第1部 第1章 第39話
炎の柱が大地を走り重吾を襲う。バランスを崩しながらも、重吾は其れを受け止めるが、鋭児はその間に両手の平で、眼前の空気を一度掻き、円を作りその中に両手で素早く六芒星を描く。動きは正確だが、気の使い方がまだまだ少々荒っぽく、六芒星を強く描きすぎる。
「鋭児!ダメだ!強すぎる!!!」
晃平がすぐに止めにかかるのだった。殺傷能力が強い。鋭児は動作を止めた。
「お前が、吾壁先輩を殺したいなら、其れでいいけどな。そういうコントロールも大事だってことを、解らないと……」
「ああ、そうだな」
其れは重吾が躱せないから止めたのではない。周囲に仲間がいることなどの、状況判断が十分に出来ているのかと言うことを問われているのである。
「先輩はそういうのが解っていて闘っていたから、俺はお前の勝ちとは思わないよ」
と、晃平が可成り手厳しい一言を言うのであった。
「いや、十分に強かった」
「すんません。俺の負けです」
鋭児は意外にも素直に頭を下げ其れを認めてしまうのだった。それに技を止めていた隙に、重吾が攻撃していたら、今度は鋭児が危なかっただろう。
「え……いや」
単純な力のぶつかり合いなら、恐らくそのままの結果であっただろうから、重吾としては、何となく変な勝ち方である。
「アレで、先輩が躱してたら、後ろの一年丸焦げですよ。コイツ力持て余してますから……」
やはり晃平は見る目が違う。恐らく焔が側に居れば、叱咤されていたに違いない。しかし鋭児の潜在能力というものは、十分解る試合であったのは、確かである。
有利になりかけていた鋭児が負けたことで、周囲は少々騒めいたが、晃平が「ゴホン!」と、咳払いをすると、周囲は再び、自分たちのなすべき方向に向かい始める。
「焔さんの所に行こうか」
と、重吾が少し急ぎ気味に歩き始めるのだった。
「俺も俺の試合がある。順位を落とすわけにも行かないし、そんなことしてたら、あの人に怒られるしな。それに今やり合って解ると思うが、二時間しかない開発授業のなかで、四試合やれたら良いところだ。乱取りじゃないんだからな。制限時間もある訳じゃない。粘って良い勝負をすればいいって訳でもない」
重吾が順位戦におけるポイントとも言える部分を説明してくれる。
焔の所に来ると、相変わらず焔は囲まれている。
「さぁ次はドイツだ?もう一息で、一勝くらいは取れるかもな」
と、挑発気味な焔の声が聞こえる。焔の声は元気そうだし、鋭児が思っているほど、脚を引きずっている様子もなく、自分を囲む者達に対して余裕の笑みを浮かべている。
「二年、筧博!宜しくお願いします!」
と、二年生が焔に挑むようだが、彼は礼儀正しい。
「三年、日向焔、いつでも良いぜ、来な」
二人がカードを提示すると、筧は、息を飲みながら緊張した表情を浮かべ、少しずつ間合いを詰めようとする。彼の緊張度から考えても、二人の実力差というのが伺える。焔はじっと待っている。
「彼、違うね」
「何が?」
「焔さん狙ってるメンバーじゃないってこと」
と、晃平が其れを見極め始める。それから二人はヒソヒソ声で、話し始める。
「なんで、んなの解るよ?」
「お前が昨日、此処にいる連中の顔覚えろっていったんだろう。昨日いなかったし、それに、彼を見る周囲の様子も違う。浮ついた余裕や、仲間に寄せる関心もない、変にリラックスした雰囲気もあるし、あからさまに昨日の雰囲気と違う。応援する気配も見せないし……」
と、晃平は熟々と、把握出来る現状を鋭児に説明する。横で聞いていた重吾もこれには関心するばかりだ。それにしても、鋭児はてっきり昨日のことは、晃平が口裏を合わせてくれただけだと思っていたのだが、どうやら晃平は本気で取っていたらしい。それを実行しようとする、何ともも恐ろしい男だが、晃平の余裕の表情からして、其れは彼にとって造作もないことらしい。
筧は、それなりのスピードで焔に攻め入るが、とても勝てるというレベルではない。それに彼は焔の右足を狙わないでいる。焔にいなされてばかりで、全く彼女の隙を誘うことも出来ない。
「ち……膝狙えよ……膝……」
と、誰かが、ぼそりと呟くのだった。その卑怯な陰口に、鋭児の髪の毛が、騒めき逆立つ。
「よっと!」
そんな中、焔は何の苦労もなく筧に勝つ。筧の方は、焔に挑めたことで満足感を得たようで、握手をして去って行く。ギャラリーの中には、噂に聞く焔の強さを直に確かめたがっている者もいるようだ。だが、そんな筧を冷たい視線で送る者達が随分居る。筧に対しての視線は気になるが、彼のような相手を見ると、重吾の表情もほっとしたものになる。
