第24話 白い波の訪れと再会

 書状と手紙は、エディンさんとアルバロさんとあと二人で持って山を下りた。この集落を探し上がってくる王都の騎士に届けば、あとは王都側の判断になる。そのまま一緒に山を上がってくるか、日を改めてもらえるか。どちらかだろうけど。

 しばらくして馬で駆け戻ってきたのは、アルバロさんだけだった。


「王都の騎士が上がってくる。調査官も同行していて、話に応じてくれることになった」

「だったらまずは一歩だ。ひと息入れよう」


 報告にレオンもアレクさんも他のみんなも多少表情が和らぐ。私とマリサさんとでお茶を入れ始めた。こんなことなら軽く摘めるよう、食べやすい物を焼いておきたかったのに。

 レオンとアレクさんは、ガウデーセと一緒にまた難しい表情で話を始めた。調査官が同行しているから、住んでいる全員が調べられることになる。夜のうちに集落を抜けた人もいないから、あとはここにいない人への連絡とみんなへの周知だ。

 気持ちを落ち着けたくて、私は硝子玉の髪飾りを付けると、髪を緩く結った。マリサさんと手直しした乗馬用のワンピースを念のため着ておく。


「上がってきたぞ! うわ真っ白だよ」

「こんな集落に、よくもまあこれだけ動員してくださったこと」


 馬と徒歩で上がってくる騎士が見えると、マリサさんが思わずそう言った。

 王都の騎士は精鋭で、白い騎士服を着ているからすぐにわかる。本来はこんな田舎の集落の掃討だったら、数人来ても大騒ぎになる花形職種だ。

 この人たち、今日中に帰ってくれるのだろうか。だってここに泊まるといわれても場所がない。私は沢山の騎士や兵士を眺め、現実逃避気味にそんなことを考えていた。

 話し合いは向いてねえ。ガウデーセはそう言って後ろに下がってしまった。アレクさんも、色々と気を回し続けて疲れが出ているから休んでもらっている。


「まず聞こう。書状を出した、ここの長はどこに?」

「書状は俺が書いた。長ではないが、その補佐のような役を担っている」


 レオンが一歩前に出た。さすがにこの状況でフードを被ったままというわけにもいかず、外してから騎士に向かい深く頭を下げる。

 騎士によって道が通され、白地に金と青の刺繍が入った服を着て金の髪を見せるカイル王子が歩いてくる。どうやら私の手紙を読んでくれたらしい。


「ミシティア第一王子、カイル・セオだ。本件に関して一任されている」

「レオンという、よろしくお願いする」


 王都の状況はわからないけれど、カイル王子がなんとかここの人たちの話を聞いて、うまく計らってくれるといい。願いつつ見守っていると、カイル王子の視線がこちらへと向いた。

 元気なことを示すために、笑顔で手を振るくらいはしたいけれど、それはきっと怒らせる。

 カイル王子はゆっくりとこちらへ近寄ってくると、少しだけ低くした声で言った。


「どれだけ心配したと思っているんだ」

「ごめんなさい、見ての通り元気でおります」


 怒ってくれるほうがありがたいことだってある。私が背を丸めて謝ると、カイル王子は大きく息を吐いた。

 調査といっても色々とあり、盗賊被害について、住民について、集落の規模と地図の作成、収入源や流通路など、簡単には終わらないし結論を付けられない。しばらくは兵が数人駐在して管理されることになる。すぐにみんなの罪がどうこうということにはならないそうだ。


