第27話 集落への襲撃
カイル王子付きの騎士さんは、酒宴には一切参加しなかったのに、最後の片付けはしっかり手伝ってくれた。なんだか申し訳ないと思いながらお礼を伝える。
「今後の殿下が取られる采配の重要さを考えると、このくらいは目を瞑ります。殿下はずっとおひとりでした。レオン殿と従兄弟として交友が持てれば、私個人としては喜ばしい」
小声で私に返してくれたその言葉は、温かくも少し切なく思えた。
翌日の早朝、日が出る前にカイル王子は王都へ戻る準備をすっかり終えていた。私の無事を確かめるためにも急遽来てくれたのであって、昨夜ああは言ったけれど王都を長く空けていられないらしい。
「私はもうしばらくここにいたいのだけど。アレクさんの世話もあるし、色々とさ」
色々となんなのか。そこを聞かれてしまったら、上手く答えられないのにカイル王子はなにも聞かなかった。
「コンカート殿には無事を伝えておくけれど、とても心配されている。早めに戻るよう」
「わかっています、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、カイル王子は山を下っていった。集落には予定通り兵士が残っているけれど、ひとまず慣れた静かな風が吹き始めた。
静かな風はそれからしばらく続いた。なんというかのどかすぎる。
「ひょっとして俺たちこのまま放置されるんじゃねえの」
「そんなはずはないだろう、お嬢やアレクの旦那の件もある」
エディンさんのぼやきにハリスンさんが返事をする。カイル王子の見送りの時に、アレクさんはカイル王子となにか話していた。あの時の感じからしてそのままということもなさそうに思える。でも早く戻るようにと言われた私へも、あれから音沙汰がない。
集落に駐在している兵は、ずっと同じ人がいたり数日で入れ替わったりと、滞在状況がまちまちだ。ただ入れ替わっている人がいるから、報告なんかはされているだろうし調査だって進んでいる、と思うしかない。
その日私はちょうど、マリサさんと乗馬用のワンピースの手直しをしていた。もう乗る機会はなさそうだけど、ひょっとしたら今後誰かの役に立つ可能性だってある。
エディンさんの声が鋭くなったのは、私がちょうど試着をしてくるりとその場で回ってみせた時だ。
「お嬢、マリサ婆さん、下でなにかあったらしい」
「え? どうしたの、エディンさん」
私は回っている途中で止まり、格子の傍でエディンさんに訊ねた。
確かに下のほうからかすかに騒めきが聞こえる。なんなのかわからないけれど、嫌な予感のする騒めきだ。
格子から出て、下りる道を覗こうとしたところで、レオンがすごい勢いで上がってきた。
「なにがあったレオン」
「襲撃だ、王都の兵は応戦しているから、正規兵とは別の誰からしい」
一気に走ってきたレオンは、水を一杯くれと頼んだ。マリサさんが渡した水を一気に飲み干し、下の状況を説明し始める。レオンと入れ替わりにハリスンさんが駆け下りて行く。
「今更、親父が王家の直系だと証明されても困るのだそうだ」
どこの誰かは知らないが、昼間から正直で呆れると、レオンは息を吐いた。
「よほど焦っているんだねえ」
「マリサさんは落ち着きすぎです!」
マリサさんがゆっくりとそう言ったから、私は思わず突っ込んだ。
「そのアレクの旦那は?」
「家にいる。その手前にガウデーセがいるから、抜けられはしない。ただ相手も結構人数が多くてな。それだけ必死ななにかがあるのだろう」
そう言うレオンに私も息を飲む。王都の兵もいて、応戦しているのだろうけれど、どうか怪我人が出ませんようにと祈るしかない。
息を整えたレオンは、おもむろに私を抱きかかえ、エディンさんに言い放った。
「エディン、エミリアを山裾まで捨ててくる、それまで持ち堪えろ」
「あいさ、わかった」
「ちょっと、捨ててくるってなによ!」
エディンさんは素早く頷いたけれど、当の私は今そんなこと承諾したくない。しかしレオンは私を抱えたまま駆け出した。うまい具合に下へ下りずに、家の隙間をぬって駆けていく。
馬小屋にはレオンのいつも使う馬が既に準備されていて、私を放り投げるように乗せるとレオンもそのまま馬に跨った。
「ちょっと待ってよ、レオン!」
「口を閉じていろ、エミリア」
私は来た時と同じような状態で、唐突にここから連れ出された。荒れた山道なのに、レオンは凄い勢いで下っていく。それはほんとうにあっという間だった。
馬が大きく嘶いて止まったところで、私はやや乱暴に馬から下ろされた。ちょうど集落に上がってくる騎士の一行がそこにいたからだ。
「ちょっとレオン、どういうつもりよ、なんで!」
私は反論しようとしたけれど、レオンはもう馬を戻そうとしている。一行の後方からカイル王子が慌てて駆けてきた。
「レオン! なにかあったな」
「集落で襲撃を受けた。心当たりは?」
聞くなりカイル王子の表情はさっと強張った。なにか知っている顔だ、けれどレオンも今はそれを問い詰めいている余裕はない。小さく舌打ちすると、カイル王子に言い放つ。
「とにかく俺は集落に戻らなければならない。エミリアのことは頼んだ」
それだけ勝手に言い残すと、レオンはあっという間に戻って行ってしまった。後に残されたカイル王子が腕を振り下ろして命令を出す。
「追えるものは速やかに続いてくれ!」
カイル王子の鋭い命を聞いて、馬に乗った騎士がレオンを追って駆けていく。私はそんな中で馬から下ろされたまま座り込んでいた。
「エミリア、大丈夫かい? すぐに王都に送るよう手配するから、安心していい」
カイル王子がそう声をかけてくれ、自身には集落に向かう馬を準備するように指示を出している。
「エミリア?」
「……んでよ」
カイル王子がもう一度私の名を呼んで、しゃがみ込んでくれた。
どうして私は今更放り出されなきゃならないのか。危険を察知して逃してくれた。そんなことはわかっているけれど、それでも散々閉じ込めておいて今更危険だから私だけ逃すとかどういう気なのか。危ないのはマリサさんやみんなだって同じだったのに。
なんだかレオンの勝手さは頭にくる。
変えられたら好きだと伝えてくれるのでしょう? だったら見届けさせなさいよ!
「ちょっとカイ、私にも馬を貸して!」
「待つんだ、エミリア!」
私は用意された馬に、横から飛び乗った。顔色を変えたカイル王子が下から大きな声で騒いでいる。
「降りろ、エミリア! そんな衝動で乗れるものじゃない!」
「お下がりください殿下っ」
騎士に肩を掴まれて、カイル王子が数歩下がったところで、私は馬の腹を両足で軽く蹴った。カイル王子のために用意された馬だけあって、やっぱりよく訓練されているいい子だ。
馬は思った以上にスムーズに駆け出した。
風に乗って山道を駆け上がっていく。レオンに教えてもらったのは、集落から南門に下りる道だったけれど、逆に行けば集落に戻れる。
なんとなくだけど道は分かるから大丈夫だ。
後ろから馬の嘶きと、駆ける蹄の音が聞こえてくる。カイル王子や騎士かもしれないけれど、振り返っている余裕なんてない。
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