第1章 第1部 第11話

 先日の鋭児の怪我は、全て承諾の上であると見なされる。

 「君はそれを選択肢に加えるんだね。なるほど……、二日で人間随分変わるものだな……、ま、焔クンも随分、昔とは変わったし……、人には出会うべくして出会う人がいるってことかな……」

 神村はブツブツと言い出して、ウロウロとし始める。尤も神村の言っている『死』というものは、そんな小さな分岐点にだけ、拘ったものではない。しかし、鋭児が退くという選択肢を口にした事に関しては、一定の評価を下した。

 「じゃ、そこの陣の真ん中に立って。それでも君には、まだまだハンディがあるとは思うけど……、君の能力を覚醒させますか……ね」

 神村は、しばらくの間、自分を納得させるかのように、うんうんと頷くのであった。

 「吹雪くーん。入っていいよ」

 何とも気の抜けた神村の声だ。

 「はい……」

 普段通りなのだろう、オットリとしているわけではなかったが、それでも柔和な返事をして、吹雪が入ってくる。まさか吹雪が外で待っているとは思わなかった。

 「こういう時はね。相対する術者が居ないと、相殺出来ないからね。幸い吹雪君は、焔クンの理解者だし、話も早かった。普通は教員でどうにかするもんなんだけど……。急だし規定外だしね。君の担任は、君の経緯しってるのかな?」

 「さぁ。ただ、始業式の時に、F4はクズだって言いやがったから、釣り上げてやりましたよ。んで、クズである理由を説明されて、俺が学長の推薦人だって知って。急に黙り込んで……」

 「んー……まぁ……何を考えてるか解らないけど、今の君の選択肢をみて、何となくは解った気がするかな。時間がないから、そろそろいくよ」

 神村が床に描かれてある魔法円に手を当てると、それが白く輝き出し、次に様々な色に変わり出す。まるでオーロラか虹かのように、美しい光が浮かび上がり、次の瞬間、電撃のように鋭児を襲い、彼自身も激痛に見舞われ、体中の筋肉が言うことをきかなくなる。

 すると今度は吹雪が、魔法円に手をつく。

 「重たい!……」

 吹雪が手をついた瞬間そんなことを言う。だが、鋭児は体中の筋肉が引き裂かれそうで、吹雪に気遣っている暇などない。

 「重たいね。なるほどね……、これ焔クンに匹敵するね。コントロールナシに成長してる分、こっちの方が質が悪いね」

 神村もひやひやとした表情を浮かべるが、鋭児は失神寸前で、すでに四つん這いになって、呼吸を乱している。

 そして次の瞬間、鋭児の身体は、まるで湯だったように、蒸気を発し、汗が噴き出し始める。

 「はぁはぁ……」

 鋭児はどうにか気を失わずに済んだようだが、歩けるような状態ではない。しばしの休憩が必要のようだ。

 「まいった……、いや、コレ、教員方になんて報告しようかな……」

 神村も息を切らせている。

 「鋭児君……君、逸材かも……」

 吹雪も随分息を切らせている。そしてそんな一言を言った。彼女自身かなりの驚きのようだ。

 「君の補修プログラムは、ひょっとしたら先生方じゃ、手に負えないかもしれないな。放課後また寄ってくれるかな?」

 神村は少し顎に手をあてて、ウロウロとしながら、自分が取るべき段取りを考えた。

 「はい……」

 返事をした鋭児だったが、彼自身自分に何が起こったのか、全く理解していなかった。体中の筋肉が悲鳴を上げている。しかし、これから授業が始まるため、あまり一休みもしていられない。

 鋭児はゆっくりと立ち上がる。傍目から見ても、彼にかなりのダメージがあるのは、明らかだった。

 「ああ、一限休めば?」

 神村は、彼の見た目からは考えられないほど、授業という物を軽視した発言をする。いや、言動そのものは、最初からなんとなく、学校という空間から、ずれた思考をしているような気がする。

 「初日から、サボタージュっすか。ま、初日から、喧嘩する奴が言うのもなんスけどね……」

 「以外と、律儀っていうか……、うん。君変な子だね……」

 神村は妙な関心をしながら、コクコクと頷く。

 実は鋭児自身も、自分がどうしたいのかなど、よく解っていないのだろう。捨て鉢な所もあるし、気に入らない事があれば、ぶつかるし、それ以外のことは、どうなのだろうか?あえて逆らう必要も無いといった所か。勉学に打ち込むという訳ではない。

 鋭児が教室に戻ると、またそれで、彼は注目の的だった。一つは、鼬鼠との騒動、もう一つは焔が彼の部屋で一晩過ごしたということだ。

 仮にも炎皇と呼ばれる彼女が、一年の部屋に一晩籠もりきりとは穏やかではない。お気楽な連中は、鋭児との距離感も考えずに、そのことを根掘り葉掘りと聞いてくる。それは男女問わずという感じだ。

 「ちょっと待ってくれ!マジ……なんもネェから。まぁ吹雪さんのとこの人を助けたって、ちょっと騒いだだけだから……」

 焔と吹雪が親友であることは、ある程度周知の事実である。とにかく二人は放課後、よく決闘しているため、噂が流れやすいのだ。それに二人はその年齢ですでに六皇と呼ばれる立場にいる。

 六皇として頭角を現すのは、殆どが高校三年生の夏場くらいであり、大学時に上り詰める。それだけ焔と吹雪は飛び抜けて強いと言うことである。

 「もうすぐ授業だ!座れよー!」

 と、注意を促したのは、このクラスの筆頭を担う、厚木晃平あつぎこうへいという奴である。このクラスに在籍していると言うことは、能力的に優れているとはいえないのだろうが、彼が声を掛けると、割とみんな静かに席に着き始める。

 彼は典型的な秀才タイプに見える。髪型もメガネも何となく神村を二回りくらい若くしたような男子で、同じように体格にも身長にも恵まれているタイプではなさそうだ。ただ一人で何か怪しい研究をしていそうな神村に対して、彼には、全体的な空気を纏めるような雰囲気がある。普通の高校生といった雰囲気だ。いや、学級委員長という雰囲気がある。

 他のクラスを見学したわけではないが、このクラスには、彼を中心とした一体感がある。しかもそれは、高い結束力という力強いものではなく、雰囲気的にも明るく纏まっている。

 よく言えば、フンワリした空気といえるだろうし、悪く言えば指向性に欠けるといえる。

 こういう雰囲気は鋭児自身、ここ数年感じた事のない雰囲気だった。

 それは、鋭児に対しての先入観が、このクラスになかったためだろう。特に中学時代は、その額の傷の事もあり、妙な色眼鏡で見られたり、からかわれたりすることで、すぐにクラスメイトと衝突していたため、周りがピリピリとしていたものだった。

 鋭児は特に彼らに対して興味を持っているわけではない。周りはどうかは解らないが、おそらくあまり興味を持たれすぎると、自ら彼らを嫌うサインを出し始めるのは、自分でも解っていた。

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