第1章 第1部 第21話

 そんな焔の言葉から、三時間ほど経つ。とにかく動くことに終始した三時間だった。息は切れるし、思考力も集中力もない鋭児だが、焔は平然と立っている。上から鋭児を睨み付ける焔は、確かに風格がある。こんなに威風堂々とした女なのかと、鋭児は思った。ただしそんな焔も何発か受けており、口の端を切っていたりしている。

 「軽く飯にしようぜ」

 焔は、グローブを外しながら、鋭児の横を通り過ぎる。

 「吹雪~、お茶~」

 焔はリビングに到着すると、あまり表情を崩さず、テーブルに着く。

 「あのね。飯とか茶とか、どこの関白亭主よ」

 そう言いつつ、テーブルの上には、お茶が用意され、既にすき焼きが準備されている。用意したのはもちろん、吹雪と静音の二名だ。寒くもないこの季節、しかも動き回って身体が熱いこのタイミング、更に食欲も削ぎ落とされているというのに、その食事だ。ただ一つ言えるのは、ちゃんと野菜が入っていることである。

 「で、晃平。ちゃんと鋭児のデータ取れた?」

 「っと。焔先輩がどれだけ本気か?という、度合いにも寄ります……けど」

 「ああ、まだ術を入れてねえから、本気って言えるレベルでもねぇが、メチャクチャ手を抜いてるつもりもねぇよ」

 「じゃ、鋭児の動きは経験次第ってことになります。鼬鼠先輩は、俺なんか眼中になかったから、不意打ちの連続で、揺動出来ましたけど……」

 と、晃平がそう言った瞬間、横にいた焔の拳が晃平の頭に飛ぶ。

 「いた!」

 「テメェが話ややこしくしたんだろうがったく!」

 「反省……してます……」

 それを言われると晃平は悄げてしまう。彼自身も、どうしてそこまで気分が高揚してしまったのかは解らないが、長年彼の中で燻っていたものといえばそうなるのだろう。こうしていると、とても静音の将来がかかっているような雰囲気ではない気がする。落ち着いた食事の雰囲気といった感じが強く、悲壮感がない。

 そして、グツグツと煮立った、すき焼きを直箸で、突きあう彼らであった。

 「後半は術入れていくからな」

 焔がぼそりという。今日の焔は珍しく言葉が少ないし、ビールと騒ぎ立てない。焔なりのスイッチが入っているようだ。食事をすることに集中している。

 鋭児はあまり食べない。周りも無理に勧めない。食べたければ終わった後にでも食べればいいと思っているし、今食べても、動きも鈍くなるだろうし、激しい当たりばかりしていると、吐いてしまう。

 そして予想通り食後の特訓は、さらに激しさを増した。軽度ではあるが、焔は拳に火の力を込めて、どんどん鋭児に打ち込んでくるのだ。そして、隙を見ては、指先で空刻をし、火炎弾を打ち込んでくる。鋭児は逃げ回るのに必死だ。

 それでも、全く何も出来なかった初日から考えると、大きな進歩である。逃げるにせよ何にせよ、鋭児は動けている。

 「バカヤロー!攻めてこねーと、勝てねぇぞ!」

 「隙がねぇだろ!」

 「喋ってる暇があんだろ!ボケ!」

 「んだと、まだ慣れてねぇんだよ!」

 「逃げ口上つくんじゃねぇよ!」

 「るせぇ!」

 逃げることしかできないストレスと、焔の挑発で逆上気味になった鋭児は、拳で焔の飛ばしてくる火炎弾を殴り落とす。

 「お?」

 晃平は鋭児の進歩に気がつく。

 焔は炎で描かれた六芒星を、宙に安定させつつ、その中を殴り、火炎弾を次々打ち込んでくるのだ。安定性のない炎を此処まで安定させるには、当然それなりのセンスがいるし、ほかに作用する力が必要となる。普通は、僅か数秒浮かび上がる空刻に対して、素早く打ち込むのが、炎使いの基本である。

