第17話 試合①

 昨夜の母の言葉は冗談だと淡い期待をしていたのですが、残念ながら叩き起こされました。そして──。


「……」

「似合ってるじゃない」

 母が私を見て、満足げに言う。


「……」

「もう。どうしてそんなにムスッとしてるのよ」


 私の態度に母は困ったように眉を八の字にします。


「いや、なんでユニフォームを着なきゃいけないのよ」


 そう。私は応援のはずなのにサクラヤマ・ファイターズのユニフォームを着せられています。白地にピンクのボーダー。そして背番号あり、名前ありです。


「だって応援だし」

「いやいや、なんで応援でユニフォームなの?」

「チアって、そうでしょ?」

「絶対違う!」


 ……たぶん。


「ほら、ポンポン持って」


 母は私にピンク色のポンポンを手渡します。


「かわいい、かわいい」

「……」


 ちょっと納得がいかないので、文句を言おうとしたその時、チャイムが鳴って邪魔されました。


「お、来たわね」


 誰だろうと私は父に目で聞きましたが、父も首を傾けて分からないと告げます。


「こんにちは」


 リビングにやって来たのは母の友人、木ノ下唯さんでした。


「久しぶり。大きくなったねー」

 木ノ下さんは私を見て言います。


「どうも」

「第二次性徴期過ぎたからね。まあ、背ばっか大きくなって中身は同じよー」

 と母が笑いながら言います。


 ちょっとイラッときます。


「どうして木ノ下さんが?」

 と父が聞きます。


「唯も一緒に応援に行くのよ」

 父の問いに母が答えました。


「?」

「もう旦那さん困ってるでしょ。私は仕事」

「そうそう。仕事ね。で、私がカメラマン」

 と母は紐で首からぶら下げたカメラを掲げて言いました。


 それで昨日、カメラがどうとか言ってたのか。


『……はあ』

 私と父は言葉を漏らします。


「でも、ネガはないけど?」

「あ、大丈夫です。持ってきましたので」


  ◯


 梅原ファルコンズとの親善試合は地元国営公園にある学童野球場で行われるとのことです。


 天気は快晴で風もなく試合日和。


 私と母は一塁側のサクラヤマ・ファイターズベンチに向かいました。


「なんやその姿。てか、なんでおんねん」

 さっそく伊吹からツッコミを受けました。


「……応援よ」


 私は目線を下にして弱々しく返事をし、ポンポンを持ち上げます。


「応援って……まじかいな?」

「……私に聞かないで。私も応援だなんて昨夜聞いたんだから」


 私の雰囲気から色々察したのか伊吹も、

「そうか。……大変やな」

 と、それ以上は聞きません。


 母は友達である岩泉監督とあれこれと話しをしています。そして、


「それじゃあ私は応援席に行くから。頑張って応援するようにね」

「は? え?」

「ここで応援よ。ね?」

 と母は岩泉監督に聞きます。


「うん。君はここで応援だ。よろしく頼むよ」

「……え?」


 私は伊吹達に振り向きます。


「マジで?」


 誰か助けてという視線を向けます。

 しかし、誰も目を逸らし助けてはくれません。


「待って! 本当に意味わかんない。まじここで応援?」

「玲、頑張って応援するのよ」

「うん。君はここでしっかり応援だ」


  ◯


 そして両軍の挨拶が終わり、一回表サクラヤマ・ファイターズの攻撃が始まろうという時、


「あれ? あのおじさんは?」


 トレーニングウェアを着た初老前くらいのおじさんがピッチャーマウンドに立ちました。左手にグローブをはめ、右手にはボールを握っています。


「玲、あの人は市長だよ」

 由香里が呆れたように言います。


「ああ、そうでした。で、何してるの?」


 今日は女子学童野球チームの対決のはず。


「始球式よ」

「ああ! はいはい。知ってます」


 そしてアナウンスが流れ、始球式が始まった。

 市長が投げたボールはワンバウンドしてキャッチャーミットへと入る。


  ◯


「梅原ファルコンズって強いの?」

「接戦で県大会準優勝。さらに優勝したチームが高円宮賜杯で優勝したからね。実質全国クラスよ」


 由香里が教えてくれますが、

「たかまど……何?」

「高円宮賜杯。少年甲子園よ。全国大会ってこと」

「へえ全国大会で優勝したチームと接戦したってことか」


 それはすごいチームだ。でも前にホームページを伺った時は書いてなかったような。


「それいつのこと?」

「県大会は先月。高円宮賜杯は今月。昨日決勝があった」


 つい最近だったのか。少年甲子園か。初耳。


「へえ。相手強豪じゃないの。大丈夫なの?」

「大丈夫や。目の前のチームは一軍の男子を除いたチームや」

 伊吹がなんでもなさそうに言います。


「でもエースの峯岸愛美がいるでしょ」

 と由香里が言う。


「そうやな……って、ピッチャー違うぞ」


 今、ピッチャーマウンドに立ってるのは峯岸ではなく知らない子です。


「本当だ。峯岸はライトだ」


