第1章 第1部 第20話

 作戦会議は、結局いつ解散を迎えたのか?というのは、正直不明なところだが、鋭児は目を覚ます。

 ビールの空き缶は、どうやら吹雪が持ち帰ってくれたらしい。毎度お世話になってしまっている。朝を迎える頃には、鋭児しかいない。いつ眠ったかも解らないが、とりあえずベッドの上で一人だということは、ちょっと寂しいようで、ちょっと安心している。

 静かな朝を迎えたような気がする鋭児が、仰向けに寝ていると、シャワーの音が聞こえてくる。いや、既に聞こえていたのだが、認識するのに少し時間がかかったのだ。

 「まさか……」

 と思った鋭児は、床を見ると例のアレが脱ぎ散らかされている。やがてシャワーの音が止まり、上機嫌な鼻歌とともに、焔がタオルで頭を拭きながらやってくる。一応バスタオルを身体に撒いているため、有りの儘の彼女を見ることはなかったが、それでも目のやり場に困る。

 「よぉ、シャワー借りたぜ」

 「はいはい……解りましたよ。つーか、脱いだもんくらい、隠すとか畳むとかしてくださいよ……」

 面食らった鋭児は、人なつっこい野良犬を敬遠するように、しっしと追い払ってみる。

 「面倒クセェ。こんなもん所詮布きれじゃねーか。男はホントつまんねぇもんで、ドギマギするよな」

 焔は、パンティを指に引っかけると、くるくると回し始める。

 「だから!!」

 と、鋭児は思わず焔が回しているパンティーを奪い取り、握り摂ってしまう。ペパーミントのストライプ柄のパンティだった。それから、慌てて突っ返す。

 「あんた、俺のこと男と思ってねーだろ。連日こんなのって……」

 「はん?楽しいだろ?毎日、こんなイイ女がお前のベッドで寝てるんだぜ?」

 何を考えているのか、焔はバスタオル姿で鋭児に迫りより、ベッドの壁際に追い込んでしまう。確かにバスタオルごしに、はっきりと見えているバストラインは魅力的だし、風呂上がりの焔は、シャンプーのいい香りをしている。といっても、それは鋭児のシャンプーである。

 焔の勝ち誇ったような顔が、鋭児の眼前に迫っているが、鋭児はどうして良いか解らない。心拍数だけが、尋常でなく早くなる。

 その時鋭児は、急に子供のような顔をして眠っている焔の顔を思い出す。自分もそうだったが、今の彼女が作っているというわけではないのだろうが、もう一つ彼女が言わない何かがそこにある気がした。

 鋭児は焔の両頬に手を伸ばして触れる。柔らかい頬だ。しかし焔は表情を崩さない。残念なのは包帯越しというところだ。

 「お前今、鼬鼠との事より、俺とのことで頭がいっぱいだろ?」

 焔の余裕の一言である。悔しいが完全にその通りで、いまその一言を言われるまで、昨晩の鼬鼠対策会議のことは、とうに忘れていた。ふと現実に戻されると、焔の両頬に触れている掌が、汗ばんでくるのが解る。

 「さて、後のお楽しみは、鼬鼠に勝ってからだ。今晩からは俺の部屋で合宿だからな。覚悟しとけよ」

 お楽しみとは意味深である。焔は鋭児と唇が触れそうな至近距離でニヤリと笑う。そして、鋭児から離れるのであった。


 

 授業が終わり夕刻になる。鋭児は焔の部屋に訪れるが、そこには、いつものメンバーが集められている。その中で吹雪だけは、少し溜息をついているようだ。

 「鋭児君以外泊まり込む必要ないと思うけど?」

 「合宿だっつーの!」

 と、別に鋭児も泊まり込む必要もないというのが、二人以外の意見だったが、言い出したら聞かない焔なので、あえて口にすることを誰もが止めた。

 ベッドの上で胡座を組み、拳でドン!と叩いて力説している。

 そんな焔は拳に皮グローブを填め、制服姿のままである。

 「出るぞ」

 と、ベッドの上に起ちあがり、ぴょんと飛び降りる。

 「出る」という言葉は理解出来なかったが、焔はベッドの横に置いていた靴を、拾い上げ、キッチンまで歩いて行きその横にある扉を開ける。一瞬勝手口を想像するが、ここは寮の最上階である。勝手口があっても、誰かが御用聞きに伺いに来るわけでもない。

 鋭児も真っ新なスニーカーを手に持っている。一応闘技用らしいが、要するに、外履きと使い分けているだけの話である。

 「っしゃ、やるぜ」

 外に出た焔は、左の掌を右の拳で叩く。そこには普段、出鱈目でいい加減で自己中心的に見える焔とは、少し違う雰囲気があった。

 寮の屋上は、コンクリートのタイルで出来ているが、あちこち傷だらけだし、新しいタイルもはめ込まれたりしている。どうやら専用の訓練場と言ったところのようだ。

 「鋭児!」

 焔に言われると鋭児は、自分の眼前に拳を出して意識を集中する。すると、そこに炎が宿るのである。炎を出すと手に痛みが走る。それは自分がまだ上手く力をコントロール出来ていないためだ。

 封術帯で、覆われているため、恐らくそれは本来彼が出せる力の数分の一にも満たない。というのは、神村の受け売りである。

 「よし!ガツンとこい!!」

 焔は自分の胸を、バン!と力強く叩く。



 鋭児は頷く。女性である焔に拳を向けるのは少し気が引けるが、初日に見た彼女の運動能力なら、今までの自分では、まるで歯が立たないだろうことは理解出来る。炎皇という存在の重みは解らないが、そう呼ばれる彼女の実力を知る良い機会だとも思った。

 「お?お前喧嘩慣れしてんなぁ!いいぞいいぞ!」

 焔は受けに回り、下がりつつも鋭児の拳や蹴りなどを、きっちりとガードしたり躱したりする。軽快なステップで、円を描いて動き、絶えず逃げ道を確保している。焔は嬉しそうだ。

 「鋭児君速い……」

 吹雪は驚いていた。晃平は息を呑んでいる。静音に関しては、今の鋭児がとても、鼬鼠に切り刻まれたときと同一人物には思えなかった。

 次に鋭児が、回し蹴りをした瞬間、焔がそれに足を合わせてくる。しなやかで素早く重たい蹴りだ。ガッチリとぶつかり合った足は、譲らない。譲らないなら引けばいい。焔はすぐに足を引き、素早くしゃがみ込むと同時に鋭児の足を払いにかかるが、鋭児も素早くその場で宙返りをして、それを避ける。

 「背中がら空き!!」

 焔は素早く間を詰め、宙返り中の鋭児の背中に掌底を打ち込む。鋭児は打ち込まれながらも、宙で体制を整えて、正面を向き直し着地する。

 正直その動きが自分で信じられない。実は宙返りの最中から、自分の動きに戸惑いを感じていたのだ。

 「迷うなって。動けるんだよ。テメェの才を信じろ。どう動きたいかだけ直感すりゃいい。実戦はこんな遅くねぇぞ!」


 焔の気合いの入った喝が飛ぶのであった。

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