ある伝令の回想
私の所属していた師団は、私を除いて全滅しました。
私はその師団の伝令に任命されたのですが、そのおかげで生き残ったようなものです。
他にも伝令役はいましたが、私以外は生き残れませんでした。
私の所属していた師団は、王国軍の中でも指折りの一線級の1つで、士気も練度も経験値も群を抜いて高い事で知られていて、私はその中の騎龍兵として参加している事が誇りでした。
勿論、この戦争でも真っ先に前線投入されました。
はい、この戦争の初期です…まだ戦争は続いていますが。
出陣時、誰もがすぐに決着がつくと思っていましたが、それは間違っていました。
たった3日で師団の戦力は3分の1にまで消耗し、後退の連続でした。
師団が最後の決戦を挑もうと突撃の準備をしていた時、私は師団長に伝令役を任されました。
他に仲間は6人いて、全部で7人が伝令部隊として組織されましたが、私含めて全員が騎龍兵で、騎馬兵はいませんでした。
彼らは真っ先に全滅したのです…優先的に狙われていて、まるで奴らの中で意思疎通が取れているかのようでした。
私達伝令部隊は、持てるだけの食糧と水、予備の武器やドラゴンの餌を携えて、師団長や将校の伝令書簡を持って、日が昇ると共に出発しました。
師団長は、日の出から1時間後に最後の突撃を敢行すると言っていました。
1時間後には師団の姿は見えなくなる距離まで飛んでいたので、実際にどうなったかは見ていませんが、奴らの数は見渡す限り砂の如くだったので、多分、誰1人生き残れなかったでしょう。
行先は師団が所属する駐屯地で、3日飛べば到着する距離でした。
でもおかしな事に、駐屯地に近づけば近づくほど奴らの姿がちらほら見え始め、その数も増えて行きました。
そして駐屯地が見えた時、血の気が引きました。
そこにもいつの間にか奴らが押し寄せていたのです。
我々が前線で戦っている間に壊滅したのでしょう。
駐屯地内は奴らがひしめいていて、誰か生存者がいないか飛び回って探しましたが見つかりませんでした。
止む無く別の駐屯地に向かう事にしましたが、そこは5日の距離です。
しかも行く手先々に奴らがいて、ドラゴンが休憩無しでぶっ続けで飛べるのは1日が限界です。
私達は断崖絶壁を利用して休憩しながら駐屯地を目指す事に決めました。
迂回するルートだと7日掛かりますが、仕方ありません。
3日目まではそれでなんとかいけました。
携行した食料や水、ドラゴンの餌は2日目に尽きましたが、私達もドラゴンも、水だけで1週間は耐えられるよう訓練していましたし、水については滝の水や雨水を利用して凌いでいました。
しかし4日目で奴らに見つかったようで、私達のいる岸壁に上下から押し寄せてきました。
全くの奇襲で、しかも夜中でした。
気が付くと100体以上がいました。
連日の飛行の疲れでドラゴンも私達も注意が散漫になっていたので、直前まで気づきませんでした。
おかげで拠点に乗り込まれ、私と私のドラゴンだけが脱出できましたが、それ以外は殺されました。
私含めて、仮にも一線級の部隊の兵士がこの体たらくですが、私達はそれ程までに疲労していたのです。
夜の飛行は一層疲労します。
一応、星空で方角を確認するよう訓練を受けていますが、昼間の方が飛行は断然楽です。
だから安全に休息出来る場所を探しましたが、どこからも奴らの吠え声が聞こえてきていて、とうとう飛行したまま夜を明かしてしまいました。
酷く眠くて、昨夜の奇襲のショックで気持ちも滅入っていましたが、それでも師団長の命令を遂行しようと気持ちを奮い立たせました…もっとも、書簡は私に与えられた分だけでしたが。
ただ、ドラゴンの方は体力的に参っていて、いつ墜落してもおかしくなかったので、私は賭けに出ました。
つまり、迂回ルートではなく、目的地までの直線ルートを飛行する事です。
そうすれば1日短縮出来ますが、それでも2日かかるので一夜は危険です。
でもそうする以外にありませんでした。
休める場所があれば休もうと、安全そうな場所を探しながら飛行しました。
ドラゴンはよく頑張ってくれたと思います。
出来るだけ高く上昇して、滑空で数秒間の仮眠を繰り返しながら飛んでくれましたから。
ですが安全に休める場所は見つからず、段々ドラゴンの飛行速度も遅くなってきて、高度も落ちてきて…
夕方に奴らのど真ん中に落下しました。
正確には奴らのいる森の樹上にしがみつきましたが、絶壁を登れる奴らが木を登るくらいわけありません。
それでも木から木へ飛び移って逃げ回りましたが、奴らも連携を取って先回りして襲ってきました。
私もドラゴンも必死に戦いましたが、ドラゴンが先に力尽きて奴らの餌食になりました。
残された私は木を降りて、力尽きそうになる自分を必死に鼓舞しながら奴らの間を掻い潜って走り続けました。
そして奴らが入ってこれない狭い洞窟を見つけて、必死の思いで飛び込みました。
間一髪で奴らから逃れましたが、洞窟がどこに続いているのかはさっぱり分かりませんでした。
とは言え、入り口では奴らが待ち構えているので、先を進む事にしました。
