第1章 第1部 第18話

 「幾つ隠し球を持ってるかはしらねぇが、多面能力者っつーのは、不純なんだよ。どれだけ足掻いても身体の中で、足の引っ張り合いをしやがるから、戦闘向きじゃねぇんだ。テメェは運良く組み合わせが良いみたいだが……」

 鼬鼠は大凡、晃平の力を見切ったようだった。此ばかりは戦っている者同士でしか、解らない感覚だろう。

 「多分俺停学だわ」

 晃平は振り返り、鋭児に向かってニコリと微笑む。彼はまだ何かを企んでいるようだ。

 その間に、鼬鼠は固められていた足下を、拳に込めた風の力で破壊をする。その音を聞くと同時に、晃平は、屋上出入り口の上にある給水塔の横に立ち、そこに手を当てた。

 「おいおいおい……水蒸気爆発でも起こさせる気か?」

 鼬鼠はひやりとした表情を見せながらも、不気味に笑う。性格からも何となく理解出来そうなものだが、鼬鼠は、可成り好戦的であるようだ。同時に慎重な性格で、なかなか晃平との間合いを詰めない。多面能力者は、一つの力に秀でない代わりに、複数の力を組み合わせて、時には純能力者の力を上回る事がある。

 鼬鼠は素早く腕を振り上げ、給水塔を切り裂き、そこから水を抜くのだった。タンクの圧を抜いてしまえば、爆発などあり得ない。晃平の攻撃を封じたと確信した瞬間でもあった。

 勢いよく飛び出した水は、晃平以外の全員に襲いかかり、彼らをずぶ濡れにしてしまう。

 鋭児は静音を守るが、鼬鼠は一人でその場にしっかりと足をつけたまま、微動だにしない。その方が、ヘタに動くより、視覚でも聴覚でも確かな距離感を掴める。動かないことが、一番正しいと知っているのだ。その瞬間晃平は、屋上に降り立つと同時に、水浸しになった床に手をつけ、それと同時に、水をを鼬鼠に向かって引っかける。

 だが、ただ引っかけたわけではないのだ。飛ばされた水飛沫は、鋭利な刃物のように尖り、鼬鼠に襲いかかるのだった。完全に不意を突かれた鼬鼠は、思わず両腕で顔面の防御に入る。

 「もらい!!」

 晃平は空刻をする。大気中に素早く六芒星を刻み、ぐるりとその周囲に円を書き込み、両掌をそこに向け、六芒星を鼬鼠の腹部に向かって押し当てたのだ。風の力で印を刻み炎の力で、攻撃を仕掛けるという具合である。ただし、その炎は少し黒みを帯びた不気味な炎だった。ただの炎ではないようだ。

 鼬鼠は踏ん張るが大きく後ろに滑る。瞬時に自分の身体の正面に、六芒星を描き、大ダメージは防いだようだった。刻印の早さでは、風が尤も優れているのだ。

 晃平の技は炎使いの真骨頂でもあった。瞬発力と瞬間に燃え上がる最大火力を生かした一撃は、鼬鼠でもダメージの相殺をすることは、無理な様子だった。さらに晃平は、鼬鼠の動きが硬直している間に、右足で地面に五芒星を書き込む。それは蹴刻と呼ばれる印の結びで、晃平が足を振り上げると、そこから火球が飛び上がり、彼はそれを蹴り飛ばす。

 「調子づくんじゃねぇよ!三下!!!」

 踏みとどまった鼬鼠が、防御から、大きく両手両腕を開き、二つの六芒星を同時に掌に書き出す。いや、二つではない、鼬鼠の足の裏にももう二つ印が浮かんでいる。

 風使いが得意とする、大気そのものを使っての刻印だ。あまり大きくはないが、複数に同時の刻印を結ぶ事が出来る。

 鼬鼠は低い姿勢で、宙を自在に飛び、駆け巡り、あっという間に晃平との間合いを詰めて、両手をガッチリと組むと同時に、晃平の脳天を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた晃平は、二回ほど床の上を、跳ねるようにして転がり、仰向けになる。

