第1章 第1部 第4話

 焔の言う神村とはこの学園に常駐する保険医の一人で、主に高等部を中心にその職務を担っている。この学園では互いが了承すれば決闘が行えるという、およそ学業を全うすることが責務とされる学生にとって、非常識な校則が設けられているため、保険医の人数は通常の学校と比べ、かなり多く在任している事となるが、それぞれ担当がいたり、相性の良い校医がいたりする。一学年につき、一部屋の保健室が存在し、そこには一人の主治医と、三人のスタッフが待機している。そして非常勤もしくは緊急用の医療部隊も存在している。

 保健室前に到着した焔は、足で扉をスライドさせ、最後は乱暴に蹴りあけるという、仮にも上品とはいえない入り方をする。

 「神村ぁ~」

 声に張りはあるが緊迫感がない。

 「んー?おや、焔クン、またバトル?」

 「ちげーよ。一年坊が二年の鼬鼠に喧嘩売ったんだよ」

 神村は細い男で、体力的にあまりゆとりのありそうなタイプには見えなかった。どちらかというと、いつ病気をしてもおかしくなさそうなほど、ホッソリとしている。メガネは銀縁で真四角に近く、少しレンズの重そうなものを掛けている。頭も七三分けでキッチリしているし、ある意味では白衣が似合うといえないでもない。ズボンはあまりセンスがあるとはいえず、檜皮色の年寄り臭いものを穿いているし、ゴムサンダルの色などはダークネイビーである。それでも年齢は三〇才手前と、少々若さが残っている雰囲気はする。

 「あらら。酷いね。応急処置は吹雪ちゃん?」

 メガネの上で眉毛をぴょこぴょことさせながら、少し虚ろになりながらも、神村を認識しようとしている鋭児を見ている。

 「陣の上に寝かせて。万能タイプの僕といえど……どこまで治療できるかな。しかし、鼬鼠君も加減ないねぇ、優秀な子なんだけど……」

 「いいから、入学早々俺の傘下から欠員一なんて、縁起でもねぇよ」

 焔はすっとぼけているような表情をしているが、言葉遣いは荒っぽい。だが、鋭児を乱暴に扱うことはなく、六芒星の描かれている陣の上に寝かせる。

 「焔ちゃんそっち立って。力借りるよ」

 「あいよ」

 神村は鋭児の足下に、焔は鋭児の頭の上に立つ。見上げる鋭児の視線には、焔のサービスショットがばっちり目に入った。

 「ストライプ……」

 あまり軽そうなキャラクターではない鋭児だが、そう言う部分はしっかりと男子をしている。

 「はは……、彼大丈夫そうだね」

 「こんなんで元気になるとか、男は単純だな……」

 焔は全くそれを隠そうとはしなかった。鈍い女というか、気にしない女というか、堂々とした女というか、大ざっぱな所が多い女であることは、確かだった。鋭児は目の保養をした時点で気を失ってしまうのだった。


 次に鋭児が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。

 何とも言えない心地よい温もりが直に伝わってくる。厳密に言えば、それが原因で目を覚ましたのだが、何とも言えない質量のある柔らかみで、それは明らかにベッドの高級感からのみ承ったものではない。間違い無く人肌の温もりと重みがある。

 「う……ん」

 眠くけだるそうな女性の声、夢と現を少々行き来しているようで、鋭児の腕の中に頭をすり寄せては、収まりの良いポジションを探している。

 何を隠そう、それは自分と鼬鼠の喧嘩に割って入った、日向焔その人である。

 「…………!!」

 ある意味、体中の傷口から血液が噴き出してしまいそうなほど、心臓が強く激しく脈打った。叫んでしまいそうだったが、それすらままならないほど気持ちがパニックに陥っていた。

 おそらく理解できる限り、下着姿に等しいと思われるほどはっきりとした肉感が得られる彼女が居る。別に疚しい訳ではない。ただ、いきなりその状況であることが理解できなかった。脈絡が理解できない。

 「な……なん……で」

 誰かに見られてはまずい。無意味な負い目だけを感じる。しかも、この部屋は自分の部屋ではない。一人で生活をするには、必要以上な広さを持ったゴージャスな部屋た。

 「おう……目、覚ましやがったな?」

 寝ぼけ半分の焔が、抱きついた姿勢のまま目を擦り、ヘラヘラとしながら鋭児を見る。

 「ここは……なんで、アンタが!」

 「はん?ここは俺の部屋だし、俺のベッドだから、俺がいるのは当然だろ?」

 「じゃぁ、何で俺が……ここに……」

 「お前の部屋入れないだろ?ロック掛かってるだろうし」

 「いや……だけど……」

 「あー、グダグダウルセェ。土曜日なんだ、ゆっくりさせろよ……ったく。オタオタみっともねぇ」

 焔はよほどベッドの中の寝心地が気に入っているのか、そのまま絡みついて離れようともせず、構わずに再び寝てしまおうとうする。

 「普通、ビックリするだろ……」

 といいつつ、よく声を押し殺せたものだと、鋭児自身その奇跡に驚いている。しかし上がりきった心拍数は、どうしようも無い。

 「神村より、俺の方が相性がいいんだよ。俺とお前、属性一緒だしな。波長も近いってよ。それにお前、俺じゃ不服か?男がいいのか?」

 不服というより、寧ろ嬉しすぎる状況である。しかしその流れに脈絡がなさ過ぎると、何かしら理由を求めたくなるものだ。 

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