 火炎弾を打ち込む焔との距離をあっという間に詰めてゆく鋭児だが、その瞬間焔が、右足で六回ほど床を蹴り込み円を描き、足を振り上げる。

 すると、そこから火炎の龍が飛び上がるのだ。

 「龍炎脚……だ」

 晃平は、思わず、前のめりになって、その技に見とれてしまう。

 焔は近づいた鋭児ごと、自ら描いた龍と、先ほど宙に描かれた印を蹴り飛ばす。鋭児は龍にぶつかり高速で弾き飛ばされ、屋上のフェンスを突き破って、外に飛び出してしまう。

 「しまった!」

 やり過ぎたと、明らかに計算外だと言いたげな焔だった。気合いの入りすぎだと、誰もが思った瞬間、吹雪が鋭児に向かい手を伸ばしていた。すると、吹雪の指先から、幾重もの糸が飛び出し、鋭児の足に絡みつく。それは蜘蛛の糸のように、強靱な耐久力と、柔軟性のあるものだった。

 落下する鋭児。彼が見えなくなると同時に、ピンと張り詰める糸。そしてガラスの割れる音と、三年女子の悲鳴が聞こえる。どうやら、糸に助けられたはいいが、鋭児はある意味悲惨な目にあったようだ。

 「焔のバカ!空刻と地刻の合わせ技で、龍脚とか、あり得ないし!」

 「ぐ!偶然だっての!鋭児のやろうが、マジな顔して突っ込んでくっから、カマしてやろうとおもって!」

 蹴り飛ばした龍の前に、空刻印と鋭児がいたということである。

 「晃平、お前説明しておけよ!普通印に向かって突っ込むバカいねーんだからな!」

 焔は完全に責任転嫁をするつもりだ。その間に吹雪に引き上げられた鋭児だが、右の頬にくっきりと掌のあとがついている。

 「へぇ、炎皇ともあろう者が、一年の猛突進にビビったんだ?」

 「はぁ!?吹雪テメェ!」

 「まぁまぁ……今は鋭児の特訓中だし」

 戦闘のベクトルが違う方向に向かい始めたところで、晃平が冷静に二人の間に割って入るが、正直割り込むのが怖い晃平だった。

 引き上げられた鋭児は、静音の膝枕の上で、色々な衝撃で動けない状態である。

 「鋭児君大丈夫?」

 「なんか、ひっぱたかれた……」

 鋭児としては、何が一番の不意打ちかというと、第三者の平手打ちだったらしい。しきりに頬を撫でている。

 しかし、このとき晃平が関心したのは、炎皇である焔の火炎弾を全弾弾き返した挙げ句、間を詰めたということだ。いくら、直線方向の攻撃だと言っても、弾き飛ばすことそのものは、焔の拳の動きを理解していなければ出来ない事だ。

 実戦後の予習もある。授業後のスパルタ教育に、眠気を訴えて、焔のベッドに倒れ込んだのは吹雪である。次に昼間の怪我もあり、ソファーの上に転がったのは晃平だった。静音はテーブルの上でギブアップ。

 頼りになるのは、先ほど行った実戦の感覚と、晃平ノートだけだ。

 焔曰く、あれほどキレイに合わせ技など出来ることはないという。特に炎使いという性質上、空刻を安定し続けることはなかなか難しい。焔にそれをさせているのは、彼女も多面能力者だからだという。

 だが、晃平のように拮抗した力を持つのではなく、本当に補助的な役割しか持たない力であるため、あくまでも技の補助にしか使えないとのことだ。炎の空刻を安定させるために、風で軌道を作り上げているからこそ、可能な技であるという。

 焔のは火を10とすると、風2、地が2、聖が1らしい。そのほかにも基本能力値が存在する。属性数値がそれ以上上がると、気の流れに乱れが生じ始めるらしい。つまりそれが晃平という訳である。

 地刻に関しては、そのまま大地に刻印を刻めばいい。先ほどの場合、手で風の操作をしているため、本来地の力は使えないが、余韻で宙に浮いていた刻印に、技が打ち込まれ相乗効果を成したということだった。聖の力は技に上乗せということらしい。

 「風呂にすっか……」

 そろそろ夜中の十二時になろうとしている。十分すぎる運動をしたため、焔の方も相当眠た気な模様で、大きな欠伸を連発し始める。元々二人とも、デスクワークはあまり得意ではない。焔は脱ぎ散らかす事もなく、浴室の方に向かって歩いて行く。

 鋭児は焔が出てくるのを待っていたが、どうやらその前に眠気に負けてしまったらしく、眠ってしまうのだった。

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