「よかった、どうぞよろしくお願いします」

「エミリアによろしく頼まれる覚えはないはずだけど」


 レオンなど集落のひと達には、調査官が一人ずつ聞き込みに当たっている。その端っこで私はカイル王子からお説教中だ。


「大切な友人に、謝ることも出来ないのかと思っていた」

「カイがカイル王子だと隠していたこと?」

「いつ知った?」

「あの日馬車の中で、外の会話が聞こえていたのよ。忘れ物を届けに行って」


 色々なことがあり過ぎて、それはもうかなり前のようなことに感じる。

 カイル王子は空を見上げて大きく息を吐いた。髪の中に手を突っ込み、雑に掻き回す仕草はまるで王子らしくない。むしろいつものパン屋で雑談する時のカイだ。


「捕虜のようには見えなかったけれど? 一体なにをしてたんだい?」

「ええと、パンを焼きながら、脱、盗賊の相談とか色々」


 笑顔で答えるとカイル王子はまた息を吐く。そんなに息を吐いて大丈夫? 腸まで出てこない? ってくらいため息だらけだ。


「どうしてそんな危険なことを」

「逃げ出すほうが、危ないと思ったからよ」


 状況判断と適応力? 結構頑張って生き抜いたのよ。とここは胸を張れる。レオンにだってエディンさんや他の人にだって、とんでもない女だと言われたのだから。

 カイル王子は、掻き回していた髪を今度は手櫛で整え始めた。


「心配したんだ」


 吐き出すように小さな声で呟かれた。その憂いを帯びた表情は、これは私が罪を作ってしまう、そんなときめきの予感かもしれない?


「そういうんじゃない。エミリア、君はもうちょっと反省しろ」


 考えた瞬間、じろりと睨まれてしまった。パン屋の常連とはいえどうしてすぐにわかってしまったのか。


「なんで分かったの?」

「どうせ、なにかの予感とか思ったんだろう」

「うぐっ」


 凄い、さすが王子殿下だけあるわ。パン屋に来ていた見習い兵士の時より容赦がない。


「一次選考から落とさせたのは僕だし、そういう気持ちも持っていない」

「やっぱりカイル王子がやったのね」

「なにしろエミリアに、きちんと振るえと言われたからね」


 まあここでそれがはっきりしても、私もすっきりしただけで特にそれ以上はない。ただこうしてそんな話が、またカイと出来たことに安心する。

 私とカイルは、広場の作業台の前で椅子に座って話をしていたけれど、少し離れたところでは調査官の調べが進んでいる。ちょうどレオンが調査官の前に立ったところだ。


「カイル王子?」

「あの男、レオンと言ったな」

「うん、そうだけど」


 カイル王子が腰を上げた。やはりレオンのことは気になるらしい。

 レオンのはっきりとした声が風に乗って聞こえてくる。


「レオンだ。ここで生まれ育ったが、両親は知らないから名しか持ち合わせていない」


 アレクさんと打ち合わせをしたのだろうか。レオンはアレクさんとの関係は隠し通す気でいるようだ。嘘をつけば、わかってしまった時にまずいことにならないかな。

 よくぞこんな山奥までとしかいえない年配の調査官からいくつか質問されている。きちんと答えているようだけど、出生がこの集落なので、経歴なども答えはわずかだ。

 レオンが終わると、住民の聞き取りはほぼ終わったようだった。私がカイル王子と話をしている間に、手分けして済んでしまったらしい。


「これで全員か?」

「待ってくれ、あとアレクの旦那が来てねえ」

「そうだ、アレクさん少し横になるって。マリサさんの家で休んでいるわ」


 なにかあったら呼んでくれといわれていたけれど、バタついていてすっかり忘れていた。

 起きてこないところをみると、本当に疲れて寝てしまったのかもしれない。


「もう一人いるのだけど、足と体調が少し悪いの」

「病人かい? あいにく医師は同行していないんだ」


 カイル王子に説明すると、わずかに眉を動かしながらも騎士に指示してくれる。

 エディンさんが慌ててマリサさんの家に向かう。ちょうど家の戸を叩くところで、杖をついたアレクさんが出てきた。


「あなたで最後です、簡単にお話をお聞きしたい」

「手間を掛けてしまって申し訳ない。よろしくお願いする」


 騎士は杖を使っているアレクさんに、手を差し伸べるとさっと支えてくれる。それにアレクさんはにこりと笑顔を返し、促されるままに椅子に座った。


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