第6話 牢の部屋での過ごしかた
「お嬢、獲れた野菜はいるか?」
「はい、頂きます、ありがとうございます!」
私が笑顔でお礼を言うと、厳つい顔の男は格子の間から野菜の入ったかごを押し込んでくれた。確かにちょっと身が細いけれど、これは美味しくて充分に食べられる。葉だってスープに入れればいい。
山の上であるここでは、とても貴重な食材だ。そんな貴重なものを提供してくれた男に感謝して、頭の中で使いかたや献立を考える。使いみちをなんとなく決めると、格子の向こうの男に言った。
「出来上がったら味見をお願いできますか」
「よし、任せろ」
男は頷くと、口元を僅かに動かした。笑いかけてくれる人もいるけれど、強張った顔の男もいたりする。でも怒っているのではなく、彼なりの優しい顔なのだ。
山の上にあるこの集落は、そんな厳つい溢れ者が多い。本人たちも盗賊と括っているが、別に全員が荒々しく悪いわけじゃない。
不器用なんだ。
そう言ったのはレオンで、それは全てではないし間違ってもいない。中には粗暴だったり信じてはいけない人もいたりする。そんな人から守るために、私がいる部屋は格子と牢が欠かせない。
女だっていないわけじゃないが、レオンが女を連れ込んだのは始めて。そんなことを誰かが言っていた。
まず私は男たちの興味の対象だった。女など華やかな話題に飢えているらしい。
過ごし始めた数日は、好奇心だらけの男たちが次々格子越しにやってきた。レオンだって頻繁に私の部屋に来るわけじゃない。格子越しに変な笑いかたをしたり格子を揺すられて、怖い思いもした。
鍵を掛けたレオンの判断は正解だった。そんな風にしみじみ感じながら、私は奥の台所でパンらしきものを作ることに没頭した。王都の店で使っているような、上等な材料などここにはない。
ただ、そこにある物でどうにかしようと考えることは、私に怖さを忘れさせてくれた。
やがて私の台所がある格子の中からは、美味しそうな良い匂いが漂うようになってきた。そうなると、盗賊たちの反応も変わってくる。
ちらちらと格子の向こうから私の様子を窺っている姿が見え始めた。男が多いこの集落で、料理をしている私の姿は印象的だったのだろう。
そんな男がちらちら格子の外をうろつく中、レオンは相変わらずフードを被ったままだ。集落では外していると思ったのに、顔は晒さない主義らしい。もちろん、フードを被りっぱなしなんて人はレオンだけ、背の高さもあって逆にとても目立つから来るとすぐにわかる。
「多くないが塩と干した果物だ」
「ありがとう、レオン」
お礼は素直に言っておいたほうがいい。ここでは意地を張っても得することはないと数日で学んだので、受け取るときはお礼に笑顔を添える。
レオンはこの部屋に入ってくると、私しかいないからかフードを外す。
金の髪が覆っている布から解放され揺れる。
かっこいいのだから、別に隠す必要はないのに。それに目をつけられているとしたって、ここは暮らしている集落だろう。どうしても気になった私は、ついレオンに聞いてみた。
「どうしてフードを被りっぱなしなの?」
「別に、たいした理由じゃない」
その割にレオンは頑なだ。たいした理由じゃないとは思えないけれど、あまりしつこく探って怒らせるわけにもいかないから、私はそれ以上聞くのをやめた。
私をすぐに帰す気はないみたいだけど、いちおうレオンなりに気づかってくれる。ここでお菓子なんて高級品は手に入らないけれど、なにか手に入れば分けてくれた。
といっても格子越しにいるかと差し出して見せ、水汲みを手伝ってくれる。レオンがしてくれるのはその程度だ。
てっきり私は、働かされるか売られるかと思っていた。けれどレオンにはそんな素振りはない。
他の男も暇つぶし程度に覗きに来るが、格子があるから大きな事件は起こらないし、拍子抜けするくらい静かな日もある。
「このパンまた少し工夫したの、食べてみて」
「前よりも形がいいな」
「でしょう、まあ相変わらず硬いけれど」
レオンが来てくれると、私も作った料理を渡す。
作ったパンもどきは、少し硬くてもスープに浸せば美味しく食べられるよ。そう説明しながら、私がレオンにパンやスープを差し出す姿は、しっかり見られていたのかもしれない。
「なあ、お嬢」
「私のことですか?」
「他にいねえだろ」
レオン以外の男が格子越しに話しかけてきたのは、夕方前だった。
そんな呼びかた、私が盗賊の一味みたいじゃない。そうは思うがやめてとも言えないので、そこは飲み込んで恐る恐る格子に近付く。
私は格子の中でパンや料理を作って過ごしているが、ただ自分のぶんだけ作って食べているわけでもない。貰った材料は有効に活用して、レオンに渡していた。好印象と利用価値の主張のためだ。
「これどうやって食ったんだ」
「どれですか?」
男が持ってきたのは、ある野菜の葉だった。それは確かに見た目も草だ。実際に実は食べているらしく、葉だって食べられないことはない。それでも基本的に葉は、乾燥させて馬の餌などにしているらしい。
馬が食べられるなら、人だっていけるのではないかと私は考えた。現に食べている人だっているらしいし。
ようするに捕われていた私は暇だったのだ。だから草や食材を余らせず食べたり、パンに練り込んだりする術を模索することがすっかり趣味と化しつつある。せこい趣味かもしれないけれど、まあ貧乏の延長だ。
「お鍋でさっと茹でて、それから揚げます」
「揚げるだけじゃだめなのか?」
「最初に少しの塩で茹でないと、苦いままなんですよ」
わかりやすく説明してあげたけれど、男は野菜を格子越しに見せたままだ。
しばらく考えた男は、ずいっとその野菜を私へ突き出した。
「お嬢が、使ってくれないか」
「貰っていいんですか!」
「食えるなら食ってくれ」
手間はかかるが私には時間が充分にある。これはとても立派な夕ご飯のおかずだ。
私は少し考えてから、格子越しに伝えた。
「じゃあ、陽が落ちる前にまた来てください。食べられるようにしておきます」
「わかった、じゃあまた来る」
私の申し出を聞いた男は、途端に表情が明るくなった。ひょっとしたら私にそうして欲しくて、野菜を持ち込んだのだろうか。捕らえて連れてきたのなら、炊事係にでもすればいいのに。素直じゃない男がなんだかおかしい。
ただいつの間にか、そんなことをする男はその人だけじゃなくなった。人によっては格子越しに私の話を聞いて、使えそうな食材や調味料の情報を得ていく。
そんな調子でレオン以外からも、材料や色々なものが貰えるようになってきた。
望んだ食材が手に入る場所じゃないから、あるものだけを使う。けれど粉や塩は最初に日にここに置いてあったものよりも、ずっと良い品が手に入るようになった。
どんなに焼いても硬かったパンは、工夫と材料でだいぶマシに焼けるようになってきた。手に入った材料を目一杯使って作ると、自分が食べる分を数個だけ残しあとは男たちに出す。
ここで暮らしているみんなは、山菜や食材の保存に関しては私より詳しい。そんな人からは、情報交換して下ごしらえの方法や食べかたのこつを聞いたりもする。
そんな風に私はこの部屋で過ごしていった。
ただ部屋に掛かったままの大きな鍵を見ると、私はいつまで安全でいられるのだろうか、そんな不安だって考えてしまう。
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