第1章 第1部 第3話
「あれぇ。お前らこんなとこでなにしてんの?」
そのとき、少々緊迫感にかけた、ボーイッシュで活発そうな女の声が聞こえる。そして足音は、彼女のものだけではなかった。
「赤い制服。またF組……て、炎皇の……それに……」
鼬鼠が見つめたのは、真紅の頭髪をフワリとさせたショートカットに、ハッキリと大きな目と眉毛がすこし惚けている眉毛をした、大胆におへそを出している淡い褐色の肌をした女子だった。
身長は百七十手前で、割とグラマーで、引き締まったウェストをしており、短いスカートから健康的で魅力的な足を見せている。声に負けず活動的な服装の人だった。
「彼女、I(アイ)組の生徒ですね。W組のアナタに何か致しましたでしょうか?」
後ろから声を発したのは、囲まれていた女子と同じ制服を来ており、雪女を連想させるほど、ホッソリとした美女で、美しく切れ長の目に、細い輪郭をしており、青みがかったストレートの銀髪をしている。とても神秘的で落ち着いた雰囲気を持った人だった。
彼女は、炎皇と呼ばれたその彼女より、若干背が高い。
炎皇と呼ばれる彼女は、鋭児の横に立つと、腹部を押さえながら鼬鼠に睨みを利かせて、それでもまだ立ち上がろうとしている、彼の理由をすぐに悟った。
「なぁ吹雪、この喧嘩俺が買っていいよな?どう見ても、弱い者虐め真っ最中て感じだ」
炎皇と呼ばれる彼女は、惚けた眉毛をキリッとさせ、静かに鼬鼠を睨む。
「ん……
吹雪は、唇に人差し指をあてがいながら、冷静に鋭児の状況を判断する。驚きも何もしない部分に相当な肝の据わり方を感じる。ただ出始めと違い、仕草に少し剽軽さを見せる。
「吹雪、止血……してやってくれ」
「ホント戦闘馬鹿……」
吹雪は、一切鼬鼠から視線を切ろうとしない焔に対して、ズケズケと彼女の欠点を指摘しながら、ひんやりとした指先を、鋭児の肩に置く。
「傷口が冷えるけど我慢してね」
それから血まみれになっている鋭児の腹部に手を近づけ、鋭児の腹部を氷結させる。
「俺の……喧嘩だ……」
鋭児が、我を張った瞬間だった。
「ふざけんな!テメェ、20点だ!」
焔の脈絡のなさそうなその言動に、一瞬全員、彼女の言いたい意味がよくわからず、状況を忘れて、目が点になる。
「おバカな焔は、正面から喧嘩売るだけが、全部じゃないって言いたいのよ」
美しい吹雪がひそひそと鋭児の耳元で、焔の自尊心を傷つけないように、こっそりと教えてくれた。鋭児は焔を見上げた。何とも存在感のある人だ。そして何とも存在感のある…………下着だった。
「あら……脈拍が……」
吹雪は、鋭児の異常に、別の原因があるのではと思ったが、すぐに鋭児の視線の先に、焔の下着がちらついていることに気がつく。
「…………」
吹雪は言葉にならないほど、一瞬白ける。そういう状況か?と、ツッコミを入れたそうな表情をするのだった。
「コイツは、20点だが、お前は0点だ!」
そして、焔は、鼬鼠に向かい指を指しそう言った。凛々しい表情をしているが、基準が意味不明だ。
「炎皇さん、俺たちはなにもしてないし、喧嘩を売ってきたのは、そのF4だぜ?コイツだって、逃げてねぇだろ?この間にも、逃げれるはずだぜ?それに上からの喧嘩は御法度だ違うか?」
鼬鼠は、自分たちは何もしていないと、主張する。
「黙れ0点!」
焔は指先に火を点し、ひょいと女子のあたりに投げ込むと、炎が細い筋となり、女子の周囲を何周かグルグルと回り、消え去ってしまう。
「風で縛り付けて、何がだ?この0点!」
そう言われると、鼬鼠の表情が険しいものになる。彼は自分の技に自信があったのだろう。それを焔に見破られて、忌々しそうに睨み付ける。
「三年炎皇、日向焔(ひむかい ほむら)!相手になるぞ」
焔は胸ポケットから、自分のカードを取り出す。
「ち……。引くぞ……」
本気の視線を向ける焔に、鼬鼠は言葉を詰まらせながら、気まずい様子で背中を見せ、その場を去る。
鼬鼠が去ると同時に、女子は解放された様子で、体を崩し、ベンチに横たわる。
「焔。私は、あの子を寮にまで送ってあげないと……」
「だな。おい20点!」
焔の怒りの視線は、鋭児の方に向く。
「誰が、手貸せなんていったよ……」
鋭児は座り込んで、地面を睨み付けたまま、苦痛混じりの声でそう言った。
「はぁ?10点にされてぇのか?」
といいつつ、焔は鋭児の体を支え、ゆっくりと彼を立たせる。男子に軽く肩を貸せるとは、中々の力持ちな焔だった。20点と蔑んでいる割には、行動に迷いがない。
「神村(かむら)の所いくわ」
と、焔は吹雪に目を合わせて言うが、このときはまだ厳しい表情のままだ。
「解ってる。それから、血の気の多い行動は、禁物よ」
吹雪はその後に焔がしそうな行動を想像しながら、釘を刺しておいた。単純そうな焔だが、友人からの一言は、暴走を止めるには十分なものだった。
「わぁってるよ」
焔の返事はなんとも怠惰な感じで、小姑の忠告を渋々聞いているといった雰囲気だった。
そんな焔に、鋭児は肩を借りつつ、いや、半ば引きずられつつ、保健室へと向かう。血が滴り落ちているが、焔はそれにパニックになる様子もなく、真っ直ぐ目的地に向かっている。この学園ではこういう事も度々起こりうることのようだ。
この学園は、焔達のような能力を持ち合わせた者が集められた場所だったのだ。小学校から大学までのエスカレーター式でもあるが、彼のように、何らかの事情で途中編入される生徒もいた。
高等部は、二年までそれぞれの属性に従い、クラス分けをされ、制服もその属性に従い振り分けられる。
各属性に六十名の生徒が、十五名ずつ合計四クラスあり、部屋は1から4組に分けられ、1組がもっとも優秀な集団となり、4組は、能力者でも最も低い部類のクラスとなる。
それまで多数いた生徒は、高等部に上がるまでに篩に掛けられ、この学園での生活を記憶から抹消されてしまうのだ。
卒業後の人生は、生徒達に委ねられているのだが、学園を去る生徒は極僅かだった。卒業後には、特殊な進路が用意されているからだ。
その事は、高等部に進級したての生徒には知らされていないが、暗黙の了解のように、漠然とした噂で情報は既に周知されている。
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