第1章 第1部 第38話

 翌日。そしてその日の午後からまた順位戦が行われる。日数は平日の五日ほど取られている。本来は学生達がコミュニケーションを取りながら、自分の実力を試しつつ、競った結果、その順位を上げて行く事が目的であり、様々な相手と戦う事によって多くの経験を積むこともまた、その目的になっている。

 基本的には、ドングリの背比べ同士の、戦いになるのだ。焔も晃平も特殊だし、鋭児はもっと特殊なのだ。彼の力と実力、そして実績のなさが、相当なバランスを欠いているため、周囲にとって、今の彼は非常に扱いづらい対象なのである。

 そして、これは決闘ではなく、試合なのだ。彼らの力の特性上、怪我人は間違い無く出るが、死者を出さないことが、最も重要である。その当たりが決闘とは大きく異なる。

 この二つの大きなメリハリを、学生達がどう理解し、切り替えるかというのも、重要な部分だった。

 

 昼食時、食堂に集まってる焔と吹雪。

 「なぁなぁ吹雪これ見ろよ~」

 「もう何度も見た!それに、パンツも見えてる!」

 「鋭児が、昨日テーピングしてくれたんだぜぇ。あのヒヨッコ。痛むなら、三時間ごとに、冷やした方がいいなんていってよー」

 吹雪は、焔からそっぽを向いて、べーっと舌を出して、聞き飽きた顔をするのだった。

 「ハンバーガー売り切れてて、結局カレーうどんになっちまったよ」

 鋭児はぼやきながら、焔と吹雪の所にまでやってきて、焔の横に座るのだった。

 「鋭児くん。私も試合中に手首痛めたらしくて、後で見てくれない?」

 と、吹雪がしなやかでホッソリとした、美しい指先を鋭児に向ける。

 「んと……」

 鋭児は可成り真剣な様子で吹雪の手を取り、関節の状態を知るために、彼女と掌を重ねたりして、その可動範囲を調べ始める。焔は、其れを横目で見ながら、あからさまな吹雪の態度がおかしいらしく、抱腹絶倒しそうなのを、懸命に堪えている。

 「鋭児のオジキは、鍼灸と柔道整復師なんだってよ」

 「まぁ、流石に俺が鍼打つわけにゃいかねぇけど、俺も喧嘩ばっかしてたし、よく世話になったから、ある程度はね……」

 「ふぅん」

 鋭児が丹念に手首を見てくれるので、吹雪もご機嫌である。

 「あんま問題なさそうっすけど、不安なら補強くらいはしといた方がいいかな」

 「そっか、鋭児くん叔父様がいるのね」

 吹雪は、何ともないと言いながらも、真剣に自分の手を取り、見つめ続けている鋭児にご機嫌である。

 「まぁね。正直迷惑の掛け通しだったけどな……喧嘩バッカで……ほんと……」

 と、鋭児はクスクスと笑い出す。素の鋭児の顔が見られた瞬間でもあった。

 「解った解った。俺ばっか鋭児を独り占めしちゃ、吹雪がヤキモチ妬くし、なんせ、『私の処女あげちゃう!』だもんなぁ」

 と、焔はケタケタと笑い始めるのだった。しかも、その部分を周囲に聞こえるように、可成り大きな声で言うのだった。

 「も!もう!焔の馬鹿!!自分も、さっきまで、パンツみせてご機嫌だったでしょ!?」

 「パンツじゃねーよ!テーピングだっつーの!」

 焔は膝を上げて、それを説明するのだった。

 「解ったから、静かにしてくれって……」

 鋭児は頭を抱える。焔は兎も角、何だか吹雪の様子までおかしい。最初に出会った頃はこんな印象ではなかったはずだ。

 ただ、いつも通りの騒がしい昼休みだ。鋭児はそう思った。あとはいつも通り晃平と待ち合わせて、談話をしながらクラスのステップアップをしてゆく下準備を行ってゆくだけだ。もし鋭児が一気に、第一クラス在籍を狙うのだとしたら、それだけ対戦して勝ってゆけばよい。三年の第一クラス一人、二年の第三クラスを数名、晃平を覗く同級生からの勝ち星を考えると、晃平の言うとおり、来学期は別々のクラスとなるだろうが、晃平自身は何を考えているのか、あまり多くの勝負を挑もうとはせず、現状に甘んじている。

 それぞれ何か事情があるのだから、その信念をとやかく言う気にはなれず、今まで口にはしなかったが、もう三週間ほどこうして、連んでいるのに、無関心を装うのにも、少々心苦しいものを感じた。

 「なんだよ。嫌に無口じゃないか、……といっても、鋭児はそんな喋る方でもないか……」

 と、晃平の方は、鋭児に関して理解を示そうとしているのだ。この日は、自分が闘うというよりも、いろんな人がどう闘っているのかという、客観的な視点で、動いていた。

 鋭児が、気になっていることを晃平に聞こうと思った時だった。重吾がやってくるのだ。普段からさえない表情の重吾だが、より心配そうな表情をしている。

 「ああ、黒野か探したぞ」

 と、漸く見つけた様子だ。鋭児達を見つけるなり、歩いてきたのだから、何か用事があるのは間違い無いが、彼がそうして、やってくるのだから、内容は間違い無く焔絡みに違いないと、鋭児はは思ったのだ。

