第1章 第1部 第19話

 「鋭児!!」

 いつになく厳しい表情をした焔が小急ぎで鋭児達の所に駆けつける。

 「怪我はねぇのか……」

 「晃平が……怪我してる……」

 鋭児の言葉は少し詰まり気味だった。焔に何をどう説明して良いか解らなかったが、事態そのものは説明しなくてはならない。恐らく焔には怒られるだろう事は、何となく理解は出来ていた。

 「挑んだのか……」

 焔は少々驚いていた。彼女は晃平のことは知らなかったが、そんな無茶が信じがたい。ましてや相手は、好戦的な鼬鼠である。

 「なんか腹立つだろ?みんなビビってると思ってやがるからさ……それに、ホラ約束通り、吹雪さんも駆けつけてくれたし」

 晃平は鋭児に肩を借りながらヘラヘラと笑いつつ、漸く起ち上がる。彼は決闘そのものを狼煙代わりにも利用したのである。ただ、事が始まってからの狼煙など、あまり意味がない。

 「バカ!!私と鼬鼠の問題なのに!」

 静音は声を涙ぐませながら、本当に晃平の事を心配していた。

 「説明してもらえますかね」

 後からやってきた神村が、相変わらず拍子抜けしたような声で、話を纏めようとする。結局事の成り行きと、自分の暴走、鋭児の決闘の件を、晃平自身が漸く話す事となる。

 「鼬鼠なんて、放っておけばいいのに……」

 それが静音の意見だった。この学校のルールは当然把握している。決闘を申し込まなければ、傷つけられる事もないのだ。

 「スイッチ入っちゃったんだね。火の属性を持ってる能力者ってのは、突っ走る傾向にあるからね」

 と、ちらりと焔の方を見る神村だった。

 「んだよ……その、0点見るような顔はよぉ」

 焔は相当な不満顔をしている。

 「で、鋭児、どうするんだ?」

 焔は話の本題に入る。決まってしまった事は仕方がないのだ。喚いても収拾がつくわけではない。もちろん勝てる見込みなどないというのが、だいたいの見解だが、焔も全く可能性がないとは思っていない。鋭児の両手に封術帯が撒かれていることから、彼の力は押さえなければならないものだということと、制御しきれない可能性があるということが解る。簡潔に言い換えると、外部から制御する必要のある大きな力を持っていると言うことになる。それに鋭児は焔のカードを読み取った。カードを読み取ると言うことは、資質としては既に同等に近いものを持っているということになる。其れが期待度と可能性といえるのだが、後は時間の問題だ。

 「やるしかねぇんだ。やるよ」

 鋭児は怖じ気づいてはいない。というより、あまり自分を大切にするという姿が感じられない。

 「鋭児、まず作戦会議だ。いいな……」

 作戦とは、焔らしからぬ言葉だった。彼女たちにも午後の授業がある。晃平は神村に連れて行かれ、治癒を受けることとなる。鋭児は神村について行かざるを得ない。

 心細くなった静音は自然と吹雪の横に立つこととなる。

 

 そして放課後……。

 「だから、なんで俺の部屋なんですか!」

 怒り心頭な鋭児も床に座り、いつも巻き込まれる吹雪と、責任を感じている静音も床。そして、あちこちに包帯や絆創膏だらけの晃平も床。そして焔は一人上段。つまりベッドの上で胡座を組んで、腕組みをし、嘘くさい真面目な顔をしている。

 「はぁ?ここには、支援物資も山ほどあるし、オメェの公式初戦だろ!?」

 焔は、バンバンとベッドを叩く。ただ、アピールしたいのは、ベッドの下の、未成年に相応しくない飲料水であり、要するにそれが目当てなのだろう。

 「てか、なんか増えてるぞ……」

 鋭児はベッドの下にぎっしりと詰められた、その飲料水を見て、半分キレかかる。

 「実戦の方は、俺がたっぷり付き合ってやるよ。お前はその晃平ファイルとかいうのを、熟読な!静音と吹雪は、夜食班な!今日は必勝祈願だ!」

 「アンタただ呑みたいだけだろ!!」

 鋭児のそれは、もはやキレるとかという次元ではなく、悲痛な心の叫びにも聞こえた。尤も酒宴となれば、一番呑むのは焔と鋭児の二名である。

 晃平は、それを見てケタケタと笑い始める。

 「なんだ。俺、鋭児を最初に見たとき、なんか全然気力がなかったから、心配だったんだけど、お前そんな顔出来るじゃん」

 一番の怪我をしている晃平が、誰よりも元気よく笑う。

 「したくて、してんじゃねぇよ!だいたいこんな大量のビールとか、どっから仕入れてくるんだよ!」

 「二年になったら、俺たちも仕事があるんだぜ。何せ能力者だしな。ま、その話は、鼬鼠との決着がついてから、じっくり教えてやるよ。とりあえず、鋭児が勝てるか勝てないかで、色々今後大変だし。まぁ……俺が粋がって先走ったツケを回すような感じだけど、鋭児には一度そういうシチュエーションも見せておきたくってさ。今ならここを出て行こうと思えば、出て行けるだろうし……」

