第16話 ランニング
「家でずっとゴロゴロしてたら駄目でしょ?」
昼食を食べ終えて、テレビを見ながらソファで横になっていると母から注意を受けました。
「夏休みの宿題はきちんと計画的にやってるよ」
「友達と遊ばないの?」
「昨日、遊んだし」
「じゃあランニングね」
「……は?」
「このままだと太っちゃうじゃない」
「太らないわよ」
「体重増えたって嘆いてたじゃないの」
「そ、育ち盛り……だから」
◯
本当に意味がわかりません。
少しゴロゴロしてただけで太るでしょうか。
私はしぶしぶランニングをしています。
コースはいつも通りの公園の外周。
坂道はきつく、まだ私の体力では走って登りきることはできません。
ですので駆け足ぎみに少しずつ登ります。
「えらいマシになったな」
後ろから声を掛けられました。
「伊吹じゃない」
私はペースを落とします。
「おう。ストラックアウトでは世話になったな」
「別に」
「じゃあな」
と言って伊吹は走って坂を登ります。
でも──。
「バテるの早すぎでしょ」
「しゃあないやろ。キツいんや」
伊吹はボテボテと歩いています。走ったのはほんの数秒。
「てか、自分かて歩いとるやんけ」
「駆け足だし。じゃあね」
と私は伊吹を追い越しました。
「待てや」
伊吹が追いかけてきます。
◯
公園の西口から園内入り、私と伊吹はベンチに座って休憩しました。
「私はまだしも、あんたキャッチャーでしょ。体力無くてもいいの?」
私は首を垂れ、肩で息をして言う。
「アホ。キャッチャーは座ってるだけや。それともなんや自分、キャッチャーするって言いたいんか?」
伊吹も私と同じく首を垂れ、肩で息をしている。
「しないわよ。なんでそうなるのよ。せめてやるならピッチャーでしょ」
「ピッチャーはさせへん!」
伊吹は素早く返答する。そこには強い意志が込められています。
「分かってるわよ。てか、ピッチャーいるの?」
「おう。決まったで」
「それは良かった」
私がそう言うと伊吹はこちらに振り向きました。
「ホンマにええんか?」
「え?」
「ホンマは自分がピッチャーしたいんやないんか?」
「ないない。私は親に言われて無理矢理ピッチャーさせられそうになってただけよ」
「でも上手いやんけ。この前のストラックアウトだって全パネルぶち抜いたやんけ」
「まぐれよ」
もう。どうして皆はストラックアウトでそんなに買い被るの?
「野球好きやないんか?」
「そんなに? 嫌いってほどでもないけど、好きってほどでもないわね」
「ああ、そういえば自分、野球用語とか知らんかったもんな」
フォアボールやクリーンナップも勝負の時に知ったのよね。たぶん他にも知らないことあるだろうな。
「ねえ、伊吹は私がピッチャーやるのを嫌がってたけど、どうして? やっぱメンバーでない赤の他人だから? それとも野球知識がないど素人だから?」
「どっちもちゃう」
「梅原ファルコンズは自分で倒したいってこと?」
「梅原ファルコンズは嫌いやけど目の
「プールの時、いがみ合ってたじゃない」
「あれは向こうが癪に触ることを……」
癪に触る。確か母もそんなことを言っていた。
「ねえ、梅原ファルコンズとはどうして仲が悪いの?」
「そりゃあ梅原は優遇されてるからやろ。それにあっちの態度が気に食わんやろ」
大人の問題が子供にも作用しているのかな?
「次の試合は大事なの?」
「大事や」
「だから私は駄目ってことね」
「ちゃう」
「え?」
「次の試合はウチにとって大切な試合なんや。ホンマはお前を迎えても問題はないんや」
伊吹は両指を絡めます。
「わけがあるの?」
「婆ちゃんや」
「それって、伊吹の?」
「ああ。ウチの婆ちゃん、サクラヤマ・ファイターズの元監督でな」
「前の監督だったのね」
「ちゃう。だいぶ前や。辞めた時が約三十年くらい前や」
「そう」
私達が生まれる前の話か。もしかして親世代のときかな。
「で、最近は痴呆がきてな。お盆の後に老人ホームに入るんや。あっ! 別にあれやで、その、面倒が嫌やからとかでなく、ウチも来年は中学やし、色々大変やから」
伊吹は尻窄みに答える。
わかってるとは言いたかったけど堪えた。こういう時は安易にわかったふりをしてはいけないと習っています。
「で、老人ホームに入ったら試合にも見に行かれへん」
「なるほど。つまり次がラストと」
「せや。だからサクラヤマ・ファイターズの力のみで勝ちたいんや」
「わかった。頑張ってね」
「ああ」
伊吹は口端を伸ばしてサムズアップする。
◯
試合前日の夜、夕食の席で母から、
「明日は試合だから応援に行くわよ」
「へ?」
「応援よ」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ友達の由香里ちゃんも出るんだから応援に行かないと」
何を薄情なことを言ってるのという顔をする母。
「いや、大丈夫でしょ」
「ダーメ。明日は応援。だから今日は夜更かしせず早く寝なさい」
「えー!」
「そうだ。あなた、カメラ持ってたよね」
と母は父に聞く。
「うん。あるけど」
「明日使うから貸してね」
「いいけど。ネガはあったかな?」
「え? ないの?」
「あとで確かめてみるけどないと思うよ」
「もー!」
「急にいわれても、なあ?」
と父は私に振ります。
「ほんとよ」
私は溜め息交じりに答えます。
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