第29話 つまりこの国はやばい

「私のためにどうもありがとうガウデーセ」


 アレクさんはガウデーセの前に膝を付いて座ると、ゆっくりと肩を撫でて語りかける。アレクさんの穏やかな声は、ガウデーセだけじゃなくて私やみんなへと響き始めた。


「ガウデーセ、私は君に感謝している。それは妻だって同じだ。あのまま王都にいても、山越えをしても、レオンは生きられる運命になかった。あの場所で私は、もう堪えることが出来ないでいたからね」


 なんの話なのかはなんとなくわかった。二十五年前の、アレクさんがこの集落に来た時の話だろう。


「私達を救ったのは幼かった君だ。盗賊に頭を下げてひたすら命乞いをした君の判断だ」

「俺は親父に言われた。なんとしても殿下達をお守りしろ、お前は小さくとも騎士だって」


 騎士だって……。呻き声のような声はとても小さな声だったのに、切なく響き聞こえた。


「ちくしょう、すまねえ……殿下」


 アレクさんはゆっくりガウデーセの肩を撫でて、優しく覗き込んでいる。ガウデーセは私に言った、アレクさんを生かせと。きっとアレクさんを守ることが真っ直ぐな信念だったのだ。

 盗賊をしてでも、本当の王子であろうとなかろうと。

 でもガウデーセも考えることが、変えることが辛くて、次第に楽なほうに向いてしまった。

 盗賊の頭という嵌められた自分の役割を、受け入れてしまった。

 だからなによりいつも、そんな自分が許せなくなる。


「ありがとう騎士ガウデーセ、ご苦労だった」


 ガウデーセの目から溢れた雫が溢れている。彼はそれを隠しも拭きもせず、目を閉じた。


「捕まえるなり斬るなり好きにしてくれ、俺は寝る」

「そうだな、それもいいね。美味しいパンを食べて、少し休暇を取るといい」


 アレクさんは頷くと、カイル王子に視線を送った。それだけで承知したカイル王子は、その場にガウデーセとアレクさん残してその場の収拾を指示していく。


「大丈夫か? エミリア」

「うん、へいき」


 レオンがやってきて、座り込んだままの私に手を差し伸べてくれたけれど、すぐには立ち上がれなかった。


「今回の状況や事情をお話ししたいのですが」

「わかった聞こう」


 広場の作業台の周りに、椅子を持ち寄ってぐるりと座る。そんな状況を見て、私はこっそり思った。

 カイル王子がアレクさん達に話がしたいと言ったから、慌てて席を設けたのだけど、場所は広場の作業台だ。


「ねえ、流石にもっといい場所あるんじゃないの」

「ここでいいよ、エミリア、君も同席してくれ」


 ガウデーセはマリサさんが介抱しているから、レオンとアレクさんが席についている。カイル王子から言われて、私もその場に座った。


「それで、親父と俺が生きていると困るやつは多いのか?」

「まず襲撃した兵士だが、フロイゼン侯爵の私兵だ」


 そのひと誰だっけ? どこかで聞き覚えはあるけれど、どうしてアレクさんを狙ったのかがわからない。首を傾げていると、レオンとアレクさんも首を傾げている。


「フロイゼン侯というと、このあたりの領主だろう?」

「私も、直接に恨まれる覚えはないし、今更殺されかけるような彼の秘密は知らないが」


 そうだ、フロイゼン侯爵といえば、南部一帯を治めている領主で、このあたりも領地に入る。しかし調査はカイル王子が率いていたし、使者だってまだお目にかかっていない。

 順をおって説明したいところですが、まずはお聞きしたい。カイル王子はそう言い置いて、アレクさんに向き直った。


「アレクシス伯父上、王都を出た時に私財を持ち出しましたか?」


 いきなりがらりと話が変わり、私とレオンはまた首を傾げる。アレクさんは空を見ながら、うーんと記憶を手繰り寄せ始めた。


「確かに宝石類は少し持ち出したね。しかし全てではなかったし売ってしまった。失って大問題になるくらい、唯一の品はなかったが」

「管理されていた財産はご存じですか?」

「確かにあったのは知っているが、王籍も剥奪されているし残っていないだろう」


 期待していないけれど、ひょっとしてあるのかい? アレクさんはそう言って笑った。疑われていたとはいえ、王子だったのだから、それなりの宝石やアレクさんの名で動かせる財産のようなものはあったろう。


「ひょっとしてフロイゼン侯爵は、その財産がアレクさんのところに残っていると思っていて狙ったの?」

「そんなものがあったのなら、俺もみなもここで盗賊はしていない」


 レオンだってそう言って首を振った。まあ正論である。

 カイル王子が後ろに立っていた騎士を見て、それから大きく息を吐いた。


「フロイゼン侯をはじめとする一部の貴族が、その伯父上名義の財産を着服していたのです。伯父上が生前に使い果たした、ということにして懐に入れていた」

「はあ?」


 裏返った声を出してしまったのは、アレクさんでもレオンでもなく私だった。さすがのアレクさんだってぽかんと口を開いて惚けている。

 こほんと咳払いをして、騎士が説明を添えてくれた。


「現在、全てを調べさせていますが、かなりの額になっています」

「……」


 アレクさんはまだなにも言えない。それでもゆっくりと首を振った。自分は全く知らないと訴えているのはわかる。息を吐いて空を仰いだレオンが呻くように言った。


「口封じしても済む程度じゃないぞ」

「でも確かにそれは、色々と困るわよねえ」


 あまりの事態と呆れになんだかマリサさんみたいな口調になってくる。

 今までそれがバレなかったって、この国は大丈夫なのだろうか? 眉を寄せたくなるくらい不安になるけれど、そう思って頭が痛いのは私以上にカイル王子や王都の人たちだろう。


「その問題、もうアレクさんどこまで関係あるの?」

「そうだ、そうなんだ……」


 ガツンッ、と音を立ててカイル王子の額が作業台に当たった。そういう調べもあって、この集落どころではなくなっていたと、そういうことらしい。

 集落に認めを出すにも、盗賊を裁くにも、当のフロイゼン侯爵がまず真っ黒だから、ここの手続きだって進まないのだ。


 レオンがゆっくりとした動きで席を立った。なにをするのかと思ったら、果実水の入った瓶を持って戻ってくる。疲れ果てているカイル王子になにかを察したのだろう。

 ただカイル王子はまだ突っ伏したままでいる。


「とりあえず、ここの集落のことは保留となるのかな?」


 そこは大事なので進捗を教えてもらいたい。認めがないと果実水やジャムだって市場に納められないし、かといって盗賊だってもうさせたくない。ここの人はただでさえ暮らすことに苦労しているのに。

 騎士のほうを見ると、動かないカイル王子を覗き込んでから、説明してくれた。


「フロイゼンと他にも数人、爵位や領地などは剥奪されます。領地の管理に関しては、まずは代行を立てる流れでして、それが進んでからの手続きになります」


 そこでカイル王子が起き上がって私のほうを見た。


「正式な決定ではないけれど、その代行者にとコンカート殿の名前が出ている」

「コンカートって、ひょっとしてうちのお父さん!」


 カイル王子が突然出して来たうちの名前が意外すぎて、私は思わず大きな叫び声を出して立ち上がった。

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