 晃平も焔と同じようなことを言う。確かに無ければ無い。知らなければ知らないでよい世界なのかもしれない。此処にいる連中はそれを僅かでも、感じているようだ。

 「ねぇよ。ぞれで全部忘れて、俺だけ笑うなんて、有り得ネェ……」

 鋭児の言葉は覇気がなかったが、そこには迷いなどは、全く感じられなかった。そう言う決断を見ると、焔は妙に嬉しくなり、ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら、鋭児を見る。

 「食料班、飲み水確保だ!」

 と、焔は冷蔵庫を指すのだが……。

 「ちょ……と、なんか冷蔵庫変わってねぇすか……、確か俺のはちっさい2ドアの……」

 小さなキッチンの横に冷蔵庫が置かれている位置には、一人用の小さな冷蔵庫ではなく、家庭用の大きな冷蔵庫が、無理矢理に近い感じでどうにか収められている。

 「んだよ。普通、昼の授業前とか気がつくだろ?」

 「アンタの仕業かよ!」

 「昨日みたいに、温くて不味いビールなんて、有り得るか!!」

 ベッドの上に陣取り、ドンドンと叩き力説している焔は、まるで牢名主のようだ。

 「ウルセェから、出入り許可したけどよ!何でもアリか!」

 焔と鋭児は顔がぶつかりそうなほど至近距離で、怒鳴り散らしあっている。冷蔵庫は鋭児が知らない間に、焔が何らかの手段を使って、入れ替えていたららしい。

 食料班とは、つまり静音の事で、賑やかな二人を背中に、呆れながら酒宴の支度をする。冷蔵庫には、びっしりと、ビールと肉が入っている。ついでにホットプレートは冷蔵庫の上に置かれている。

 「うは……鋭児ひょっとして始業式から、ずっとこの状況?」

 流石に高校生で酒宴は拙いだろうと、晃平は周囲を伺っている。

 昼の貯水タンクの件は、決闘時の破損としておいて、晃平は停学を食らうことはなかったが、こちらは言い訳しようがないほど、問題行為だ。

 「お、静音お前、エプロン似合うな。絶対100点満点の嫁になるぜ!」

 「焔は多分0点かも……」

 「ウルセェなぁ吹雪。どうせテメェも食って呑んで、脱ぎ散らかすんだろ?」

 「脱ぎ散らかさない!焔と一緒にしないで!」

 吹雪が脱ぎ散らかす場面を想像した男二人は、少し顔を赤らめる。その期待には応じられないと言いたげに、吹雪は、鋭児と晃平を冷たい視線で睨む。

 とりあえず酒宴だが、晃平ノートは開かれる。基本的な事柄がきっちりと纏められているそのノートは、初心者にとっては、可成りわかりやすい図解だ。

 しかし、本来彼らは、既に中学卒業までに行ってきている事柄なので、現在そのノートに書かれている事柄は、利用価値が殆どない。しかし、F4という、炎の属性で尤も低い位置にあるクラスの連中にとっては、晃平のそういう部分はやはり必要なのだろう。

 「鋭児、カード……」

 焔は何を思ったのか、鋭児のカードを要求する。

 鋭児は、壁に掛けてある制服の胸ポケットからカードを取り出し焔に渡すと、焔はそれを額に当てて読み取る。

 「なるほど……ねぇ。こりゃ、神村がビビルのもなんか、解るな」

 「どれどれ?」

 こういう時に、子供っぽい好奇心を見せるのは、吹雪である。焔についつい乗せられてしまうのは、そう言う部分が有るからだろう。きっちりとビールを飲みながら、鋭児のカードを額に当てる。

 「すっごい……鋭児君のってすっごい……」

 そのニュアンスが妙に隠微な雰囲気が出ているのは、吹雪には全く自覚がない。ほろ酔い加減で、目元が色っぽくなっているため、男子は余計な想像をしてしまいがちである。

 「晃平、静音。お前らそのうち、コイツのカード見れなくなるだろうから、今のウチに見といた方が特だぞ」

 晃平と、静音は、焔に言われるがまま、鋭児のカードを額に当てる。

 「そうか、潜在能力値だけだから今は覗けるけど、鋭児が実戦重ねると、覇気に当てられちゃうもんな……」

 晃平は少し寂しそうな表情をする。

 「んな顔するなよ。神村がお前見て、目を輝かせてたぜ」

 「はは。あの保健の先生ね……」

 人を肯定する焔の笑顔は先に希望があるような気にさせてくれる。こういう明るさは、焔が持つ一種独特の雰囲気ともいえる。

 「ま、この基本値をどれだけコイツが活かせるかっつーのは、センスの問題だけどよ。たった二日のウチに、鼬鼠とのハンディは、埋められねぇ。そこで!作戦会議だ!」

 と、珍しく筋の通った話の流れを持ち出す焔だった。彼女は彼女で、彼女なりに真剣らしい。とどのつまり、使える手段は全部用いてしまおうと、そう言う事である。

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