「なんだなんだ?俺は膝怪我してんぞ?次はねぇのか?テメェ等揃いも揃って0点ばっかか!」
焔は余裕の様子だ。しかしよく見ると、右足の踵を正しく地面に付けていない。膝を真っ直ぐ伸ばすことが難しいようだ。威勢良く挑発しているが、焔の現状は何も変わっていないことを、その怪我が証明している。
そんな中鋭児が、焔の正面に出る。
「お?鋭児お前か?いいぜぇ」
確かに膝を怪我しているが、鋭児の成長ぶりをその肌で感じる良い機会だと、焔は思ったらしい。十分に迎え撃つ表情を見せる。焔としても鋭児としても、勝敗の行方は大凡理解出来ていた。だが、そんな鋭児は焔に背中を見せる。
「こんな怪我人相手するより、誰か俺の挑戦受け手くれよ。第一クラスとか第二クラスとか、怪我人相手に成績あげて喜ぶ連中かよ!!」
「調子の悪い鼬鼠倒したくらいで、調子乗ってんな!事情のしらねぇ奴は引っ込んでろ!」
直ぐに粋がった鋭児に対するヤジが飛び始める。
「しらねぇな!この人が過去がどうだか知らねぇが、この人はダチ傷つけて平気なほど酷い人じゃねぇ!」
そして、焔を背中で庇いながら、自分に突き刺さる視線の数を身体で感じている。
「引っ込め!焔の犬!!」
「っるせぇ!だったら、なんでこの人アンタ等が怯える度に拳止めるんだよ!」
「鋭児……」
焔はすっかり驚いてしまっている。鋭児は全く怯まない。今の鋭児の背中だけは、誰が押し込んでも、微動だにしないほどの、強さを感じる。
「此奴等、全員ぶっつぶしてやる……」
だが、其れと同時に鋭児の悪癖が出る。彼の空気がヒンヤリと重く暗いものになり始め、それが周囲にも伝わり始める。
「止めろ……押さえろ。こんな学校でもルールってもんがんだよ!」
それでも焔は、鋭児を動かそうと彼の肩に手を掛け、思い止まるように促す。鋭児は少しだけ焔という存在に意識が移る。
「ち……」
と、焔のそれに対して舌打ちをしながらも、鋭児は自分のカードをすっと提示する。
「俺が犬だってんなら、その犬とすらまともにやれねぇアンタ等は畜生以下だな!」
これは、トップクラス全体に対する挑戦状と取れる発言だった。その時、何人かで、軽く視線を交えながら、理解出来る範囲でヒソヒソと何かを相談し始める。
「重吾さん。悪いけど、吹雪さんにでもいって、焔さん見て貰ってくれる?あの人なら多分十分星稼いでるだろうし……」
と、鋭児がそういうと、重吾は焔を後ろから羽交い締めにして、グイッと持ち上げる。
「こら!重吾!テメェ!炎皇の俺と、犬の言うことどっちの命令どっちに従う気だよ!」
「す……すんません」
重吾は大きい。いくら焔が強いといっても、後ろから羽交い締めにされて釣り上げられてしまうと、どうしようも無い。重吾に連れられて、そのまま退場してしまう。
「マジで……やるんだな?」
と、晃平が何かを覚悟を決めた表情をして、鋭児に訊ねると、鋭児はコクリと頷く。
「またもや、黒野鋭児か」それが、彼らの正直な反応である。そして鋭児の一言は、彼らのプライドを酷く傷つけたのだ。彼らは自分達が、選ばれたエリートだと信じている。三年生には、この学校でその地位を維持してきた実績もある。それを、数週間前にこの学園にやってきたばかりの何も知らない、一男子生徒にそこまで言われ、尚且つ宣戦布告されては、黙っていられない。
彼らはそれぞれカードを、鋭児に向けて提示し始める。
「お前のセンスは認めるけど、あんな自爆技なんか、覚えるなんて思わなかったよ……」
晃平は後悔した様子で、鋭児の肩をぽんと叩く。
「まぁ喧嘩っつーのは、所詮邪道なもんだからな、裏技は用意しとかねーと」
呟いた鋭児が適当に指名した一人が、前に出る。彼らの魂胆は、焔を潰してしまう前に、まずこの口喧しい犬を、潰してしまおうということだろう。
向かい合って、一礼をした瞬間、刹那に詰めた鋭児がボディーブローを一撃見舞い、あっという間に撃沈させる。昨日と同じだ。あり得ない速度である。しかも鋭児は、印を描いていたりしておらず、その発動の気配も一切わからない。なのに拳一発で、三年生を沈めてしまう。
周りが凍り付く中、鋭児は次の相手を指名する。
「ああ、気を失っても全部俺の負けでいいっすよ。今年いっぱいアンタ等全員潰しにかかりますから」
恐ろしい一言だった。あまりに凍てついた鋭児の目が、まるで狂犬のように、次の相手を捉えようとしているのだった。
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