焔を狙おうと集まれば、鋭児が必ず挑戦をしてくるだろう。

 下級生の下位クラスから試合を挑まれ、不戦敗を宣言するのも、プライドのない話だが、恐らく鋭児が放つ高速の一撃が、その宣言すら許さないのだろうということは、容易に予想できることだった。重吾が焔を吹雪の所へ連れて行ったのは、なにも彼女の脚の怪我の治療をさせる為だけでは無かったということだ。

 「クソ鋭児……」

 これが鋭児の目的なのかと、焔は苛立った。そんな事をしなくても、彼ら相手なら十分勝つことが出来る。焔には彼らを本気で殴ることが出来ない理由はあるが、それでも彼らには万に一つの勝機もないと、焔は確信しているのだ。譬え脚一本折られたとしても、それは覆ることのない事実だと自負している。

 其れよりも、鋭児が自分の立場を利用して、明らかに実力で劣る者達を追い回していることが気に食わない。しかも、そんな鋭児は焔の前に顔を出さないのだ。

 「鼬鼠との怪我が癒えた直後で、どうやってあんな力身につけたかしらねぇが、使い方が気にくわねぇ……」

 それが焔の本音だった。

 放課後、焔は再び鋭児の部屋の前にやってくるが、いくら呼びかけても返事がない。周囲の部屋の一年生にも聞いてみるが、順位戦の時間が終わると、部屋に戻ったきり全く出てこないらしい。

 焔の電話にも一切でないのだ。

 焔は晃平の部屋の前にまでやってくる。

 「さぁ、今日は鋭児と一緒に動いてないから。解らないです。俺も自分のことがあるんで、いつもアイツのことばかり構ってられませんよ」

 と、嫌に素っ気ない態度を見せる。

 「そうかよ。よく解ったよ」

 晃平のその態度で、彼が鋭児に荷担していることはよく解っていたし、口の上手さでは勝つことが出来ないし、恐らく喋らないだろう。ただ、鋭児が出てこないことと、晃平が喋ろうとしないと言うことは、事が終わった訳ではないと意味することを、焔は知った。

 焔は消化不良のまま、自分の部屋の前にまで戻ってくると、一人の男子生徒が震えていた。

 「テメェ……F組二位の……赤羽じゃねぇか」

 「日向!俺あの狂犬に殺されるよ!アイツ、俺を殺しに来る!!」

 「落ち付けって!狂犬て……鋭児のことか?」

 と、焔がしゃがみ込んで本気で震えている赤羽の肩に手を置く。その震え上がりようは尋常じゃない。赤羽はひたすら頷いている。F組二位ということは、要するに焔の次に強いということを意味する。

 彼を震えさせると言うことは、彼は鋭児の力をそれほどのものだと認めているらしいということだ。それに、相当精神的に追い詰められているようだ。

 「鋭児が襲うってことは、テメェも、俺を潰そうって魂胆だったのか?」

 「謝るよ!謝るから!あんたあの狂犬と師弟以上なんだろ!?アイツがアンタの為に、動いてるなら止めてくれよ!」

 焔は彼の震えように納得する。其れもそうだろう。目の前で共謀者が次々と鋭児に殴り倒されているのだから、次は自分の番だと思うだろうし、味方の数が減れば減るほど、安全の保証が無くなってくる。

 「いくら鋭児がつえぇっても、テメェもF組二位だろ!?情けねぇな!」

 「アイツの強さなんか異常なんだよ!順位戦中に三位の、緋口香奈子が開始直後に肋折られて、ぶった押されたんだよ!肋が外に飛び出たんだぜ!」

 なるほどと、焔は再度思った。二位と三位では実力は可成り拮抗しているだろう。其れを一瞬で倒してしまう鋭児の実力を見ると、彼が怯えるのも無理はない。しかもその倒し方が、非道い。しかし尋常でない成長速度だ。

 「裏技……か、アイツそういってやがったな」

 何か仕掛けがある。焔はその事も確かめなければならないと思った。何か飛んでもない種があるのだろうが、其れが言いようのないほど、卑怯な手だとすると、自分を守るためだとしても、ますます許すことが出来ないし、止めるのは間違い無く自分の役目だと焔は思った。

 「解った。テメェが何考えてたかとか、この際どうでもいい。アイツを止めなきゃならねぇ」

 焔は決心の固まった顔をし、赤羽の肩を軽く叩くと、自分の部屋に戻るのだった。

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