第18話 試行錯誤する

 それからアレクさんのお世話は、私の仕事になった。食事をしてもらったとガウデーセにも報告したら、そのまま任せられることになったのだ。

 あのガウデーセまで、信じられないという表情を浮かべていたので、アレクさんの食事嫌いは相当な筋金入りらしい。


「アレクさん、それは食べられないじゃなくて好き嫌いですよね」

「そうは言ってもこれには旨味が感じられない」


 数日経ち慣れてくると、アレクさんは好き嫌いを主張しはじめた。そもそも食べていないので気が付かなかっただけで、実はかなりの偏食だ。食べるのが好きじゃない上に偏食、そんなの体調も悪くなる一方に決まっている。


「じゃあこっちは全部食べてください、この味は好きでしょう」

「ああこれは食べやすいね、ありがとうエミリア」


 食事を出すようになって気がついたけれど、味付けの好みに関しては、レオンと似通っている。たぶん親子だからだろう。といってもレオンはここまで好き嫌い言わない。あるものを食べなければならない、という環境があるからだ。

 多少は食事量が増えたからか、アレクさんが昼間起きていられる時間も増えてきた。


「書斎と行き来するくらいはしたいね」


 そんなふうに本人から言ってくれるようになったのは、凄くいいことだ。私もアレクさんが食べやすいように、色々工夫を重ねている。


「お嬢、これはちょっと色がなんというか」

「危ない予感しかしないぞ」

「食べやすいように、とろりと煮込んでみたのだけど、色は少し良くないかな」

「少し……、いやそんな程度じゃない」


 市場へ行く時は見送りに出たりしているせいか、顔見知りも増えた。試食をしてもらおうと思ったのだが、今日の料理の反応はいまいち良くない。

 確かに栄養のある野菜をなんとか食べてもらいたくて、細かくして煮込んだそれは緑を通り越して澱んだ灰色のような色をしているが。


「やばい日に来ちまった」

「やばいってなによ、そんな押し付け合う反応は失礼じゃない」


 最近見かけなかったエディンさんと、すっかり書類で忙しいレオンが肘で突きあっている。

 結局味は良かったので、問題は見た目だけだったのだけれど、それをアレクさんに出すのはレオンに止められてしまった。


「また食事不振にするつもりか」


 そこまで言われてしまったら、諦めるしかない。私なりに精一杯なのだけど、みんなは好き勝手言いすぎる。


「まあ、味は悪くねえから食うけどよ、アレクの旦那には出すな」

「そんなに言わなくたって出さないわよ。ほんと失礼しちゃう」


 そんな話題が持ち出せるくらい、ここのところのアレクさんの調子は良くなっている。こんな山の上じゃなければ、きちんとしたお医者様に診て欲しいのだけど、それは難しい。

 これがなんとか美味しそうに見える手段はないかと、考えているところに声が掛かった。


「いたいた。お嬢、頭が呼んでいます」

「ええっ! 呼ばれる覚えなんてないけれど、なんの話だろう」


 このとろりとした料理だってまだアレクさんに出してはいない。私なりに目立たないよう地味に過ごしているつもりなのに、一体なんの用事なのか。

 顔全体に嫌だなあと出ていたのか、私の代わりにレオンが聞いてくれる。


「ガウデーセがエミリアを呼んだのか、なにがあった?」

「違います、そういうことじゃなく」

「なにが違うんだ?」


 その場にいる全員で首を傾げる。まさかこの料理の味見がしたいわけないわよね。

 行かなければわからないのだとしても、極力行きたくない。


「頭が狩りから戻ったんです。結構大物を仕留めたので、お嬢にも肉を分けると言ってます」

「そういうことなら行くわ!」


 アレクさんの体調が良くなりはじめてから、ガウデーセの私への当たりはかなり良くなっている。と言っても極力会わないようにしているのだけど。

 たまにお肉なんかが手に入ると、こうやって声が掛かる。まあつまり私の食べる分じゃなくて、アレクさんやみんなに振る舞えってことだ。


「ちょうど干し肉が少なくなっていたのよ、さすがガウデーセ」


 拳を小さく握ると、部屋を出る準備を始めた。ガウデーセには会いたくないけれど、食事や干し肉の材料を分けてもらう機会は逃せない。


「レオン、鍵出して。ほら、開けて」

「わかったから。エミリアを呼んだということは、きちんと分けてある」


 そうは言われても、貴重なお肉だしひょっとしたら肉以外にも手に入るものがあるかもしれない。ガウデーセはそういうところで変な差別はせずに分ける、と聞いている。


「でも、ガウデーセって山越えの仕事に行っていなかった?」

「帰りに獲物に出会したっていうか、護衛の客を置いて追いかけたっていうか」

「それって信用問題じゃないの……」


 盗賊以外の仕事で、たまに山越えする商人の護衛なんてものがある。山の向こうの国境から、急ぎや後ろ暗い物資の流通で山越えをする人がたまにいるのだ。

 私の過ごしている牢の家も、実はそんな人への宿泊のために作った場所らしい。だからといっても、あの格子はもうちょっとあったろうにと思う。


 人が集まっていたのは、果実水の作業もしていた下の広場だ。ただいつもより人数が少ない気もする。ひょっとしてまだ山越えの仕事に出ているのかも。


「エミリア、呼ばれてきました。お肉が欲しいです」

「小娘が図に乗るな」


 いちおう控えめに声を掛けたつもりだったのだけど、ガウデーセにじろりと睨まれた。

 呼んだのはそっちじゃない。分けてもらうまでの辛抱よ。そんな風に唱えながら待っていると、なんとすでに干し肉にされた塊を二つも貰えた。


「ありがとうございます」


 これはとてもいい物だわ。パンに入れたいけれど、それじゃああっという間になくなるからどう使おう。いいスープにだってなるだろうし、少しずつアレクさんにも食べてもらえる。

 さすがに塊を二つも貰えたなら、あとはもうないわよね。欲張って怒らせるといけないので、私は広場の後ろに下がって、のこりを分け終わるのをそっと待つ。図々しいかもしれないが、まだ少し期待している。こういう場合は、最後まで諦めないことが肝心だ。


「娘はまだいるか?」

「ここにいますけど」


 お肉を分けて貰ったから黙るけれど、ガウデーセも小娘とか娘とか失礼な呼び方しかしない。娘と呼べる存在はここでは私しかいないけれど、私は小娘って歳でもないし。

 まあ名前を覚えるまでもない、くらいに思っているのだろう。


「なんでしょうか?」

「これも持っていけ」


 ガウデーセはそう言ってさらに何かを投げて寄越した。落とさないように慌てて受け取ると、それは串に通されている魚だった。この間格子の前でエディンさん達が飲んだ時、レオンがガウデーセのところから貰ってきた物だ! これは独特な味だったけれど、少し焼いて食べたら美味しかった。

 でもこれ見た目といい独特な味といい、アレクさんは食べたくないって言いそうよね。まあそうなったら、私が美味しく頂こう。


「ありがとうございます、頂きます」


 私はしっかりとお礼をしてから、沢山になった成果を抱え直す。分ける時は全てが無駄にならないようにしっかりと分ける。

 少し離れたところでそれを見届けると、私は牢の部屋へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る