第30話 異例な訪問、そして帰郷

 まさかここでうちの話になるなんてまったく思っていない。ひょっとしてそれで私はここに同席させて貰っているのだろうか。


「コンカート家は、元は侯爵家として王家を支えた家系だ。前王妃が潔白なら、元コンカート侯が王妃をそそのかして手引きをした、という事実だってない」

「はあ、でも急にそう言われたって、うちの領地は元々南部じゃなかったよ」

「そうだ、いかに冤罪といっても、今となってはコンカート殿に本来の北部領地を戻すことは難しい。しかし彼の器として、この状況で下がっていて貰うのは勿体ないという意見も出てね。任せられないかという流れになった」

「お父さんの器って……」


 私のお父さんにそんな才があるとは思えない。確かに貧乏ながら家族を支えてくれている良いお父さんだけど、侯爵って感じはもうしない。


「つまりエミリア、君のお父さんが南部の管理を引き受けてくれたら、ここの集落の話が進むという流れだ」

「お父さんが断ったら?」

「なのでこうして君に話をしているのだろう」


 ああつまり、私にお父さんが頷くように口添えをしろと言っているのか。お父さん、私を攫ったこの集落を良く思っていなくて、首を横に振る可能性があるのかな。でも貧乏だって貴族ってずっと言っていたし、やる気はある筈だ。


「とりあえず、王都は北街区画のいくつかの屋敷が空き家になる予定だ。中央街区画近くの大きな屋敷でも、好きなところを選んでくれ」

「選んでくれって、その適当な采配どうなのよ」

「適当でも処理しなければ、仕事がまったく終わらない……」


 これは本当にすべてが僕の仕事なのか。呻き声を出しながら、カイル王子がまたガツンッと音を立てて作業台に突っ伏した。これはさすがにちょっと可哀想に思えてくる。


「そういえば、そのアレクさんの財産は、まるで残っていないの?」

「それも調べさせている」


 突っ伏した状態からカイル王子の声が聞こえてきた。さらに追い打つのは可哀想だけど、さっきの適当な采配からして少し不安にもなる。


「それってきちんと調べ終わるのでしょうね」

「……そのつもりでやらせている」


 別に調べかたを追及したいわけじゃない。ただ少し思うことがあるのだ。


「残っていたら、アレクさんのものでしょう?」

「確かにレオンを見るからに、前王妃だって潔白だろうが、しかし元々は国庫の……」


 カイル王子の顔は上がってこないけれど、話は聞いてくれているらしく、ぶつぶつ言っている。苦笑したアレクさんが、私を宥めるように言った。


「エミリア、さっき言った通り私は期待していないよ。あまりカイル王子を困らせないでやってくれ」


 駄目だよ。ゆっくりとアレクさんに諭され、私は口を尖らせた。そうじゃないけれど、私の思い付いたことは、意見として駄目なのかな。


「その残っている財産の少しを、盗賊被害にあった商人への補償や、ここを村に整備するのに充ててもらうことは出来ないかなって思ったの」


 お父さんが南部の管理を引き受けて、領主が決まって認めが出たって、山道は荒れ果てている箇所だってある。集落は貧しいから、盗賊被害の賠償と言われても出せるお金なんてきっとない。働くといってもここじゃあ限度がある。

 そうなればまた悪いことを考える人だって出てくるかもしれない。


「もちろん、お金だけで済ませられるなんて思っていないわ。でもみんながこれから真面目に働くなら、まずはその一歩として手助けが欲しいじゃない。アレクさんだって二十五年前の被害者なのだから、多少の補償を訴える権利はあるでしょう」


 都合がいいかもしれないけれど、そんな風に思ったのだ。


「浅知恵で喋って悪かったわよ」


 私が思わずそう謝ったのは、みんなが凄い形相でこちらを見たからだ。


 今度こそ私は家に帰るのだろう。もちろんお父さんとお母さんには会いたい。でもここにもそれなりに懐かしさが出てしまって、帰るのなら牢の部屋は片付けなければならないなとぼんやり思う。

