第1章 第1部 第14話
昼からの開発授業だが、外からの転入生である鋭児は、少し一般とは別メニューを行う事になる。神村は一般教師では、鋭児の力は持てあますといっていたが、これでは神村の思っている段取りとは違うのではないのか?と、鋭児は思った。
そもそも、高校での転入はレアだった。なので、特別講習を受けるのは、鋭児だけとなる。転入生の殆どが、何らかの超常現象を体感しての入学となるため、鋭児のように自覚のない生徒というのは、確かに手に余る……というか、手に負えない……というか、理解出来ない存在だろう。だったら、普通の生活をしていればいいのだから。というのが、教員達の考えだ。
「学長の推薦で、最低クラスで、能力も全く使えないとは、どういう事だ?」
開発顧問の朝倉教諭が、鋭児を目の前に悩んでいる。無精ひげで角刈りで、眉毛も太く、目が少し細い。身長は180近くある鋭児よりも高く、いかにも体育教員といった雰囲気で、ジャージをまくり上げた二の腕も太く、胸囲なども可成り逞しい。不可思議がって、神妙な顔をしてはいるが、別段悪い人間という訳でもなさそうだ。
担任の本原教諭などは、完全に鋭児達の存在を見下している。
「お前。何か格闘とかやっていたか?」
「いや、喧嘩ばっかしてました」
本当は、空手をやっていたのだが、あまり興味を持たれたい訳でもなく、鋭児は嘘でこれを流す。
「喧嘩……ねぇ」
鋭児は締まっているが、ジャージを着ていると、着やせするらしく、そうは思えないらしい。朝倉は鋭児の周りをウロウロしながら、何か決めたようにコクリと頷く。
「よし。ちょっとやってみるか」
というと、朝倉は拳を握って、身体を右半身にして、腰を落として構える。
鋭児は構えない。だが力が入るように、スタンスだけは広げた。いつでも前後に身体を動かせるように、わずかに踵に余裕を作る。
朝倉が殴りかかると同時に、鋭児は簡単にその拳を払い退け、裏拳を朝倉の眼前で止める。
「も、もう一度いいか?」
朝倉は驚いていた。鋭児の動きは速いし、正確なのだ。
「ええ、いいっすよ」
鋭児がそう言うと、朝倉の拳の周囲が、揺らめいて見え始めた。どうやら何かの力が込められているらしい。火ではないような気がした。風だ。風のゆらぎである。それが視覚でとらえることが出来るほど、エネルギーが充実している。軽く見ていた鋭児の集中力が、急に高まり始める。
朝倉はボクシングスタイルで、鋭児にジャブを繰り出す。鋭児は、来ると思っていたが、それを予想以上に難なく躱している自分がいることに気がつき驚く。そして、朝倉の両拳を潜り抜けるようにしてコンパクトに回し蹴りを決める。しかもまたもや寸止めである。
「お前……凄いな……」
「俺も、驚いてます……」
朝倉の素直な驚きに、鋭児もすんなりとそう答える。そして自分自身も驚いた。目を丸くして、夢現であるかのように、少々心此処に有らずといった表情をしている。それは、朝倉にも解った。
「全部、キャッチしてみろ」
朝倉が、地面の小石を唐突にしかもランダムに、数個放り投げると。鋭児は、朝倉と同じようにボクシングスタイルで、小石を全部掌中に握り込んでしまうのだ。
その身体の動きは、自分がイメージした動きと寸分違わないものだったのだ。鋭児自身もまだ信じられない。
「あまり、大きな声では言えないが、お前鼬鼠と決闘したとき、そんな動き出来てなかっただろう?」
「はい……」
そういえば酷い筋肉痛がなくなっている。身体がすんなり動くということもそうだったが、身体の動きを邪魔する痛みもない。今朝神村と行った、覚醒の儀式での効果が出始めたのだろうか。
「今のお前さんは、俺が風の力を手に込めたことも、放り投げた石ころの動きも、難なく捕捉した。入学したての一年が、教師の俺の顔面に寸止めだと?どこまで正確なボディーコントロールしてるんだ。俺も動いてるんだぞ?」