 「黒野、お前俺と一戦やる気はないか?」

 と、鋭児は自分の見当違いだったことに気がつく。いや、見当違いではないのだろうが、重吾自信が鋭児に何かを確認しておきたいといった様子だった。。

 「俺が勝てたらどうなるんです?」

 挑戦権は鋭児にある。晃平からの話では、無理に三年とやる必要もないということだった。昨日は後学のためという目的があった。それにあまりやり過ぎると、目を付けられることも確かな事実だ。尤も、既に鋭児は目を付けられているようなものだが――。

 「特に……は、ないんだがな」

 「イイッスよ。宜しくお願いします」

 と、鋭児がカードを出すと、重吾も頷きカードをだし、互いに承諾したことを確認する。

 重吾が何かを考えているのは解る。焔は鋭児の実力を買っており、それがどれほどのものなのか、その目で確かめにきたのだろう。

 昨日は相手の手の内を見る前に、一瞬で済ませてしまったが、鋭児自身も、邪道でない方法で上位クラスの人間が、どの程度の実力なのかを測る必要がある。それに重吾なら、自分の力を確かめさせてくれるだろうと、思った。

 晃平はニヤニヤとしながら、二人の間に割っては入り、右手で二人の間を仕切り、すっと手を挙げる。

 鋭児は動かなかった。すると重吾が直ぐに鋭児に向かって突進してくる。炎の使い手は、基本先手必勝なのだ。だから昨日の鋭児のやり方は間違ってはいない。瞬殺できたことに越したことはない。

 見極めるつもりでいた鋭児は、重吾の素早く重い拳を紙一重で躱したり、受け流したりしつつ、後ろに下がる。重吾からすれば追い詰めるのが容易そうな動きをしているが、瞬間的な身引きは、鋭児の方が早い。見る事と動作の連動が早い。

 重吾がもう一度踏み込むと。鋭児の真後ろに、隆起が起こる。踵に引っかかる程度の躓きだが、バックステップで逃げている鋭児の脚を引っかけるには、十分な隆起である。

 鋭児が引っかかった瞬間、重吾は全体重を乗せて、鋭児に殴りかかるが、鋭児は倒れ込むと同時に宙返りをして、重吾の腕を両足で挟み込み固めて、そのまま投げる。だが、腕を離さない。投げると言うより、ひねり倒すといった方が正しいだろうか。重吾が背中を着いたときには、既に両手で重吾の手首を捻りにかかっている。上手い手ではあるが、次の瞬間重吾の掌が鋭児の方を向き、火炎弾を飛ばしてくる。

 本来なら有効なサブミッションだが、近すぎる距離はあまりに危険なのだ。

 鋭児は直ぐに反応し、その場を放棄して起ちあがる。

 「吾壁先輩、掌に星の刺青入れてんだ……」

 「ああ、こうしておくと、腕を極められても、回避措置があるからな」

 なるほどと鋭児は思う。掌に入れている刺青はきっと普通のものではないだろう。しかしあまり力のある技ではなかった。所詮インスタントな術なのだろう。本来必要な練り上げるという動作がない。

 「どうした?昨日のアレはやらないのか?」

 「せっかく、ちゃんと受けてくれる人がいるのに、ああいう裏技なんて、使う必要ないでしょ?」

 「そうか……、そうだな」

 重吾は鋭児が正しく人を見ようとしているという事を知り、落ち着いた笑みを浮かべるのだった。やくざな額の傷や、ぶっきらぼうな表情や言動からは、また別の鋭児が、見える。

 〈裏技……か〉

 と、言葉には出さなかったが、心で呟く晃平がそこにいる。

 その後暫く二人の戦いは続く、本来力の拮抗した相手同士の試合はそういうものだし、また逆に思いもよらず一瞬でついたりするものだ。特に彼らは体中に気を張り巡らせ、肉体を効率よく動かしているため、スタミナは尋常でない。

 しかし、動けば動くほど鋭児の動きは良くなって行く。リズムに乗るというか、タイミングをどんどん掴んでゆく。どうにか重吾を躱していたという雰囲気から、受けて攻める方向に変わって行く。特に術を発動したりはしていない。其れは重吾も同じで、要するに術を使う暇をなくすために、お互い小さな攻めを入れ、隙を作ろうとしているのだ。

 「鋭児、キリがないぞ」

 「解ってるよ!でも、この人とは、ちゃんとやれるだけやっておきたたいんだ!」

 そのうち、鋭児が重吾の拳を叩きだす。彼の拳の重さ加減が解ったのだろう。攻守の気の流れがスムーズになり始めた頃、鋭児はカウンターの回し蹴りで、重吾の拳を蹴り飛ばしたのだ。完全に受け流された状態になった重吾は、バランスを崩し、向かい合っていた鋭児とすれ違いざまに、その立ち位置を入れ替えることになるが、十分に余裕のある鋭児は、脚で地面に三角形を描き、その中央を思い切り殴りるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る