第26話 二度あることは三度やる
事態の重さは変わらないけれど、時間は刻々と流れる。ようやく各自の家に戻れることになり、私も鍵を持って自分の牢の部屋に戻った。カイル王子のいう通りなら、駐在してくれる兵が一部残り、あとは一旦王都に引き上げる。
ため息混じりのエディンさんとハリスンさんが、布や酒樽を持って上がってきた。そんな光景は久しぶりだ。黙って布を格子の前に敷いているけれど、止める気にならない。
アルバロさんとレオンも上がってきた。こうなると前回いたもう一人が気になる。
「マリサさんは?」
「アレクの旦那についてくれている。色々昂ったから疲れが出たらしくてな」
そりゃあ健康な私たちだってどっと疲れている。ここ最近調子が良かったといっても、体が弱いアレクさんは相当な負担だったろう。
部屋に戻ってからすぐ、私は落ち着くためにパンを焼いていた。煮込みもあるから、振る舞えるものはある。私も格子の反対側に布を敷いて、準備を始めた。
「あー、つまり分かっていると思うが、今日は反省会だ」
並べ終わったところでエディンさんが宣言した。エディンさんの中で、そのなんとか会っていうのはどうしても必要なのかな。
「俺が調子に乗って迂闊なこと言ったからだ、本当にすまねえ」
そう言ったのはハリスンさんだった。そうか、あの同じ髪の色云々は、ハリスンさんの発言だったのか。
「でもあそこで馬鹿って言ったガウデーセも馬鹿でしょう」
あの場であんな叫び方すれば逆効果だ。まあ本人にそれは言えないけれど、今日は多少なりと反省して欲しい。
「どうなるんだろうな」
「わからないな」
「レオンとアレクの旦那にしんどいことがなければいいけどよ」
疲れもあるからか、今日はなんだかしんみりした調子になってしまう。でも温かい煮込みは美味しい。そう思って器を抱えていたところに、声は降ってきた。
「貴様ら、この状況で酒盛りとは度胸があるな」
お腹の中から出したような声が聞こえてそちらを向くと、そこにはこめかみを強ばらせたカイル王子が立っていた。
「カイル王子! 王都に帰ったのではなかったの?」
「僕だって大騒ぎにまだ巻き込まれたくない」
つまり戻ればどういうことだと追求されるから、帰るのを後回したのか。
騎士に咎められたのならば、まず怒られてだろうけど、よりにもよって一番上の責任者に見つかってしまった。
どっと疲れているところに、呑気に酒宴を開いている私たちを見てしまったせいか、明かりに照らされているカイル王子の表情はなんだか怖い。
「こんなところで正気か? 地面だぞ」
「うん、初めて見る人は間違いなくそう言うけど」
もうそれ言われたのこれで三回目です。心の中だけでそっと添える。
「そうは言っても疲れてやっていられませんでしょう、王子殿下」
エディンさんはなんとか下手に出て、正当化する気でいる。この状況でエディンさんも図々しい。私もちょっと笑って煮込みの入った器を見せた。私もなんとか上手く過ごせています、くらいの安心感も与えておけたらいいかと。
カイル王子は大きく息を吐いた。
「僕も混ぜろ」
「え?」
「見逃す上で僕も加わらせろと言っている」
そう言うと、カイル王子はエディンさんとレオンの間に座り込んだ。いやちょっとさすがの私もこの状況についていけない。
カイル王子あんた注意に来たのではないの? 王子自ら参加するってどういうことよ。
私以外はおかしいと思わないのか、すぐに余分にあった杯が用意される。エディンさんが果実水の瓶と果実酒の樽を見せてどちらがいいかと確かめると、カイル王子の指は果実酒のほうに振られた。
カイル王子はまず一杯満たされたところで一気に飲み干し、されに注がれた二杯目もあっという間に彼の喉に流れていった。二杯飲んだところで表情が綻ぶ。
「昼間の果実水も美味しかったが、この酒は美味いな」
と、とんでもないわ。この王子が誰より正気を疑われるべきだと思う。三杯目を注がれたところで、慌てた様子の騎士が上がってきた。
「なにをなさっているのですか、カイル殿下っ!」
「気晴らしだ」
たぶん声からして、あの馬車の傍でカイル王子にお説教していた、王子付き騎士だ。あと二人騎士がやって来て、黙ってここに入る道で立番を始めた。ご苦労様ですとしか言えない。
「毒見も通さずに、軽々しく口にするなど!」