朝倉もまた逸材を見つけたと言い足そうな、わくわくとした表情を見せる。だが、次の瞬間すこし唾を飲んで、引き締まった表情を見せる。ここは学校でもあるが、治外法権でもある。学生は井の中の蛙であると同時に、六皇ともなれば、この小さな世界では、最強の称号を手にした者達ばかりである。
朝倉は一時の焔を想像する。
「お前、今の
と、彼は鋭児にはあまりピンとこない質問をする。
「
「『日向 焔(ひむかい ほむら)』だ」
「ああ、焔先輩っすか、まだ四日目なんで……でも、いい人そうですね。少し横暴っぽいけど」
鋭児の喋りかたは、どことなく気だるさを感じさせて、あまり陽気な雰囲気ではないのだ。会話をするときは、必ず、どこか遠くを眺めて、あまり視線を合わせない。
「そうか……」
「なんか問題あるんすか?」
「ああ、いや……まぁ日向はいいんだが……な」
明らかに言葉を濁す朝倉教諭だったが、彼そのものは、あまり嘘をつけない人格のようで、焔に対して……というより、そうではない生徒との接触に何か問題を感じているようだ。教師という立場上、あまり生徒に対する差別意識を植え付けることは、良くないということを踏まえ、彼なりに慎重に発言をしたつもりだったのだろう。
確かに鼬鼠のような学生が平然とまかり通っているこの学校は異常だ。
「朝倉先生~」
と、頼りなく慌てた声でやってきたのは神村である。相変わらずゴムのサンダルで、べたべたと緊張感なく、走り回っている。
「神村先生……」
「良かった。まだ、力を引き摺り出す強制プログラムは行ってないですね?」
「いや、今から行おうと思ったんだが、なんだ?お前怪我が治ってないのか?」
と、朝倉教諭は、あれだけの動きを見せた鋭児に対して、妙な心配をし始める。
「良かった。いやぁそうではなくてですね。彼、暫く私に預けて頂けませんかね?」
「保健の先生がですか?越権行為でしょう?」
自分の分野に他の分野の教師に割り込まれては、面子が潰れてしまう。
「知りませんよ?彼焼け死んじゃいますよ?この年齢で力を引き出したことがない生徒が、急に力なんて使っちゃうと……。アナタ、彼の親御さんに、なんて説明するんですか?」
神村は青白くて細身だというのに、手をぶらぶらとさせて、幽霊の真似事などするものだから、似合っているというか似合いすぎているというか、そこには一つのリアリティを感じてしまう。
「学長には、報告いれてありますが……」
白衣の神村が手をブラブラとしたまま、恨めしそうな表情で、朝倉を下から力なく見つめあげている。
「わ……解りましたよ……、おい、黒野しっかりやれよ」
と、朝倉は、神村を気味悪がって背中を向け、少し怒り気味に足を踏みならして、行ってしまうのだった。
朝倉が去った後、鋭児は神村に連れられて、再び教室の方へと向かい、歩き始める。
「俺、親なんて居ませんよ」
自分の家族構成も知らないくせにと鋭児は思いながら、冷淡な声で、ただ目的地の方向だけを向いて、神村に対してそう言うのだった。
「聞いてますよ」
「俺、焼け死ぬんですか?」
神村のタヌキぶりに、鋭児はもう一つ神村の言動について気になったことを、率直に聞いてみる。
「ウソです」
だそうだ。神村は簡単にそう言って、それが朝倉に対しての脅かしである事を認める。彼に責任放棄をさせたのである。
「……」
「ですが、喩えるとアナタは旧校舎の使われいない水道の蛇口みたいに、危ういんですよ」
蛇口では、焼け死ぬのではなく、水浸しになるのではないかという、ツッコミを入れたくなる所だった。しかし飄々とした部分は相変わらずのようだが、巫山戯たような中に、妙なシリアスが入っており、少しタイミングを失った感じがした。
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