第1章 第1部 第34話

 屋上から階段を下りて、寮に戻る道中静音と別れ、午後の開発授業のため、寮に着替えに戻る鋭児と晃平だった。

 「大地系の術者は、発動が遅いけど、守備力がメチャ高いから、ノンビリってのは禁物なんだ。やるならさっさと、倒すに限るんだよ」

 晃平は、猛攻で古宮を完遂した理由を語る。

 「それに、上に勝つと、ポイントが可成りお得に溜まる!ポイントは、仕送りのない奴には、大事な収入源なんだ♪」

 と、まるでドラッグストアのポイント五倍デーの買い物をした主夫のような発言をする晃平だった。

 「まさか、そのカモフラージュのために、F4クラスに?」

 「まさか……、俺はちゃんと仕送りして貰ってる。尤も仕送りを受け取らないと親も心配するし……。お前は鼬鼠センパイを倒したんだから、多分カレーパン以外の昼飯も、十分食えるはずだぞ?」

 「ああ……なんか、色々やばそうな話に聞こえるな……、学生の俺たちが戦って金なんて……」

 「まぁ訳ありの学校ってことだよ。小さい頃から学校にいるから、もっとヤバイ話とかも、噂伝いに聞くけど、鋭児はまず、この学校で生きるってこと、確り認識しないとダメってことさ」

 「噂……か、金の話された時点で、なんか噂じゃない気がするけどな」

 「まぁ、噂話は流れるから噂なんだ。この学校で生きるってことは、その当たりも十分心得ておかないとさ」

 妙に大人びた発言をする晃平だった。命を賭けるという代償の肩代わりをしているパトロンが何処かにいるということらしい。考えれば焔があれほどの飲食物などをどうやって確保したのかという謎にも繋がってくる。

 「少なくとも、学生の殆どは、この学校のシステムに納得して入学したか或いは、焔先輩達みたいに、小さい頃からこの学校以外行く当てがないってのが、大筋なんだけどな。理解出来ない……或いは、素質に見限られた奴らっていうのは、学園生活での記憶を消され、放り出される。お前が残るって決めたことは、お前が気に入ろうと気に入るまいと、同意になるんだよ。この学園の裏も表も……ね。ちゃんとした話は、また追々するよ。まぁお前なら、俺がするまでもなく、多分話の方からやってくると思うけどな」

 学生手帳や年間カリキュラムに殆ど目を通さない鋭児に対して、晃平は、意味深でありつつも懇切丁寧に説明をしてくれる。尤も、この一週間鼬鼠と戦う事だけで、頭がいっぱいになっていた鋭児である。改めて身辺が落ち着いた状況で、これから何をどうするのかなど、全く見えていない。

 少なくとも、決闘をすることで生活費が得られる。吊った獲物がデカければデカイほど、懐が潤うと言うことらしい。一見して良くできたシステムに思える。上からは無闇に決闘を挑むことは出来ないが、下の連中は挑まなければ、報酬が得られない。

 焔や吹雪のように何の身寄りもない学生にとって、其れは貴重な収入となる。

 「全く勝てなくても三食くらいはどうにかなるよ。別に学生を飢え死にさせるために、そうしてる訳じゃないんだし」

 晃平は、鋭児がどことなく不安そうに見えたのだろう。晃平はほかにも色々知っているようだ。単なる世話好きという訳でもなさそうである。

 寮の中間にある渡り廊下で、二人は別れる。鋭児の部屋は、寮の一番端なのだ。

 「順位戦……か」

 一つのメリットは、それが彼らの収入源となるということだ。改めて、書類に目を通した方が良さそうだと痛感した鋭児だった。「この学校で生活していくのだろう?」という、晃平の言葉が、頭に再生される。

 鋭児が部屋に入ると、スニーカーが一足脱がれている。女性モノのスニーカーで、しかもこう簡単に男の部屋に入る女と言えば、もう焔以外の人物は思い浮かばなかった。

 「はぁ……」

 鋭児は溜息をつきながら、キッチンを通り抜け、リビングに姿を現す。

 「どうしたんすか?」

 鋭児が、ブルマ姿の焔を見つけるに時間など必要無く、彼女はすでにベッドの上に腰を掛けている。

 「なんだよ、その0点みるような顔はよぉ」

 と、そんな焔は片手に包帯を持っており、其れをぽんぽんと放り投げて、一人でキャッチボールをしている。鋭児の溜息が聞こえたらしい。機嫌を損ねてしまった様子だ。

 「あんな傷二日やそこらで、治るわけねぇのに、普通の顔作りやがって」

 焔は鋭児のベッドをぽんぽんと叩く。どうやらそこに腰を掛けろといっているらしい。

 「昨日も一昨日も、ずっと焔さんに世話掛けっぱなしだし、そう居座る訳にもいかねぇだろ?」

 「二日も俺の生肌抱いて、ムラムラして、我慢出来ずに部屋出たんだろ?」

 ベッドに座った鋭児に対して、ニヤニヤと衝撃発言をして、余裕の焔である。

 「ん…………んな元気まだねぇよ」

 鋭児は昨日までの二日間を思い出す。漸くベッドから起きられるようになった事も事実で、その間ずっと焔の部屋で治療を受けていたのだ。治療と言っても、肉体の活性化がその殆どで、焔から気を分けて貰っていたというのが、一番正しい言い方である。鋭児はその大半を自己治癒に回していた。