 「っくぅ!」

 どうやら、意識はあるようだが、起き上がることは無理なようだ。

 「やってくれるよ。火、地、風、水?いや足りネェ。聖に闇……全部か!お前、全部使えるのか!大したタマだぜ。全能者スキルマスターかよ……何が最弱だ巫山戯やがって!」

 鼬鼠はそのことに、随分驚いていた。当然それが何を意味するかを知っている静音も、相当驚きを持っているようだった。状況が全く理解出来ない鋭児には、彼らの驚きが何であるのかすら解らない。尤も、正しく整理すれば解ることだったのだ。晃平と鼬鼠の基本能力差を考えると、四属性の切り返しだけでは、どうしても説明がつかない差がある。単純な足し算になるのだが、晃平のような多面能力者は、その身体の中に相反ずる属性が存在するため、純能力者に比べ、物理的な戦闘能力や呪術の基本値が、どうしても低くなりがちなのである。つまり、火と地を組み合わせて戦うのなら、もう一つ何らかの力を足すことで、そのハンディを補う事になる。

 「参った……俺の負け……ですよ、先輩、ククク……」

 鼬鼠を驚かせた。それだけでも十分価値はある。晃平は妙に勝ち誇った笑いをしていた。晴れやかとはほど遠いが、したり顔をしている。

 「聞こえねぇ。シネよ……」

 鼬鼠は、ゆっくりと足を上げ、狙いを晃平の頭に定めた。

 「まって!!次は私が勝負する!!私が勝てば、晃平君は許してあげて!」

 「はぁあ?きこえねぇ」

 鼬鼠は空々しく、空を向いて、ニヤニヤと笑う。元々晃平が勝手に挑んできた勝負だ。許す許さないの次元の話ではないのだ。尤も晃平は既に敗北宣言をしている。

 「貴方の言うことも聞くから!!」

 「っへぇ……、勝っても負けても?」

 「そうよ!」

 静音は自分が勝てるなどとは思ってもいなかった。ただどうにかして、少しでも時間を稼ぎたかった。それ以上の思いはそこにはないのだ。

 「待ってくれよ。晃平はオレのダチだ。俺がケジメつける。それじゃ……ダメか?」

 鋭児もなにを整理して発言してよいか解らなかったが、晃平が殺されていい訳がない。そして、先日のやりとりから、静音が鼬鼠に勝てるとは思えなかった。どうせ負けて殺されるならば、自分の方が良いと思ったのだ。

 「ケジメ……か。そうか、ケジメか、おもしれぇな」

 鼬鼠は何かをひらめいた顔をして、自分で納得して何度も頷いている。

 「鋭児君!」

 静音は鋭児の無謀さが信じられなかった。静音も無謀なのだが、そもそもそれは、彼を巻き込みたくなかったからだ。なのに晃平は火種を撒いてしまった。どうにかして収拾をつけたいのに、鋭児が勝負を引き継ぐ気配に、静音はもう、どうして良いか解らなくなる。

 「鼬鼠君!」

 「景品がわめくなよ。このくたばり損ないが何を考えてたのかは知らねぇが、やっとお前が俺のモノになるんだ。良いチャンスじゃねーか」

 鼬鼠は晃平を指さしながら、念願を迎えたように、スッキリとした笑みを作るが、どこか禍々しさが含まれている。

 「でも、鋭児君は!」

 「両手に封術帯巻き付けてるやつが、タダの素人とか言うなよ?それに、景品のお前とやり合って、傷物にしちまったら、元も子もねぇしよ。それに、目の前でこいつを切り刻んでやれば、お前も一生大人しくなるだろうしよ」

 鼬鼠は、鋭児がボロ布のようになった姿を想像しながら、ケタケタと軽薄で大きな笑い声を立てる。彼は全く、静音には取り合おうとせず、鋭児の方を上から見下し、余裕の笑みを浮かべている。鼬鼠の興味は完全に鋭児の方に向いている。

 「ホラ宣言しろよ。校則上、上から下への布告っつーのはよ、タブーになってっからよ」

 鼬鼠の足はまだ、晃平に向いたままだ。鋭児の返事一つで、彼は晃平の頭を踏みつぶすつもりなのである。

 「鼬鼠先輩、決闘を申し込む!」

 鋭児はカードを鼬鼠に向け、宣言する。


 しかし鋭児が、カードを呈示した瞬間――――。

 「バーカ、汗臭くて連戦とか有り得ねぇよ。金曜日の放課後、一回闘技場で、公開処刑してやんよ」

 鼬鼠は晃平の頭から足を退けて、腹が立つほど余裕の表情をして、鋭児にすら視線を向けずその横を通り過ぎて、にやけた表情のまま、屋上の出入り口に向かって歩き出す。

 漸く騒ぎに気がついて駆けつけてきた、焔と吹雪の横を通り過ぎる際、ニヤリと笑い降りてゆく。階段では、神村とすれ違うが、視線すら合わせない。

 神村は一度立ち止まるが、彼も鼬鼠に声は掛けなかった。

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