 果実水を飲みながら、ぽつりとカイル王子が呟いた。


「パンとスープが欲しい……」

「では、騎士用の携帯食を出してきます。お待ちください殿下」

「あれはパサパサで美味しくない」

「……」

「カイル王子、あんたねえ」


 動こうとした騎士に対し、カイル王子は切なそうに首を振って拒絶した。それ正直な意見なのかもしれないけれど、それで任務に当たっている騎士のことも考えてあげてよ。

 結局私がパンとスープを用意し、食事をすることになった。アレクさんの食事嫌いの理由はその時に聞いた。王妃が疑われていた頃は、毒のようなものを混ぜられたり、嫌がらせで味を変えられたりすることもあったらしい。

 だからその頃から食事が好きじゃなくて、食が細くなっていったと。

 アレクさんの弟である国王陛下がカイル王子の食に寛容なのも、そこが理由らしい。

 カイル王子がすまなそうに言ったのは、そんな食事の時だ。


「すまないエミリア、もうひと騒ぎあるから、君の帰りはその後にして欲しい」

「ひと騒ぎ?」


 スープを匙ですくいながらカイル王子を見た私は、すくったスープを口に入れることができなかった。次のカイル王子の発言に固まってしまったからだ。


「近々、国王陛下が山を上がってここに来られる」

「はあ、……はあ!」


 騎士や侍従など十分に配置するけれど、やはりここのことを知っている者が、ある程度手助けに欲しい。カイル王子はそう説明したけれど、私もレオンも開いた口は塞がらない。

 つまり今回の話は、とうとう国王陛下にまで伝わってしまったのか。国王陛下が直接ここの集落を裁きに来るの? わからないけれど、なんだか恐ろしい事態になってしまった。


「僕が……、陛下に直接問い質したのさ。アレクシス伯父上が生きているなら、会いたいのだろうって。執務などで悩まれるとき、よく思い出しておられたようだったから」


 確かにアレクさんの足ではすぐに山を下りることは難しい。だからと言って国王陛下がこんな田舎の集落まで来る例はあまりないし、よく認められたものだ。


「陛下、……父上とあんなに言い合ったのは初めてだった」


 そう言ってカイル王子は笑った。


 それからしばらくして、山道だって全く整備されていない山奥の集落まで、国王陛下はわざわざ来てくださった。一応来られることは、最低限の人以外には伏せられていた極秘だったらしいけれど。狭い谷には、騎士や侍従がひしめいて押しかけ、そりゃあ大変な騒ぎだった。

 アレクさんに再会した陛下は、ひとことだけ呟いた。

 その一言には目一杯の思いが含まれていたように感じた。


「兄上……」

「全てを押し付けてすまなかった」

「いいえ、いいえ」


 護衛に控えていた騎士たちは、誰に命じられたわけでもなく陛下に背を見せるように立ったし、侍従も集落のみんなも視線を伏せた。

 もちろんレオンは国王陛下と初めて会ったのだけど、レオンを見た陛下は目を丸くして固まっていた。

 カイル王子や騎士に話を聞いたところ、陛下もアレクさんのことや貴族連中の騒ぎで手一杯になっておられた。つまりレオンに会うまで、アレクさんに息子がいるという報告を、陛下は覚えていなかったらしい。


「もっと土産を持ってこれば良かった」


 小さな声で呟いた国王陛下は、なんというかカイル王子のお父さんらしい思った。


 陛下が手配してくださった医師は、老医師だったけれどずっと王室に勤めていたとても腕のいい医師らしい。今回の話を聞いて、是非とも常駐してアレクさんの療養の手伝いをさせてくれと申し出てくれた。

 沢山の騎士や侍従と共に、陛下は日帰りで慌ただしく帰って行かれた。


 それから数日経ってから、カイル王子が手配してくれた騎士に同行され、私は久しぶりに家に帰った。

 お母さんは泣いていたし、私も小さな子供みたいに泣いてしまった。さすがにお父さんには怒られると思って少し怖かったけれど、そんなこともなく優しく笑ってくれた。

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