 ライトの守備に峯岸がいます。


「舐めてるな」

 伊吹が苛立ち気に言います。


「こうなったら引き摺り下ろしてやる!」

「そこ! 始まったぞ。応援しろ!」

『はい』


 岩泉監督に注意され私達は応援を始めます。


  ◯


 ツーアウトで3番の子がツーベースヒット。

 チャンスで4番由香里の番がやってきた。


「打っちゃえー」、「いけー!」


 ベンチにいる私達は声を上げて応援します。

 由香里は首を縦に振り、応えます。目には強い意志を感じられます。


 そして由香里はバットを構えます。

 ピッチャーがボールを投げ、由香里は大きく振りかぶりました。


 ダン!


 初球打ちです。

 由香里の打ったボールはライト前に落ち、3番の子は駆けてホームへと戻りました。


「よっしゃー!」

 伊吹は拳を上げて喜んだ。


「純! 続けー!」

「続けー!」

 私も伊吹に続いて声を張り、応援した。


 バン!


「バッターアウト!」

 しかし、残念なことに凡打に終わった。


  ◯


 1回表サクラヤマ・ファイターズの攻撃が終わり、1回裏梅原ファルコンズの攻撃になりました。


「大丈夫や」

「うん」


 代理のピッチャーは少し緊張していまた。


「おもいっきり投げてきな!」

 岩泉監督もピッチャーの肩に手を置き、励まします。


「はい」


 代理ピッチャーは最初こそはぎこちなく、ボールのキレもよくありませんでしたが、なんとか1失点で仕事を成し遂げました。


  ◯


「ごめん。取られた」

 ベンチに戻るとピッチャーの子が謝ります。


「1点や。気にすんな」

「そうよ。梅原ファルコンズといい勝負しているじゃない」

 伊吹と由香里が慰めます。


「ここで点入れんで!」

『おー!』


 2回表は一、三塁で1番がヒットを打ちサクラヤマファイターズに追加の1点が入った。

 その裏、サクラヤマ・ファイターズのピッチャーは無失点で抑えた。


 2-1。サクラヤマ・ファイターズが1点の優勢。でも1点では安心してはいけません。ホームラン一本で同点なのですから。


「よし! 3回表はクリーンナップからや。バンバン点入れんで!」


 伊吹が皆に声をかけていた時、


「おい! ついにエースが降りて来たぞ!」


 岩泉監督の声に私達はピッチャーマウンドを見ます。そこには峯岸が立っていました。


「ついにきたな! エースだろうが打ったるで!」

『おー!』


 皆は強く意気込みます。


 けれど、3回表は3番がヒットを打ったが後続の3人が連続凡打。

 さすがはエースと言ったところでしょうか。


 逆に3回裏、好投を続けていたサクラヤマ・ファイターズのピッチングが荒れて満塁のピンチに立たされました。


「頑張れー!」


 私は力一杯応援したけどヒットを打たれて2点取られてしまった。

 2-3。梅原ファルコンズに逆転されました。


「交代だな」


 と言い、監督はピッチャーをライトの子と交代させました。中継ぎピッチャーの球速は先発の子に比べるとだいぶ遅すぎですが、先発の球速に慣れたバッターからするとタイミングがズレて打ちにくいようです。


 中継ぎのピッチャーはフライでアウトを取りました。でもそれが犠牲フライで1点が向こうに入りました。

 その後、交代された子はなんとか犠牲フライの失点1だけで守り切り4回表へ移ります。


「まだ2点差や。取られたぶんは取り返すで!」

『おー!』


 けれど3回と同じ様に一人目の子はヒットさせましたが三者凡退であっけなく終了。


「まだまだや!」

『おー!』


 伊吹が守備に着こうとベンチから出ようとした時、岩泉監督に呼び止められました。岩泉監督は伊吹に耳打ちします。


「え!?」


 伊吹は驚き、そして何故か私を見ます。


 ん? なんでしょう?

 なんか複雑な顔で私を見る伊吹。その後、ベンチを出て行きました。


 そして4回裏。

 後続のピッチャーはいきなりヒットを打たれました。


「ううん! 急拵きゅうごしらえではやはり無理か」


 監督は腕を組み、眉間に皺を寄せて、唸ります。

 その後、3回と同じように満塁に。そこへヒットを打たれて2点を取られました。


 2-6。4点差に広げられました。


 タイムを告げてピッチャーを交代させます。

 しかし、次は誰に交代させるのでしょうか。


 ん?

 監督が私の方を向いています。そして私に近づいてきます。

 え? 何?


「玲君」

「はい」


 嫌な予感しかありません。


「投げれるね」

 監督は私の両肩をがっしり掴んで聞きます。


「え? 無理です。私、チームメンバーでないんでしょ?」

「大丈夫。一応登録はしてるよ」

「え? なんで?」


 前に勝負に負けたから私は出場できないはず。


「これは非公式戦かつ交流試合だからね。色々できるのさ」

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