第23話 王都からの掃討作戦

 考えごとがあるから部屋にはひとりで帰れ。レオンは素気なくそう言った。さっきまでいい雰囲気だったのに、ここで放り出すのか。そうは思ったけれど、押しかけて来たのは私なので、素直にひとりで帰った。

 部屋に戻ったのも遅かったので、朝はいつもよりほんの少しだけ寝坊してもいいかな。

 そんな風に思っていた私を、まだ薄暗いうちからレオンは叩き起こした。


「起きろエミリア、顔を洗ったらすぐに出られるように準備をしろ」

「おはようレオン、昨夜はちゃんと寝たの?」


 格子の外で大きな声を出されて、私は目を擦りながら起きた。

 遅くまで起きていたに決まっているのに、レオンはフードを目深に被り、私の格子の前でなにか急いだ様子でいる。そういえばこんな朝早くから押しかけられるのは初めてだ。

 ようやく私も目が覚めて、考えられるようになってきた。


「なにかあったの?」

「王都の兵が上がってくる。騎士もかなり動員されているから、本格的にここを探して掃討を掛ける気なのかもしれない」

「え! それってまずくない?」

「くそっ、もう少し時間が欲しかった」


 そう言いながらレオンは格子の外で行ったり来たりしている。レオンも朝になって状況を知ったらしく、考えが纏められていない。


「いいかエミリア、馬を一頭出してやる。すぐに山を下りろ」

「レオンはどうするのよ」


 それだけじゃない。ここにはアレクさんだっているし、ほかの住民だって全員が真っ黒な盗賊というのとは違う。過ごしている日が浅くて、連れて来られたという事情があるにしろ、私だけ被害者だと言い張って逃げるなんて、そんなことしたくない。


「ここを焼かせるわけにはいかない。ガウデーセを説得して降伏するつもりだ」

「降伏するなら私が残っていたっていいじゃない」


 乗馬は習ったけれど、急に言われて乗りこなせる自信だってない。だったらここに残って降伏するレオンの口添えくらいは出来る。


「本当ならもう少し時間を掛けて、王都の調査を招きたかった。処罰をきちんと受けて、集落の認めが貰えればと」

「集落の認め?」

「認めがあれば、領地内の村という扱いになる。納めるものは必要になってくるが、商売や山道の整備が出来れば変えられた」


 それはもう手遅れになってしまったのだろうか。騎士の掃討が掛けられるといっても、まだ具体的にここに乗り込まれたわけじゃない。ただまずはなにをしたらいいのだろう。

 レオンだけじゃなくて私まで、考えるために格子の前をうろうろしたくなる。

 着替えて顔を洗ったところで、今度はエディンさんがやって来た。もうすっかりみんな起きていて、バタバタしているらしい。


「今、アレクの旦那が頭の家まで下りてった。なんとか頭を説得してくれている。ここで抵抗するのは得策じゃないしよ」

「そうか。集落内でも過激な考えを残していたのはガウデーセと数人だ。親父が言うならあいつも聞く耳をもつだろう」

「でも、今更間に合うかな、かなりの騎士が動員されているのでしょう?」


 こういう時こそ落ち着かなければならないのに、まったく落ち着けない。

 状況を把握するためにもここじゃなくて下に移動することにした。下の広場にはみんなが出て来て集まっている。ここ以上に逃げようがないと思っているのか、もう疲れてしまったのか表情は不安で暗い。

 幸いだったのは、アレクさんの体調がここのところ良くなっていたことだ。顔色もいいし、はっきりとした口調でみんなに助言してくれている。


「分かった、あんたが言うならそれでいい」


 私たちが行くと、ちょうどガウデーセがアレクさんに頷くところだった。どうやら説得に成功したらしい。というかあんなにすんなり聞き入れるとは、一体なんと言ったのだろうか。


「レオン、調査依頼と王都に宛てた書状を用意していたね」

「下書きはしていた。だがまだ俺が勝手に書いた程度にしかなっていない」

「それでいいから出してくれ。私とガウデーセで正式な書状にしよう」


 書状が間に合い調査が入る、そんな都合のいいように進む可能性は低い。しかし少しでも被害が減って欲しい。きっと王都の騎士だって穏やかに済ませたいだろうし、すぐさまこちらを無理矢理にということはしないだろう。