 それにしても、思い出すだけでも、赤面してしまう鋭児だった。しかし、内心としては間違い無く、ご馳走様と言いたい心境が、顔に在り在りと表れている。

 「神村からも伝言預かってるぜぇ」

 焔はベッドの上に膝をついて、鋭児が脱いだ制服やカッターシャツなどを、乱暴にその辺りに転がす。

 「ん?なんすか?」

 「封術帯は、今週いっぱいで外すってよ」

 「ああ……以外と早いっすね……」

 「これから忙しいぜ。来週からは自由対戦式の順位戦だろ?来月連休明けには、中間テスト。そこんところは、普通の学生とかわんねぇし、テストが終われば、トーナメント形式の属性別順位戦だ。そしてお前の期末までの成績如何で、F4からF3かF2に昇格!」

 「一年て通期でクラス固定じゃねぇの?」

 「ああ、期末の順位戦でクラスの位置が変わるぜ。決闘じゃなく、公式戦で決まるんだ。三年はもっとシビアで、全ての属性入り乱れての総当たり。一、二年みたいに、属性単位の順位付けだけじゃねぇ。っと、包帯取るぜ。尤も、属性の各筆頭ってのは、下の学年とかわりゃしねぇが」

 焔は上半身にグルグル巻きになっている包帯を取ってゆく。傷は塞がっているようだが、其れは表面の傷で断裂した筋組織とは、また意味が異なる。包帯が解かれる時、出血していた部分が張り付いてなかなか痛い。焔が慎重に外してくれているが、それでもこういう痛みは、また別の意味の痛さがある。塞がった傷口が、ミミズ腫れのように腫れ上がっている。出血はもう見られない。

 「瘡蓋が捲れちまった以外、出血はもうねぇな。腕とかはどうだ?」

 「ああ、動く。痛みはあるけど、上がらねぇ事もねぇよ」

 「ちゃんと手入れしろよ。使えねぇ身体になっちまうからな」

 焔は鋭児の肩や腕を痛まない程度に軽く触れて、状態を確かめる。

 「はぁ、一光の奴も生傷耐えなかったよな。どーんと来い!なんていいやがって、纏めて十人くらい、相手にするんだぜ?全部叩きのめしやがったりよ。メチャクチャだったぜ」

 焔は思い出話をしながら、鋭児の背中にキスをし始める。他人をそこまで重ねて置いて、その仕打ちはあまりにも残酷だと、鋭児は思ったが、焔がそうやって回想出来る相手がほかにいないのだろう。なぜ吹雪とはそう言う話をしないのかというのは、鋭児には解らなかった。ただ自分と彼を比べられても困ると鋭児は思うが、焔には其れが言えなかった。期待しないでほしいなどとも言えない。

 焔は焔で何かを願っているのだろう。それが筋違いな想いだとしても、彼女にとって其れはとても大事なことなのだ。焔の唇が、鋭児の性感を擽る。

 「俺が年度末にまで、筆頭取ったら、焔さんの……俺にくれる?」

 鋭児は感極まってしまった。二日間焔の体温をずっと感じ続けていたことも、大きな相乗効果となっている。

 「ん?別に、前払いでも良いぜ……」

 鋭児は自分でも何を大胆なことを言っているのかと思うが、そう言う雰囲気に誘い込んでいるのは間違い無く焔だ。恐らく彼女は、鋭児と一光を一つにひっくるめてしまっているのだろう。元気な焔だが、一光の事になると、どうしようも無いほど、感傷的になってしまう。そんな焔は、鋭児に許してもいいと言っている。

 「鋭児!いつまで、もたもたしてんだ?そろそろグランド行く…………!」

 と、バタバタと入ってきた晃平がみたのは、ベッドの上で上半身裸の鋭児と、彼の素肌に手を回して、背中にキスをし、鋭児のズボンのベルトに手を掛けて外しにかかっている焔の姿だった。

 「はははは!いや、そう言う事ならいいんだ!いや、まさか焔先輩と鋭児が、そこまで発展してたなんてさ、ははははは!」

 と、晃平はメガネが壊れそうなほど、あちこちにぶつかって、彼の部屋から慌てて出て行く。扉を閉めた後でも、あちこちで衝撃音を響かせている。

 何となく雰囲気も壊れてしまった。

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