第1章 第1部 第2話
「おいおい、部外者はすっこんでろって」
長髪男の仲間の一人が、ずる賢そうな表情で彼に向かい、どう見てもそうではないのに、自分たちにはすでに同意の上だと言いたいようだった。
長髪男が、自分の胸ポケットから、何かのカードを取り出し、彼に見せる。
「2―W1……」
赤い学ランの彼が、其処に記載されている文字をその通り読む。
「ああ、2年W1筆頭の、
長髪の男は、何かを自慢したがっている。『1』という響きを強調した言い回しから、どうやらその事が、今この場において重要なキーワードらしい。
「だから?」
彼は、理解出来ない様子である。筆頭と言っているのだから、クラスの中でも何か一番であることを表しているのは確かだ。しかし、筆頭という言葉よりも、強調された『1』の方が気になる。
「だからだと?この鼬鼠様が同意といったら、そうなんだよ!」
長髪男は鼬鼠というらしい。威嚇しながらも相変わらず卑劣極まりない、憎々しい笑みを浮かべている。鼬鼠は、相当何かに自身があるようだ。
「いや、同意じゃねぇし。どう見ても」
相変わらず彼は、視線を合わせなかったり後頭部を掻いたり、溜息をついたりと、面倒くさそうな物言いだが、一歩も退こうとしない。
「おまえ、俺を知らないってことは、転入組か?中等部上がりでも、次期
一瞬歌舞伎役者なのか?と思われるくらいに、大げさな言い回しを持って、彼にそれを誇示する鼬鼠だったが、それを聞いている彼の取り巻きは大きく頷いている。それに関しては、誇張でもなんでもない様子である。
「しらねぇ……六皇だか六甲だか……」
しかし、彼にはその事が未だピンときていないのだった。彼はこの学園において、無知なのは確かだった。
「ひゃは!お前死んだよ!!」
鼬鼠は膝を崩しそうになるほど、腹を抱えて大げさに笑い出し始める。いちいちアクションの大きい男である。
「ウゼェ。引いて自分があるなら今の意味がねぇ」
面倒くさがっていた彼の目つきが変わる。引く様子はない。鼬鼠という男の実力がどれほどのものか?ということ自体、自分には関係のないと言いたげに、真っ直ぐに鼬鼠だけを見据えている。
「名乗れよ」
鼬鼠は、ニヤついた睨みのまま、彼にそう言う。
「名乗る?」
彼はその必要性を感じなかった。意味がないと思った。
「名乗らなきゃ、決闘にならねぇだろ!?テメェ学園内のルールすらしらねぇのかよ!!」
「ああ……」
理解出来ないし解らない。知らない。全ての意味が含まれている、気怠い回答を示す。しかし其れと同時に、始業式直後の事を思い出す。
彼はその時、担任とも口論をしていた。担任は自分たちのクラスがクズだと公言したからだった。しかし、その表現の正誤は別として、そう言われてしまうだけの理由があることを担任から聞かされた。
冒頭に戻る。なぜこんな事になってしまったのか?全ては、この学園に入学することになった所から始まったのだ。そして今に至る。彼の中で消化しきれない現実が、物事の認知を遅らせていた。
「黒野鋭児」
彼は、カードを胸ポケットから取り出し提示する。
「ぷ……く……くははは、ひゃひゃひゃ!」
鼬鼠は今にも抱腹絶倒しそうな様子だった。その間女学生は、全く口を開く様子もなく、ただ震えている。
「一年F4組??お前、最弱中の最弱じゃねぇか!こんなヤツに炎使い名乗られちゃぁ、
鼬鼠は暫く笑い転げていた。女子も逃げれば良いのにこの隙を活かせない。しかし、活かせない理由は、鋭児にも直感的にわかっていた。其処には、彼の溜息の理由となるこの学園の特殊な事情があるからだ。
「水色の制服ってことは、アンタ風使いなんだろ。センコーに少し予習はしてもらったよ」
鋭児は両手の拳を顔の高さに構え、いつでもステップを踏めるようにした。
「解った解った。決闘で死んでも、事故死だからな。手加減はしてやるけど、死んだらよろしくな」
鼬鼠の嘲笑はすでに、ピークに達しており、笑うことにすら疲れた様子だった。
「ウルセェよ!」
鋭児は素早いステップで、瞬時に間合いを詰め、鼬鼠の顎にパンチを当てにゆく。迷いなく真っ直ぐ飛んだ拳は、かなり動きなれている様子を見せるが、ヒットする直前で弾き飛ばされ、舗装された煉瓦の上に、擦るようにして背中を着いてしまう。
「ヒャハハ!さすがF4!属性も満足に使えねぇとは、恐れいったよ!」
もう勘弁してほしい。鼬鼠は笑うことに少々嫌気をさしてきていると、上から鋭児を見下して、自分の頭を押さえて、笑いで首が振れるのを堪えている。
「関係ねぇ!!目の前で、嫌なもん見て引いたら、人間そこで終わりなんだよ!!」
鋭児はすぐに立ち上がるが蹌踉けている。拳も顔もあっという間に擦り傷だらけだし、傷口から少し血がにじみ始めている。だが気迫だけは負けず、強かった。
「殺されちゃうわ……」
女子がようやく開いた口で、そう言う。声は震えている。だが間違いなく変わらない現実を避けるために、ただ一言そう言ったのだ。
「関係ねぇよ。ここでスルーするわけにゃいかなねぇんだ……」
鋭児の行動には根拠がなかった。諦めない信念だけが、あるように見える。
「もう見飽きた……」
鼬鼠が哀れんだ表情で微笑み、軽く右手で空気を払うと同時に、鋭児はストンとその場に腰を落とした。そして、ジワジワと赤煉瓦造りの路面に血が滲み広がり始める。一瞬鋭児は、自分の体中の力が抜けた理由が分からなかったが、床に広がる現実と、腹部にある鋭い緊張感で、状況に気づき始める。
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