 アレクさんはレオンに書類を取りに行かせると、今度は私のほうへ向いた。


「エミリアにも頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」

「あくまで君なりの文面で構わないから、王都の騎士に宛てて手紙を書いてくれないか? 君が無事なことがわかれば、王都の騎士の溜飲も多少は下がる」

「わかりました、書きます」

「本当はすぐに帰してあげたいのだけれど、こんな状況になってしまったら、君だけというわけにはいかないんだ」


 アレクさんの言うことはもっともだから私も頷く。


「誰か君の筆跡を知っている騎士などは、いないかい?」

「心当たりがひとりだけいます。もっともその方まで手紙が届くのかわかりませんけど」


 騎士に知り合いはいない。心当たりといったらひとりだけだ。カイル王子ならパン屋に来た時に私の筆跡を見ている。

 なんらか責任を感じて、掃討作戦にも関わっているなら手紙を見てくれるかもしれない。

 連絡もせずに黙っていた私が、今更無事ですと伝えたところで、逆に怒らせてしまうかもしれない。でも今は出来ることをしなければ。


「アレクさん、手紙を書きましたけどこれでいいでしょうか?」

「ありがとう、最後のところに署名も入れてくれるかい」


 私は手紙の一番下に署名を書き入れた。家名の横には家柄を示す印を書き加える。爵位は剥奪されているので、大した効果はない印だ。けれどこれは、昔から代々使っているうちの印で、他に使われている家もない、間違いなく私が書いた証明にはなる。


「エミリア、君はコンカート侯の孫娘さんなのかい?」

「お祖父ちゃんを知っているんですか!」


 私の書いた印を見たアレクさんが驚きの声を出したし、私も驚いて振り返った。王都でもこの印だけでコンカート家と当ててくる人などもういない。うちの印が入る書類がいまじゃあ殆どないから、そもそも見られることがないのだ。


「そんな呼びかたするひともういないので、お祖父ちゃんが聞いたら喜びます」

「いないとは?」


 こんな状況でする話ではないのだけれど、うちの印まで知っていた人がいるというのが嬉しくて私の口は軽くなった。


「二十五年前に、侯爵位は剥奪されています。じつはお祖父ちゃん、前王妃様の事件で黒幕だったんです」


 笑い話で済ませようと思ったのだけど、アレクさんの笑いは全く取れなかった。

 むしろ表情はどんどん硬くなる。


「まさかコンカート侯に責任を負わせていたなんて……。北部に領地があったろう?」

「ありました。というか私が生まれた時はもううちの領地ではなかったです」

「侯は、お元気なのかい?」

「元気ですよお、その二十五年前の話まだしますけど、アレクシス王子にはなんら咎はなかったのに! って。お助け出来なかったと今でも気にしています」


 確かにそれはお祖父ちゃんの口癖だ。まあ確かに、そこに生まれただけの王子まで処罰することなかったって、私も思っている。前王妃様の名前は知らないけれど、お祖父ちゃんがいつも嘆くから、亡くなられた第一王子殿下のお名前だけは、私も覚えてしまった。

 ただ王都で名前を出すわけにはいかないから、知らないふりをしているだけだ。


「アレクさん? アレクさーん!」


 あまりに呑気すぎる私は、アレクさんの顔色が変わっていることに、しばらく経って気がついた。そして、なにより大事なことにまだ気が付かなかった。


「ああ、大丈夫だ、すまないエミリア。私もいくつか抱えて思い出せないことがあってね」

「大丈夫ですよ、レオンもいますし、きちんと話せば分かってもらえます」


 私はアレクさんを座らせると、背中をさすってあげた。アレクさんはこめかみをぐりぐりと押してなにか考え込んでいる。


「お祖父ちゃんの言う通りだとしても、今更蒸し返すことなんてもう誰もしませんよ」

「蒸し返されて困るのは、私とレオンじゃないんだ」


 そう言ってアレクさんは深く息を吐いた。

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