第1章 第1部 最終話
「なん…………だってんだよ」
焔には全く状況が理解出来ない。
「ははは……黒野にヘルプが入った。日向の勝ちだ!!」
赤羽は思わぬ鋭児の負けに、安心をして腰を抜かす。其れと同時に焔が賭けに勝ったことになる。其れで彼の身体の安全は保証されたというわけだ。
「黙れ!ちょっと、お前黙ってろ……」
焔は足を引きずりながら、ゆっくりと鋭児の方に近づく。
「焔の馬鹿!バカバカ!!」
吹雪は、鋭児を仰向けにさせると同時に、彼の頭をその膝の上に乗せた。其処には酷く疲れた鋭児が目を閉じて口から血を流している。
「吹雪なに、水さしてんだよ……」
焔の声は震えている。吹雪を責めるつもりなど全くなかったが、ただ急すぎて思考が飽和状態になっている。
「鋭児くん、全部全部自分で持って行くつもりだったんだよ!」
「んだよ。意味わかんねぇよ!これは俺の問題だ!」
「そうかもしれないけど、赤羽君が焔に頼ってきて、焔がそう言う人のために、戦える人だって、鋭児くんは知ってるのに……、焔が過去に負い目を感じて、躊躇ってばかりだから、ずっと誤解されたままだから!私じゃ其れをみんなに言うことが出来なかったから……」
吹雪は泣き出してしまう。焔が周囲に理解されないままで、その誤解を解くために、自分もまた力不足だったことを悔いているのだ。
「だからって、間違ってるだろ……自分より弱い奴を、虐げるとかよ!」
「入学して一月も経たないうちに、何も知らない鋭児くんが、どうやって第一クラスの人たちを倒せるほどの力が身につくのよ!それだけの資質があるだけで、それだけの力を身につけた訳じゃないじゃない!よく考えてよ……おかしいよ。異常だって思わない?急に焔を閉め出したり、返事を返さなかったり……」
といって、吹雪は首を横に振った。
「んん。多分晃平君だけでしょ。鋭児くんがどういう技使ってたのか知ってたの」
「ああ、沸騰するほどの速度で、龍脈を循環させるんだ。そんな簡単な技じゃないんだ、けど鋭児は自分で経絡を操作して……、其れをやったんだ……、一日二回程度なら、どうってことない技なんだ。けど、鋭児は上位と闘う為に、ずっと使い続けてて、焔さんと闘うのに、ずっと使い続けてて……、痛みも殺してて……だから、肋骨が折れたくらいじゃ、痛みは解らないんだ……今は……だけど」
「止め……なかったのか。お前知ってて止めなかったのか!」
其処まで知っていながら、自分に何も知らせなかった晃平に対して、焔は激しい怒りを覚えた。
「止めたら……止められたら、俺が後悔しちまうよ……」
鋭児が目を開いて、ボソボソと喋り始める。
「ゴメンね……本当は止めるべきだった。昨日の夜でも止めるべきだった。でも、鋭児くん必死なんだもん……、間違ってるって思っても……。私も焔のこと言えないよね……、私も平気な顔したふりして、ずっと黙って見てたから、同罪だよね……」
吹雪は本当にどうして良いか解らなかったのだろう。焔を救ってほしかったし、自分は鋭児と同じ事が出来るわけでもなかった。言葉で説得しようにも、焔のことに関して、彼らは全く耳を貸さない。
「俺、そいつ等に聞いた。焔さんが中学校の頃の話……。そいつが言った、力のない奴は、クズ以下だって……話。逆上した焔さんが、そこの赤羽さんとか、ボコボコにした話も……。吹雪さんがどうにか其れを止めた話も。焔さんが庇ったっ人達ってのは、もう学校を去ったって事も……。アンタが後悔して負い目感じて……、後ろめたい気持ちでこのままずっと過ごすってのが、溜まらなく嫌だった。焔サンが本当はどういう人なのか知れば……。間違ってれば、ダチだろうが舎弟だろうが、止める人だって……解ればって……」
焔は愕然とした。鋭児は焔の敵対する人間達をただ無闇に殴り飛ばした訳ではなかったのだ。必ず焔がそんな自分を止めに入ると思っていたのだ。頼られれば、敵味方関係なく、そうして守ってくれる人だということを、ただ証明しようとしたのだ。
