第10話 いつぶりの外だろう
その日の朝は、エディンさんがレオンを連れて、私の部屋の前までやって来た。
「おはようございます」
「一体なんの話だエディン、ここでする話なのか?」
「ああ、それがな」
エディンさんは格子の前までレオンを引っ張ってきてから、言い出しにくそうにしている。私もなんの話なのかわからず首を傾げた。ここに来る二人としては、珍しい組み合わせだ。どちらも寄ってはくれるけれど、二人で一緒に来たり話をしていたりする姿は始めて見た。
「お嬢のことなんだけどよ」
「エミリアのこと?」
「あー、上がって来ちまったじゃねえか。早えよ婆さん」
何かをレオンに言いかけたエディンさんは、振り返って慌てた表情になった。レオンも同じように道を見て、フードの外から頭に手を当てた。
「よりによってマリサか」
「俺がマリサ婆さんに頼んだんだけどよ」
顔は見えないが、レオンは大きくため息を吐いている。
踵を上げて道のほうを見ると、おばさんというかお婆さんがこちらに向かって歩いて来る。
ここにいるのは男だけだと思っていたのに、なんと女の人だ。驚きのあまりその人をじっと見てしまう。
マリサさんという名らしいお婆さんは、格子のそばまでやって来ると、腰に手を当てて一呼吸してからレオンを見上げた。
「なんだい、あたしが来なくてもよかったじゃないか」
そしてマリサさんは、レオンに向かって単刀直入に切り出した。
「ここを開けな、レオンあんた鍵を持っているだろう」
「マリサ、エミリアを一体どうする気だ」
「手伝わせるのさ、大忙しだからね」
マリサさんはレオンにきっぱりと言い放つ。
ひょっとしてこの部屋から出て歩ける! 外は怖いがここの人との会話には少しずつ慣れてきた。手伝いと言っているけれど、マリサさんは女の人だっていう安心もわく。
ただなにを手伝うのかはわからないから不安も感じる。悪いことに繋がらなければいいのだけど。
「嫌でもどのみちあたしが開けるんだ、さっさとお開け!」
「どういうことだエディン」
マリサさん相手では分が悪いと思ったのか、レオンはエディンさんのほうを向いた。
「お嬢に果実水作りを見せてやることになっている」
「果実水?」
レオンが今度は私のほうを向いた。まとっている空気でどういうことだと追及されているのがわかる。
確かにエディンさん達に果実水を貰った時、見せてくれるという話になった。エディンさんはそれを本当に実行してくれる気らしい。
つまり果実水作りの手伝いということだ。どんな作業かわからないけれど、それは大いに興味がある。でもレオンになんと説明しようか。
マリサさんはどこから出したのか、大きめの木匙を振ってレオンの腰を叩いた。なんというか容赦がない。
「閉じ込めておくだけなんて、無神経なんだよ」
それでもレオンが動かないから、さらにマリサさんは木匙で鍵と道のほうを指し示して言い放つ。
「開けたらさっさと自分の仕事に行きな」
さらに畳み掛けられ、レオンはなにも言い返せない。
エディンさんはマリサさんがきた時からこうなると分かっていたのか、立っているのは飛び火しない少し離れたところだ。なんだかちゃっかりしている。
私はというと、口は挟めないが興味津々の気配を出し始めた。ここから出てみたいと、キラキラした視線でレオンに訴える。
鋭い表情で見上げているマリサさんと、期待の視線を向ける私に挟まれ、レオンはまた大きく息を吐いた。腰の小袋から鍵を引っ張り出す。鍵穴に差し込んで回すと、がちゃりと金属の擦れる音がして格子に付けてある鍵が開く。
出られたなんて、いつぶりだろう。ただ格子を挟んだ向こう側に出ただけなのに、空気だって全然違う。そんな風に考えて深呼吸を繰り返す。
「エミリア、まずこの木匙洗っておくれ。思わず叩いちまったよ」
「はい、わかりました」
「どうせ叩くつもりで持っていたろ」