幸い火打石は持っていたので、持っていた槍や自分の軍服を千切ったものを使って松明を作ると、奥へ奥へと進みました。
洞窟の中にいた虫を捕まえて松明の火で炙って食べたり、水たまりの水を啜ったりしながら進みました。
松明は少ないので、のんびりしている暇は無いので、休憩を挟みながらとにかく進み続けました。
一晩中洞窟の中を彷徨っていたかもしれません。
運よく出口を見つけた時は、朝日が差し込んできていましたから。
まあ、出口と言っても天井のど真ん中にぽっかり開いた穴だったし、それに奴らの何体かが洞窟の中で休んでいたので、そうすんなり行きませんでしたけどね。
そして奴らの1匹が私に気付いて襲ってきました。
槍は松明に使ってしまっていたので、短剣で戦いました。
私の胃袋に収まってくれた虫達のおかげで、体力は幾分取り戻していました。
そのうち奴らが天井の穴から雪崩れ込んできましたが、私はこれを利用する事を咄嗟に思いついて、やつらの背中を足場に、死に物狂いで外に駆け上がりました。
ドラゴンからドラゴンへ飛び移る騎龍兵の遊びの応用ですが、今でも成功した事が信じられません。
ひょっとすると、奴らは寝起きで鈍かったのかもしれません。
とにもかくにも、私は洞窟の外に脱出しました…まあ、奴らはいましたが、昨日よりは数が少ないように思いました。
なので逃げ回るのが楽に感じました…感覚が麻痺していますね。
目的の駐屯地はそこから四半日歩いた距離で、洞窟は随分と距離を縮める役目を果たしてくれたようです。
しかも駐屯地の方角に伸びているなんて、こんな幸運な事はありませんよ。
その駐屯地は生きていて、奴らの襲撃を辛うじて防いでいました。
さっき言った通り、数が少なめだったから持ち堪えていたのだと思います。
私は奴らと戦いながらその駐屯地に辿り着くと、持っていた書簡をその駐屯地の司令官に渡しました。
司令官はいい人で、私の命がけの行軍を労ってくれました。
あなた方の鋼鉄の巨人の部隊を初めて見たのは、この駐屯地にいた時の事です。
私が疲れで眠って、目が覚めた時には鋼鉄の巨人の部隊が到着していて、最初は見慣れないそれに戸惑ったものでした。
鋼鉄の巨人の部隊は、撤退の支援にやって来た部隊で、空飛ぶ鉄の鳥と共に戦いながら私達の撤退の時間を稼いでくれました。
司令官は私にも撤退するよう言ってくれましたが、私は最後に撤退する部隊に加わる事にしました。
そうする事が相応しいと考えたのです。
書簡は先に撤退する部隊に託し、与えられた新しい槍を振るって奴らと切り結びました。
その中で私は、奴らに群がられた鋼鉄の巨人の1体を助けました。
しかし中にいた操縦者は重傷を負っていて、駐屯地内に巨人ごと担ぎ込まれた時には息を引き取っていました。
すると私は、この鋼鉄の巨人に乗って戦う事を思いついて、勝手に拝借する事にしました。
騎龍兵だから同じ事だろうと考えたのかもしれません。
でも勝手が違う事はすぐに分かりました。
別の操縦者の動きを観察して乗り込んで、立ち上がったまではよかったのですが、よく分からない機械仕掛けだらけで、どれをどうしたら鋼鉄の巨人を動かせるのか、さっぱり分かりませんでした。
転んだり跳ねたりを繰り返しているうちに、別の鋼鉄の巨人が戻って来て、無理やり私を引きずり出しました。
訳を話すと、
『気に入った』
と一言いって、私に操縦方法を簡単に説明してくれました。
武器は鋼鉄の巨人専用の短剣を使うだけにとどめて、一通りの動作を教えてくれたのですが、私も必死だったのですぐに覚えました。
鋼鉄の巨人は、歩いたり走ったり、腕を動かす事だけであれば誰でもすぐに習得出来るように作られているって、教えてくれた人は説明してくれました。
使いこなす事はまた別問題ですがね。
私はその人が乗る鋼鉄の巨人と一緒にまた駐屯地の外に出ると、奴らと戦いを再開しました。
最初はぎこちなくて、教えてくれた操縦者の鋼鉄の巨人に助けられていましたが、そのうち慣れてきて、自分で面倒を見られるようになりました。
因みに私がこの世界で2人目の鋼鉄の巨人の操縦者だったようで、最初の操縦者はエルフの少女だとか、操縦方法を教えてくれた人が言っていました。
ただ、私は騎龍兵です。
元の職務に戻る事を望んで、正式に鋼鉄の巨人の操縦者とはなりませんでした。
でも、時間を見て操縦訓練は続けています。
やがて部隊の撤退は完了して、私達も最後に撤退しました。
撤退先で師団の伝言を伝え、任務も完了しました。
それで私のドラゴン、他の6人の伝令と6体のドラゴン、そして私のいた師団全体が報われるといいのですが…
いつか奴らから領土を奪還出来た暁には、私のいた師団が陣取っていた場所、私以外の伝令が戦死した崖、私のドラゴンが死んで行った森に出向いて花を手向けに行きます。
※しかしスカムは更に勢力を広げ、彼の望みはその勢力圏の遥か彼方にある。
短編集:鋼鉄の巨人の回想 桂枝芽路(かつらしめじ) @katsura-shimezi
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