「見ればわかる通り問題ない。第一ここで僕をどうこうする理由がない。いやまあ、あるか」
「そんなものはない。それならもっと上手くやっている」
「だそうだ」
カイル王子はあっさりと言い放ちレオンを見たが、レオンも軽く返す。お付き騎士はいったん目を閉じてから、そっとカイル王子の背後に立った。少し迷惑そうにカイル王子が振り返ったが、気にしないことにしたらしい。
「一緒に食べますか? 席を作りますけど」
「お気遣いありがとうございます、私は殿下の護衛ですのでお気になさらず」
そうは言っても気になるけど、気にしたらもう負けなのだろう。私も諦めてカイル王子の分の煮込みとパンを取りに向かった。
「ねえさっき話していたけれど、レオンって前王陛下に似ておられるの?」
カイル王子はすっかりこの場に馴染んでいるが、誰もなんの話も切り出せない。なので私がふと気になったことを話題に出した。
「そうらしいが。俺は会ったことがないし知らないな」
当人であるレオンは答えながら首を傾げた。王族に近い髪の色だけじゃなく、その顔立ちも隠すためにフードを被っていたのだろうとは思う。しかしどれだけ似ているのかわからない。
誰も答えられなかったからか、教えてくれたのはカイル王子の後ろに控えているお付き騎士さんだった。
「王宮の、謁見室に向かう内廊下に肖像画が飾ってあります。その絵でしか私は前王陛下を拝しておりませんが、その絵にはとても似ておられるかと」
そんな肖像画が残っているのか。でも王宮の中じゃあ見る機会はなさそうだ。
カイル王子にも訊いてみる。
「そうなの?」
「なにせ抜け出す時はあそこを通らないからな、あまり覚えていない」
カイル王子のほうは首を傾げている。この王子ほんと思った以上に大丈夫なの? 不敬にもそう思いながらちらりと見た。お付き騎士の大変さに同情したくなる。
「これは見た目に戸惑うが、酒によく合う」
そんなカイル王子が齧っているのは、いつだったかガウデーセから支給され、アレクさんに出したら拒否されたあの魚だ。さすが正体隠してまでパン屋に来る男、食に対してはとことん貪欲ときている。
カイル王子がそんな調子だからか、初めは緊張していたエディンさん達も、少しずつ食事を楽しむ余裕が出てきたらしい。
「旦那の本名は、あのアレクシスなんとかだろ?」
「アレクシス・フィルか」
カイル王子がエディンさんの話に相槌を打った。そういえば王族の人は慣例で、中間名のような印を名前に持っている。ここに来た時のカイル王子も、カイル・セオと名乗っていたし。
「そうなるとレオンはどうなるんだ? そういうのってねえの?」
「俺はここで生まれたから、王族の印などあるわけない」
確かにレオンが生まれたのは、アレクさんの王籍が剥奪された後なのでそういうのはない。
そこで話が終わるのかと思いきや、可能性論でいいのなら、とカイル王子が話を引き継ぐ。
「レオンはアレクシス伯父上の子息だから、印は僕と同じセオになる」
王族の印は世代で振られるものなので、同じ世代では兄弟などみんな同じだ。アレクさんや国王陛下はフィルで、カイル王子はセオと付けられている。
つまりレオンに付けられるならカイル王子と同じセオになるそうだ。
「へえー、なるほど」
「つまりレオン・セオ? でもそれって少し言いづらくない?」
口に出してもどうもピンとこなくて、失礼にも私は語呂の悪さに首を傾げた。なにかあっても語呂が悪すぎて使えなさそう。そう結論付けようとしたところで、少しずつ果実水を飲んでいたレオンが自白した。
「いいや、正式にはレオンハルト・セオになる」
「そういう名前、あるじゃねえか!」
聞いた瞬間のエディンさんからの突っ込みは、とびきり早かった。
「大変だわ、カイル王子より王子っぽい名前が出てきた」
「悪かったね、色々と庶民派過ぎる王子で」
私とカイル王子がさらに切り返したところで、レオンが失言だったと我に返ったようだ。
「ああもう、この名は俺の本名じゃない。みんな一回忘れろ、いいな!」
レオンがその場に言い含めると、カイル王子がさっと後ろへ手を振った。後ろの騎士にも、聞かなかったことにしろと手振りで念押ししたのだ。
ただでさえ事態は重くなっている。名前まであるなんてことになれば面倒は倍増だろう。
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