第11話 今日の報告は
マリサさんが椅子に座ったのが見えたので、私は果実の入った器を持ってその隣に座り直す。話を聞いてみたかった。
「ここがどの辺りだが知っているかい?」
「いいえ、南門から出たから南部の山中だって言うのはわかりますが」
マリサさんによると、場所だけならば所有しているのはフロイゼン侯爵で、領地のいちばん外れらしい。ただ管理はされておらず、住民を含め存在は曖昧なまま。よくいえば気ままだけれども、その代わりなんの補償もされない。
「怖いから怖がらせる。生きられなくても、それでもしがみつきたい集まりさ」
「マリサさんもそうなの?」
「さあね、忘れちまったよ」
そう言ってマリサさんは谷に広がる集落を眺めた。
マリサさんやここのことをもっと聞きたいと思っていたけれど、うまく言葉が選べない。
「果実水やジャムは、出来上がったら王都にも売りに出すの?」
「本当は東門の外市場に直接持ち込むのが良いのさ。でも認めがないから手続きが面倒でね」
南門からさらに行ったところ、東門の手前には大きな市場がある。ここから一番近い市場はそこだが、村として曖昧なこの集落からだと直接持ち込む手続きが難しい。そうなると盗品と一緒に捌いてしまうこともある。そんな事情もあって、集落の収入分が少ない割には、王都で価格が上がっている。
「昔は、そんな面倒な手続きを引き受ける、お節介な男もいたがね」
「お節介な人……」
それはおそらくある程度の読み書きと、王都の手続きに関する知識が必要だ。私だって市場に行ったことはあるが、外から売り物を持ち込む手続きとなるとわからない。村としても認められていないのなら手続きは相当複雑になる。
「こんなに美味しいのに、勿体ないなあ」
「そう言っても無理なのさ」
無理という言葉に、どれだけの重さと出来事があるのかはわからない。
休憩している私とマリサさんのところに、コーラルドさんが早足で歩いてきた。
「頭が戻ってきたぞ」
「おやまあ、今日は思ったより早いね」
マリサさんとコーラルドさんが私のほうを見る。私は思わず緊張に背を正した。どうしたらいいのだろう。そもそも私はどのくらい知られているのかわからないし、今から急いで牢の部屋に戻ることも難しい。
「会ったことはあるかい?」
「ありません、声を聞いただけです」
「すぐにどうこうならないし、堂々と手伝っていなさいね」
私は頷くと立ち上がった。少しでも真面目に働いていますと見せたい。マリサさんに残っている作業を聞くと、私はまた見聞きしながら出来そうな作業に加わる。
荒々しい足音が響いてきた時、私は大きな家の中でジャムを壺に入れる作業にすっかり没頭していた。
「お前が例の小娘だな」
「えっ、わっ! こんにちは、初めまして」
あまりに集中しすぎて、近くで声を出されるまで気がつかなかった。
びくりと肩を持ち上げて首を動かすと、そこには大柄な男の人が立っている。短い髪に髭を生やしている顔は、今まで見たどの人より鋭い視線を向けていた。間違いなくこの人がお頭と呼ばれているガウデーセだろう。
その後ろにはフードを被ったレオンと、エディンさん達の姿も見える。
「暇にさせとくこともないだろう、雑用をさせている」
「レオン、お前にはなにも聞いてねえ」
ガウデーセは後ろから説明してくれたレオンに振り向くこともなく言い放つ。
どうしようとは思っているが、きりのいいところまで作業もしたい。そんな風に考えながら、私は持った壺とガウデーセを交互に見た。
ガウデーセは私を鋭い視線で見ながら尋ねる。
「それで娘、なにが出来た」
「マリサさんや他のみなさんと一緒に、ジャムと果実水作りの仕事をしました」
ようやく壺を置くと、私はガウデーセのほうを向いた。どこをどう尋ねられているのかが分からないから、馬鹿正直に今日やったことを全部並べて言う。簡単なことしかしていないが、とりあえず働きましたという主張はしておきたい。