レオンはため息混じりにぼそりと言い、マリサさんに睨まれている。
出たばっかりだったけれど、私はいったん部屋に引き返し、汲んであった水で木匙を洗う。
洗った木匙を持って戻ると、レオンとエディンさんはマリサさんに追いたてられているところだった。洗ったばかりの木匙は、渡すとまた使われそうな予感がする。
「大丈夫とは言わないけれどね、あんたよりましな扱いは出来るよ」
「わかった、マリサに任せる」
「じゃあお嬢、俺たちは仕事に行って来るから」
最終的には、エディンさんがレオンを引っ張って行ってしまった。その場には私とマリサさんが残される。
「よろしくお願いします」
「適当に役に立っときゃ騒ぎにはならないからね、ついておいで」
「わかりました」
マリサさんは、私から木匙を受け取ると歩き始めた。道を下っていく足は思った以上に早い。道を下って数回曲がったところは、やや広い場所と少し大きな家があった。
広場にはいくつかの大きな作業台が置かれており、家の入り口は開け放たれている。台のそばには何人かが立っていて、すでに作業をしていた。なかには格子のところまで来てくれたことがあって、見覚えのある人もいる。
私はその人たちにもペコリと頭を下げて挨拶をした。マリサさんがレオンに言った通り忙しいらしく、私のことはそこまで気にしないみたいだ。
「なにをすればいいでしょうか」
「まずは水を汲んで、果実を洗うのさ」
水場はあちらだとマリサさんが示してくれる。作業台の脇には採れた果実が籠いっぱいに入っていた。既に水が張られている桶もあるから、出来そうなことを自分で判断して加われということみたい。
私は他の人がやっていること見ながら、見様見真似で作業を始めた。
忙しいと言った通り、やらなければならない作業はあるし、果実の量だってそれなりにある。奥の家では、大きな鍋が置かれ火にかけられていた。
「マリサさん、あの鍋はなにをするの?」
「煮詰めてジャムを作るんだ」
果実水と同じように、売りに出すものらしい。ジャムと聞いて私は気になって踵を上げて鍋を見た。きっとパンに添えたら美味しいものだ!
洗い終わった果実は傷んでいるところを丁寧に処理して、種を抜いていく。結構量がある上に、ひとつがそこまで大きい果実ではないので、時間がかかる。しかし丁寧にやらないとマリサさんの注意が飛んでくるから、作業はとても丁寧に進められていく。そんな拘りは意外でもあり、王都での高級品扱いを考えると納得もできる。
ようやく下処理が終わったと思って気を抜くと、たまに私にも野菜を分けてくれる厳つい顔の人がさらに籠を持って来た。
また山になった果実を見ると、さすがに無言になる。
ちなみにこの籠を持ってきた厳つい人が、コーラルドさんだとさっき知った。
「終わったー!」
「エミリアもご苦労さま」
これが最後の果実だと言われた時には、思わずそう叫んでしまった。まだ作業は残っているのだけど、あの山のような果実を全て処理したと思うと達成感がこみ上げる。
次の作業に移る前に休憩していいと言われたので、私は近くにあった椅子に座り込んだ。
始めてからもうかなりの時間が経っているけれど、収穫できる時にはできるだけ作業する。つまり明日も続くのさ。マリサさんにさらっとそう言われ、私はがんばりますと言うのがやっとだった。
「お食べ、傷んでいるけれどじゅうぶん食べられる」
「ありがとうございます」
丁寧に処理したから、食べられないところは本当に食べられないのだけど、それでも少しくらい食べられる部分がある。そんな余った果実をマリサさんが差し出してくれた。
口に入れると甘酸っぱい味が広がる。
「おいしー」
いくつかを口に放り込んでにこにこしていたら、みんなも楽しそうに笑った。
なんだか不思議だと感じないくらい和やかな雰囲気だった。
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