第1章 第1部 第10話
鋭児は、焔に蹴飛ばされ、仰け反るようにして、ベッドの上から、その下にいる吹雪の上に落ちる。
「いったぁい……」
まず吹雪が不機嫌に目を覚まし、軽く頭を持ち上げて、自分の胸の上に何が落ちてきたのかを確認する。ちょうど、そこには自分のバストをクッションにした、鋭児の頭があった。
「ん~~……、なぁにぃ?」
吹雪は騒がなかった。状況からして、ベッドから落ちて、鋭児がそのこと自体に全く悪気がなかったことに、気がついたからだ。
「ッテテテ……、なんか蹴飛ばされた……」
「えぇ?」
なににどうされたのか?と、吹雪はキレイな銀髪をボサボサにしながら、顰めっ面をしつつ、左を向いて、静音を確認し、右を向いて、ベッドからはみ出ている、行儀の悪い足を見つける。
「焔……、あの子仰向けにねると、寝相悪いのよね……」
俯せだとそうではないような言い回しだった。
「鋭児君……」
吹雪の表情は明らかに頭痛に対する反応から来ているものだった。要するに二日酔いである。吹雪は怒らなかったが、いつまでも役得なのは、どうしたものか?ということを、鋭児に促していた。
「ああ……すんません……」
頭が重い、それは鋭児も同じだった。吹雪の感触もなかなかのものだったが、そう言う色気のある反応を見せる余裕もなかった。
「ん~、六時……か。ゴミ片付けよっか……、バレると、流石にヤバイし……」
鋭児という障害物が無くなった吹雪は、髪の毛がどれだけボサボサになっているの確認しつつ、起き上がりながらそう言った。
「そっ……すね……」
鋭児も頭を押さえながら、とりあえず周囲の状況を確かめるのだった。
吹雪は、だらしなく四つん這いになりながら、ビールの空き缶を集め始める。鋭児は、蹌踉けながら立ち上がり、ゴミ袋やらを用意し、それらを纏め始める。
「焔のバカ、バカ!」
と、後先考えない焔に対して、ブツブツと文句を言う吹雪だった。鋭児には、なんだかそれがおかしかった。金曜日に起きた鼬鼠のことなど、すっかり忘れてしまいそうだった。
「なんか、子供みたいな人っすね。焔先輩って……、ちょっと無茶苦茶だけど」
鋭児は、クスクスと夕べの騒ぎっぷりを思い出した。焔はすぐに武勇伝を語りたがるし、吹雪はすぐにそれにツッコミを入れて、焔がすぐにムキになるという、パターンだった。
「そうね。鋭児君も焔に匹敵するくらいの、無茶飲みしてたけど」
「ああ……まぁね」
鋭児は吊られて鯨飲していた事を思い出し、少しばかりの反省をする。だが、その割にはすっきりした顔をしているのだった。
「焔はね。ああ見えても、高等部上がるまで、すごかったんだ。だから、鼬鼠に向かって、無茶をした君をみて、放っておけないって思ったんだと思う。まぁ……先代の炎皇がね。焔の憤りを全部吸い取ってくれたっていうか……ね。だから今は凄く、キラキラしてるんだけど……ね。その分前より、バトルバカになっちゃったけど」
空き缶を集め終えた鋭児は、吹雪に連れられて、学園内の塀の側までやってくる。
「私と焔は、立場上、割と自由出に入り出来るけど、外出許可証も取っていない君はここまでね。私は証拠隠滅してくるわ」
吹雪は、壁の外に向かって空き缶の詰められたビニール袋を一端担いで、上に放り投げた。塀の外から派手な音がする。その音の方がよほど危険な気がする鋭児だったが、吹雪は全く動じていない。
「先代の炎皇って……死んだんだよな?」
鋭児は、吹雪が小走りに去ってから、そう呟いたのだった。
月曜日になる。この日から授業は通常のカリキュラムになるが、鋭児だけは、授業前に神村の元に呼び出されていた。神村がいうには、鋭児がこの学園について、あまりになにも知らなさすぎることが気になったからだという。もちろんそういう情報は、焔から知らされたものなのだろう。
「学長が何を考えているか、僕には解らないけど、入学前の適正すら受けてないっていうのが、僕には信じられないね。このままだと、君は何の能力開発もされないまま、学期末を迎える事になっちゃうからね。正直あり得ないよ。で、焔クンにも聞かれたとおもうけど、今ならこの学園のことを忘れて、外にあるウチの系列の一般校に入学しなおす事もできるんだけど……」
「それって……、忘れたふりして、自分だけ、安全に生きていけるつもりでいるだけ、だよな?」
「んー……まぁそう言う言い方も出来なくはないけど……、能力を覚醒させるってことは、君が一般と隔絶した世界に飛び込むって意味でもあるからね。だから学長の考えが見えなくてね……」
神村は少し黙り込んだ。
「…………普通は、何らかの超常現象を引きずって、この学園に来ることが多いんだ。当然君みたいに、潜在能力に気がつかず、普通に生きてゆくこともあるし、大抵そう言う人は、一生普通に生きてゆくんだけど、なんで学長は、君をここに入学させたのか?ってね。焔クンは、君が学長を助けたとかなんとか……、だったら別に関連の普通校でも良かったわけだしね。解らないなぁ」
神村は相当真剣に考え込んでいる。一人の人間の人生の分岐路を自分が握っている。彼にはその自覚があるのだろう。それは安易ではないのだ。しかし神村がどの選択肢を取ろうとも、それを選び取るのは鋭児なのだ。神村がイエスといっても鋭児がノート言えばいいし、その逆もしかりである。
今は神村がノーで、鋭児がイエスだ。
「それって、焔先輩と昨日焼き肉食ったことも、全部無かった事になるん……すよね」
「…………嫌かい?その小さな思い出に拘る事で、君は明日、死んでるかもしれないんだよ?」
神村は、業と鼬鼠との事件を思い出させるような事を言うのだった。
「飲んでた時に焔先輩が言ってた。不戦敗宣言って、ルールがあるって」
鋭児は、一つ覚えたことを口にしてみる。
「ほほう?」
不戦敗宣言というルールは、決闘の際、どうしても決闘時に名乗らなければならない時に、不戦敗宣言をするのだ。カードを出さないという手もあるが、それは勝負保留であり、決闘を申し続けられる可能性がある。
一つの防衛手段である。
不戦敗を宣言するということは、記録的に不利に思われるがそうではなく、何度も同じ相手に不戦敗を宣言させるということは、勝負を避けたがっている相手に対して何度も挑んでいると思われるのだ。
もちろん、どのレベルの相手に不戦敗を受けたかによるが、鼬鼠と鋭児では明らかに格が違う。逆に勝負を受けるということは、それを許す。つまりは全て自己責任の上に成り立った行為といえるのだ。
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