第25話 亡き不義の王子
若い調査官がアレクさんの目の前に座ると、別のほうから言い合いが聞こえてきた。
「そんな馬鹿なことがあるか!」
「しかし私はよく存じ上げております!」
なんだろう。私は思わず踵を上げて声のするほうを見た。カイル王子も眉を寄せて、騒いでいる騎士と調査官を見ている。
その騒いでいた年配の調査官は、さっきレオンを調べていた人だ。若い調査官を押し退けてアレクさんの前に座る。
「名前からお聞きしたい」
「アレクです、その他の持ち合わせはない。見ての通り足があまり良くなくてね、ここでみんなに助けられて暮らしている」
アレクさんは答えるが、調査官は持った書類への書き込みをしようとしない。他の人の時は、名前や出身など聞いたことを簡単に記録していたのに、筆を動かす気配がない。
「それは、あなたの本当のお名前でしょうか?」
「うーん、君が来た時からまずいなって思っていたんだ」
なんかほかの人と全く違う様子に、周囲の騎士達にも緊張し始めた。カイル王子も私も黙って見ていることしか出来ないし、反対側の別のほうでは、レオンやエディンさん、マリサさんまで心配そうに見ている。
アレクさんが大きく息を吐いた。
「証明する手段はない。しかし否定する手段もない」
「その、通りです。殿下はよくそうおっしゃっておられた」
調査官の声は震えていた。
その場がしいんと静まり返る中、アレクさんの声が朗々と響く。
「こう答えれば満足するかい? アレクシス・フィル・ミシティア、王都の中央街区画王宮の生まれで、二十五年前にここに移り住んできた。第一王子と呼ばれていたこともあったかな」
つまり私は、アレクさん本人に対して、お祖父ちゃんから聞いた話をしていたのだ。
本当は生きておられた、それを王宮の誰かは知っていたのだろうかとか、そんなことは分からない。分からないからこそ、みんなが成り行きを見守っている。
「この御方の処遇は、私達には決められかねます」
気が付いておいて、今更真っ青になっている調査員の反応にはとやかく言えない。カイル王子も呆然とした表情で、座っているアレクさんを見ていた。
だれもここで、こんな事態が転がり込んでくるとは思っていない。
「どういうことだ?」
なんとなくわかっているけれど、やはり報告を受けるためには、聞き返さないとならない。
それがこの場の責任者であるカイル王子の判断なのだろう。
「私は王宮でお会いしているので間違いありません。二十五年前に王籍を剥奪されている、王兄にあたるアレクシス様です」
調査官はさっと立ち上がると、カイル王子にアレクさんの正面の場所を明け渡す。でもいきなりそこを譲られたって、カイル王子だって混乱しているに決まっている。
「アレクシス伯父上は亡くなられたと、陛下から聞いていました」
「……そうだね、それでいいと思っている」
カイル王子は一度目を閉じてから開き、アレクさんに話しかけた。落ち着いているのはアレクさんだけだし、全てを知っているのもおそらく彼だけだ。
目を閉じてしばらく考えていたカイル王子は目を開くと、調査官へと決断を示した。
「そういうことだ」
「しかし王子殿下っ」
「誰も即断など出来ないだろう、今日の報告はそれでいい」
きっぱりとカイル王子がその場で言い切った。そうしないと状況はおさまらないし、先送りかもしれないけれど、今はそれしかないだろうと私も思った。
誰も彼もどっと疲れが増している。休息を取ってもいいと騎士にさえ伝達され、集落のみんなも一休みすることになった。
ハリスンさんが備蓄の果実水を持ってきた。調査官や騎士の人たちにここの名産だと知って貰うつもりもあるようで、瓶をいくつか開けていく。
「なんとか終わったねえ」
マリサさんはやはりというか、いつもの通りのゆとりがある。
休んでいいと言われたら、みんなにはどうしても言及したい話題がひとつあるらしい。
そう、調査が来てから晒されているレオンの素顔だ。
「俺知らなかったけど、レオンってとんでもなく男前じゃねえか!」