ガウデーセはそんな私からの感想を交えた説明を、まずは黙って聞いていた。いつ遮られるのか、怒鳴られるのかという恐怖を感じつつ私の話が続く。
「それで、今はこのジャムを壺に詰めています」
「なるほどな」
今していた作業まで全て報告し終えると、おそるおそる表情を窺う。鋭い表情は一向に緩まない。その鋭い眼光と威圧感に誰も声を発せずにいた。
「飯が美味いと思ったが、あれはお前か?」
「確かにパンは焼いています」
まさか持ち出してもらっていたパンの評価を、ここで貰えるとは思わなかった。つまりコツコツ焼いて試行錯誤していた効果が、多少の好感として出ている。
「せいぜい余計なことはしないことだ」
「わかりました」
「そうすりゃ服くらいは買って貰える」
そうしてガウデーセは口角を引き上げてにやりと笑った。愛想というより威嚇を含んだ表情に、私はこくこくと首を動かす。
「ということだ、いいなレオン」
「聞いていた、わかっている」
ゆっくりと振り返りレオンには低く鋭い声で言い放つ。
レオンのフードが頷く動きを見せたのを確かめると、ガウデーセは大股で家から出て行った。レオンやエディンさん達もガウデーセの後を追っていく。
なんとか緊張から解放され、私は肩を落として大きく呼吸した。あったことを説明しただけだけど、なんとか納得してもらえたのだろうか。
短時間だったとはいえ、あまり顔を合わせたくない威圧感だ。これまで顔を合わせなかったことは幸運だったし、これからも気をつけよう。
「はー、びっくりした」
「堂々としていりゃなにもなかったろう」
それは慣れているマリサさんなら言えることで、あの威圧を向けられ堂々とするのは難しい。
それでも聞くだけで行ってくれたということは、私は精一杯落ち着けていたと思う。
ひと休みしてから私はすぐにまた小さな壺へ手を伸ばした。ひょっとしたらまた様子を見に戻ってくるかもしれないし、作業だって早く終わらせたい。
いつまた急にやってくるか、気になりながら作業を続けたが、結局ガウデーセはもう来なかった。
集中してやったおかげか、昼過ぎてまだ陽が明るいうちに、作業台には作り終わった壺と瓶が並んだ。
「よーし、出来上がりー!」
「ご苦労さまだったね」
「マリサさんもお疲れさまです」
ささやかでも達成感に労いの言葉が添えられると、とても嬉しくなる。
「エミリア、これを持っておいき。使いたいだろう」
「ジャム! ありがとうございます」
マリサさんは、作りたてのジャムの瓶を私にも分けてくれた。
作っている間もずっと気になっていたジャム! しかも二種類もある!
これは絶対美味しいやつだ。もう早速今夜開けて食べてみたい。思わずにこにこしていると、マリサさんがさて、と言ってからこちらを見た。
「エミリア、悪いけどあんたは戻ってもらうよ」
「いつもの部屋ですよね」
私は牢の部屋のある谷の上のほうを眺めた。また鍵の生活になるのだろうか、それでも明日も手伝うなら出して貰えるだろうか。そんな不安は表情に出ていたらしい。
「今日はいい気分で飲み始めるかもしれないしね、鍵は掛けるよ」
「じゃあレオンを探さないと」
さっきガウデーセと一緒に行ってしまったから、さりげなく呼んで貰わなければ。コーラルドさんに呼んできて貰おうかな。そう考えてゆっくり周囲を見回す。
「探さなくとも平気さ。さあ帰るよ」
マリサさんはそう答えて腰を伸ばすと、早足で歩き始めた。貰った二つの瓶を抱えて慌てて後を追う。マリサさんは朝歩いて来た時のようにどんどんと道を上がっていく。
私が過ごしている牢の部屋まであっという間に戻ってくると、服の中から鍵を取り出した。
「あれ? 鍵ってレオンが持っているのではないの?」
「伊達にずっとここでババアしているわけじゃないんだよ」
マリサさんはそう言って笑った。
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