「けどよ!」
「一光さんの背中追うんだろ!膝ボロボロにして、目指すほど簡単なもんじゃねぇんだろ!!時間なんて掛けてられネェだろうがよ!!……ゴホ……ゴホ……」
鋭児が大量の鮮血を吐き出す。恐らく折れた肋骨が、肺に刺さってしまっているのだろう。
「重吾!神村呼べ!俺の部屋に無理矢理でも連れてこい!!」
焔はすぐに身振り手振り、いつも側にいる重吾に指示を出し、彼はすぐに頷き走り出す。
「馬鹿鋭児!テメェ馬鹿すぎるぜ!チクショウ!こんな怪我なんてこたねぇ!死ぬなよ!!」
焔は泣いて座り込んでいる吹雪から、鋭児を奪うと、慎重に背中に背負いながら、それでも
「俺の膝とテメェの命どっちが大事なんだよ!」
そう言っている焔は、自分の膝の痛みなど、感じている余裕など全くなかった。
「へへ。泣きながら走んなよ」
「っるせぇ馬鹿鋭児!!」
恐らくそんな泣き顔の焔など、ほかの誰も見たことは無かったのだろう。だが、この日焔はそんな顔を隠す事も無く、鋭児を背負って無心に自分の部屋に向かって走った。
一方、力の抜けた吹雪と、立ち尽くすだけの晃平と静音、そして賭けに勝った赤羽が、グランドに居た。
「はは……黒野の自演だった訳か。そんな無理してやがったなら、怯える事もなかったんだ!」
赤羽は窮地から抜け出したためか、心の箍が外れたように、虚勢を張った空笑いをしだす。そんな赤羽を吹雪がギラリと睨む。今にも牙を剥きそうなほど、強烈な女王の視線だった。
しかし、そんな吹雪の行動を予測してか、晃平が一瞬にして、無防備な赤羽のボディに一撃を入れる。
「う……」
と、情けない声を出して、赤羽も気を失ってしまう。
「一日二回程度なら、どうってことのない、技だから……」
と、晃平は爽やかな笑みを浮かべているが、これは間違い無く問題行動だ。
「私……何も見てないからね……」
と、ゆらりと起ち上がり、周囲を一回りして眺めると、誰もが頷き始める。本当の吹雪の怖さというもを誰も見たことは無いが、その片鱗はどうやら、垣間見たらしい。
「お互い待ち人は、遠そうですね」
と、静音がニコリと微笑む。
「貴女は、鋭児くんを振った方でしょ?」
と、顔を赤くして、スタスタと歩き始める吹雪だった。そんな彼女の背中を見て、晃平と静音はクスリと笑う。
順位戦が終わり、ゴールデンウィーク初日である四月二九日。鋭児は焔のベッドの上で目覚める。体中が鉛になったように重く、思い通りに動かない。どうやら一命は取り留めたらしい。確かにばかげた意地を張ったものだ。
気がつくと、生々しい焔の感触がベッタリと自分にくっついているのが解る。そして、彼女は心配げに鋭児を見つめているのだ。
「鋭児……」
目が覚めた鋭児は、一瞬、何とも色気のある焔の表情が伺えたと思ったのだが、鋭児が目を覚ましたことで安心したためか、直ぐにグズグズに泣き崩れた子供のような顔になってしまう焔だった。
「テメェなんて、一〇〇点で0点だ!バカヤロウ!」
鋭児は、随分幼く思える焔の頭を暫く撫で続けた。明るい反面寂しがり屋で泣き虫の焔が其処にいて、強くて弱い焔がいる。太陽のように輝く強さを持っているのに、時々小さな影に怯える焔が其処にいた。
鋭児の行動に関しては、特に問題とはならなかった。倒された生徒に関して、特に致命的なものではなかったからだ。問題があるとすれば、彼が勝ち試合で全て、負けを宣言していることと言えただろう。
そのほかの処遇に関しては、ゴールデンウィーク明けに、言い渡されることになる。
鋭児は一頻り、焔の頭を撫で終わると、再び眠りに就くのだった。
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