「あいつ不細工じゃねえのかよ!」
そこはやっぱり悔しがるところなの? 冷たい果実水を飲みながら、私は目を細めて僻む悲鳴を聞いていた。エディンさんはケラケラと笑っている。
「まあ所詮お嬢も街の女で、顔には勝てねえってことだ」
「そこちょっと、黙りなさいよ」
そこで私を話題に入れられても困る。だいたい、まだ予告しかされていないし、その返事だって揺れ動いている途中なのよ。
「だってよお、よりにもよってレオンのやつ王子と同じ色だぜ」
誰かが悲鳴じみた声を出したから、思わずみんな立っているレオンを見た。そしてそこからゆっくりと首を動かし、カイル王子を見る。
それは集落の人だけじゃなく、私達の休息を黙って見守っていてくれた、騎士や調査官たちもだ。和んでいたその場に、また緊張が走り始めた。
なにかおかしいよね? だってアレクさんは王家の血を引いていないって……。
王家の色、その組み合わせを示す呼び名が私の頭にも過ぎる。
「馬鹿野郎っ!」
その場に、ガウデーセの怒鳴り声が響いた。しかしその一言は、なによりみんなの推測を肯定してしまう。
騎士たちは騒めいているし、調査官はもう一度レオンの調査書を探して書類を捲っている。
あの年配が調査官はゆっくりとした動きで歩いてきて、またアレクさんの正面に座った。どうしてレオンではなくアレクさんに? なんて誰も問えない。
「アレクシス殿、確か王宮におられた頃には、奥方がおひとりいましたが、その方は?」
「亡くなったよ、息子を産んですぐに」
「御子息……、その方は今どこに?」
アレクさんはレオンを見て笑った。レオンの表情は心配そうに強張っている。でもアレクさんにはもう隠す気もない。
「アレクシス殿、たしかあなたの母である前王妃が罪を問われたのは、貴方の御髪が金ではなかったことからです」
「そうだよ、あの時も言ったんだ。証明する手段はない。しかし否定する手段もないと」
アレクさんはずっと分かっていて、それを抱えていた。そしてその反動は、今まさにこの国を大きく揺らそうとしている。
「これはとびきり嫌味だがね。母上はずっと言っていた、自分は陛下しか愛していないと。我が父ながら馬鹿らしいと思っていたよ」
この状況で笑っているアレクさんは、なんともいえない迫力がある。
「一体どういうことでしょうか?」
この状況で、とある騎士が隣にいた上司にそう聞いた。新米騎士らしいけど度胸がある。
しかしみんな内心ではよく言った、と思ったろう。私だって、誰かに簡潔にこの事態をまとめて欲しかったもの。
委ねられてしまった上司の騎士が、重い口調で説明を始めた。
「あのレオンとか言う男は、アレクシス殿の子息だろう。言われれば彼の髪と顔立ちは前王陛下にも似ておられる」
「でもアレクシス殿は不義の王子なのでは?」
「二十五年前に処罰された前王妃殿下は潔白で、アレクシス殿は正当に前王陛下の実子という可能性が出てきたということだ。そうでなければ彼の息子が、金の髪に緑の瞳という王家の色で生まれる理由にならない。二十五年前の事件は、全くの冤罪だ」
説明を聞いて、みんなが息をのんでアレクさんやレオンを見た。
ことの大きさをしっかりわかっていなかったのは、青年騎士だけじゃなかったろう。私も集落のみんなも、その説明を聞いてようやく事態の大きさを知った。
どうにもならない状況で口を開いたのはレオンだ。
「たとえそうだとしても、親父も俺もなにも望まない。俺は他のみなと同じように、処罰を受けたい。どうかそれで収めて欲しい、お願いする」
レオンがもう一度カイル王子と調査官に頭を下げた。
アレクさんのことを強引に収めたばかりのカイル王子は、今度はすぐに答えを出せず黙って空を仰いだ。
蒸し返されて困るのはアレクさんとレオンじゃない。
私はようやく、その言葉にどれだけ重い意味があるのかを知った。
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