第9話 相談料は果実水で

「盗んだものじゃないよ、お嬢。ここから少し歩く場所だが、季節になると良い果実が採れるんだ」

「その果実をこうして果実水や酒にするのさ。王都や他の街でも高く扱ってもらえてな、いい額になる」


 アルバロさんも補足の説明をしてくれる。

 私は抱えている瓶をもう一度眺めた。ここで採れたもの? 確かにここは水だって美味しい水が流れ込んでいる。


「ほんとう、ですか?」

「ああ、またもうそんな季節だ。そうしたらお嬢にも見せてやれる」


 そこまで言ってくれるなら、私は素直に瓶を開けることにした。本当のことなら、エディンさんは大切な売り物を分けてくれたことになる。

 ここでは色々なものが貴重だと、私だってもう身に染みていた。


「……まあ、それは相談料だ」

「相談、ですか?」


 私は目を瞬かせた。捕まって牢の部屋で過ごしている私に、一体なんの相談があるの? 私たちは食事をしながら、話をすることになった。

 といってもエディンさんはなかなかその相談という話を切り出さない。

 最初は果実水の話になった。この集落でも作っている果実水だけど、直接王都に売りに行ったことはあまりないらしい。

 貧乏な私には縁がなかったけれど、その私でも知っていたくらいだ。

 この果実水は王都でとても人気がある。そんな話をしたら、三人は驚いていた。


 私が驚いたのは、そんな果実水についてではなく、その後のレオンの話題だ。

 レオンがずっとフードを被っている、それは実際に見ているのでなんなく分かっていた。聞くところによると、エディンさん達はここしばらくレオンの顔を見ていないらしい。


「もう何年も見てねえなあ。あいつが子供のころは一緒に遊んだりしてよ。でもなにしろ昔だしな、覚えちゃいねえ」

「確かに、遠くにちらりと見えたと思ったら、サッと隠されるからな」

「俺はまったく見たことがない」

「……なるほど」


 三人のなかで一番長くいるらしいエディンさんがそう言うと、ハリスンさんとアルバロさんがそれぞれ続く。

 私、しっかりはっきり見ています。とはどうにも言い出せない流れだ。


「見たことあるってやつから、不細工だったって聞いたけど、そうなのかエディン?」

「だから昔のこと、いやでも見えている範囲で不細工じゃないだろ」


 ますます会話に参加できない状況だ。果実水なんかの話で少し打ち解けたと思ったのに、私はその場ですっかり聞き役になっていた。


「なんつうか、もうあのフード込みでレオンの顔だよな」

「前に酔って引き剥がそうとしたことあるけれど、頭に怒られてボコボコにされてよ」

「レオンがお頭に?」

「いや、剥ごうとした俺たちが」


 つまり、そのお頭はフードの理由を知っているということだろうか。

 異常なのだけど、もうあまりに馴染んでしまった光景なので、みんなには不審とかそういう感覚が薄いらしい。背丈や気配は目立つから、同じようにフードを被ってレオンだと偽ることはかなり難しい。

 でも誰にも見せず隠して過ごして、息が詰まりそうになったりしないのだろうか。


「レオンのフード、そのお頭は咎めないの?」


 私はいつの間にか打ち解けてしまった口調で尋ねた。私はその噂のお頭さんにまだ会っていない。初めてきた時に壁越しに声を聞いただけだ。その時も荒々しくて怖い声で喋っていた人だったから、まあ会いたいとも思わない。


「ガウデーセはレオンのこと、弟みたいな感覚でいるんだ」

「ガウデーセ?」

「頭の名前だよ。覚えていたほうがいいだろ?」


 エディンさんはにやりと笑った。もうその話題は勘弁してください。そう思って動きで謝りつつ、私は教えてもらったその名前をしかと心に刻んだ。


「頭はレオンを後継に据えるつもりでいる」

「レオンもそのつもりで過ごしてきたろ」


 確かにここにきた日、壁の向こうから会話が聞こえた。報告しろと言っているガウデーセに対するレオンの口調は、他の人とは少し違っていた。

 恐れとか敬いではなくもっと別の、対等ではないけれど近い者同士といった感じだ。二人なりの関係がある。そんな気がする口調だった。

 エディンさんは器に残っていた酒を一気に飲み干し、空になった器を眺めながらぽつりと溢す。


「どこかで、やめさせねえとって思うんだ」

「エディンさん……」


 さっきエディンさんが言っていた相談っていうのが、そこに結びついているのではないか。なんとなくそう察した。

 でもそれは、私にどうにかできることなのだろうか。

 私は、ここの人達もずっと見ていないレオンの素顔を見た。それだけでもなにかの切掛けになるのか。

 考え込んでしまうと、暗くなった空気を明るくするためか、エディンさんが茶化すような口調で言った。


「ちなみに、レオンはお嬢のこともこっちに引き込むつもりだぜ」

「引き込むって私が盗賊になるんですか? 嫌ですよ、そっちがパン屋になれ」


 ぎょっとして思わず言い返す。エディンさんはぽかんとした表情になり、すぐにバタバタと足を動かして大笑いを始めた。

 そんな風に笑うエディンさんは、ハリスンさんもアルバロさんもあまり見ないらしく、なんだか微妙な表情になっている。

 まあ本気でパン屋を目指されても困るし、そんなに簡単じゃない。

 第一そうなったらまずあのフードをなんとかしなければ。

 でもあの整った顔のレオンが美味しいパンを焼いていたら、たぶん王都でも女の子の大行列が出来るパン屋に間違いない。それもなんか面白くないな、なんだろうこの感じ。

 もやもや考えていると、感心したようなエディンさんの笑い声が聞こえてきた。


「すげえな、さすがお嬢」

「そもそも、そのお嬢っていうのも盗賊っぽいからやめて」


 もうこの際だから、思っていたことも言ってみる。そう、ここのみんなは私のことを揃ってお嬢と呼ぶのだ。出どころもわからないけれど、敬われていたり揶揄われていたりといった感じもしないので理由がさっぱりわからない。

 エディンさんはまだ笑っている。


「それで、エディンさんはいつから?」

「なにを?」


 ようやく笑いやんだエディンさんに言うべきかどうか、私は少し考えた。

 お酒を飲みつつ溢した話だから、どこまで本気なのかわからない。けれどもまずは言ってみよう。格子があるからまあすぐに掴み掛かられはしない。


「盗賊ですよ、やめさせたいならまずエディンさんがやめないと」

「それはお嬢が正論だな」


 すぐに肯定してくれたのはアルバロさんだ。ただエディンさんは、ちょっと顔を歪ませて黙ってしまった。怒らせたのかもしれないけれど、仲間でもない私なりの効果というか響きはあったろう。


「俺だって盗賊なんて呼ばれたくねえ」


 小さな声が聞こえた。でもそれが誰の声なのか、その場の四人ともわからない振りをする。

 なんだかしんみりしてしまったから、今日の宴会はそこでお開きになった。

 広げる時は何往復もしたのに、片付ける時は一気にまとめられてしまう。最後に敷いていた布を畳んでいると、格子の向こうから尋ねられた。


「お嬢は言わないのか」

「ならないわよ、盗賊になんて」

「そうじゃない。帰してくれって言わねえな」


 そういえばそうだ。私はいつ帰れるのか聞いたことがない。帰して欲しいと、聞こえるように口に出したことがない。

 今日だってそうだ、こんなに色々なことを話したのに、私はエディンさん達にも出して欲しいとか帰してくれだとか全く言わなかった。

 そりゃ、怖いし帰りたいに決まっている。


「どうして私は言わないのかな?」


 声に出してみたけれど、私にもよくわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る