第14話 プール②

 昼食後、ピロティエリアで人集ひとだかりを発見し、私達はなんだろうと向かいました。


 どうやらピロティでイベントがあり、人集りが出来ていたようです。イベントはお祭りの出店のような子供向けのミニイベント系。


「あれ? 来た時こんなのあったっけ?」


 来る前はピロティエリアでイベントなんてやっていませんでした。


「なんか昼からのイベントだってさ」


 紗栄子が看板を指して言います。その看板には夏の子供イベント祭りと書かれていて、その下に昼12時から夕方16時までと書かれています。


「ちょっと見ていこ」

『うん』


 小学生以下であれば誰でも無料で参加できるということで私達も輪投げや射的などに参加しました。


 特に射的はグループ別けされ、そのグループの中でより多く、時間内に水鉄砲で紙でできた的を濡らして潰せるかという競技で、かなり白熱しました。


 そんな中、私は伊吹の声を聞きました。少し荒げた感じです。


 声の方を向くとストラックアウトのコーナーで伊吹はある女の子達を睨んでいました。


 誰だろうと窺うとランニングの時に会った子です。名前は忘れましたが確か梅原ファルコンズの子です。


「そこまで言うなら勝負だ!」


 伊吹が女の子に指差して挑戦状を叩きつけます。


「まあ、いいですわよ」


 挑戦状を叩きつけられた女の子は物涼しい顔で受け取ります。


「ねえ、あれ逢沢達だよね。何やってんの?」


 事情を全く知らない紗栄子が不思議そうに聞きます。


「たぶん因縁の相手で、あれこれあって伊吹が怒ったんでしょ?」

「へえ」


 まず伊吹が先にストラックアウトに挑戦します。


 ストラックアウトは縦横3×3のパネルをボールで撃ち倒す競技。上段左上のパネルから右へと1、2、3。中段左から右へ4、5、6。そして下段左から右へ7、8、9と並んでいる。


 ボールの使用制限は12球。けど球数がパネルの数より少なくなればそこで終了。ボールは野球ボールではなくおもちゃのカラーボール。


 伊吹がカラーボールを掴み、そして投球。


 球は中段右6番に当たる。


「よし!」


 伊吹は一度、「どうだ」という感じで女の子に振り返ります。


 それに対して女の子はたった一つで何をそんなに嬉しいのかと嘲笑。


 フンッと鼻を鳴らして伊吹はパネルに向き直り次のボールを投げます。


  ◯


 結果、伊吹は5枚のパネルを撃ち抜きました。

 それにはギャラリーも拍手していました。

 どうやら今までの中で最高記録のようらしいです。


「どや!」

「どやと言われましても。まあ、私の華麗なる投球をご覧下さい」


 と梅原ファルコンズの女の子はストラックアウトに挑戦します。


  ◯


 そしてその子はパネルを7枚撃ち抜きました。


「ま、こんなものね」


 梅原ファルコンズの女の子は勝ち誇った笑みを伊吹に向けます。


「くっ」


 伊吹は悔しくて苦虫を潰したような顔になります。


「ウチのエースならこれくらい当然よねー」

「ほんとほんと。よく挑戦する気になったよねー」

 と女の子の取り巻き達が伊吹を小馬鹿にしながら言います。


「まだ終わってへん。由香里、純!」


 しかし、


「普通に無理だけど」

「わ、私も自信ないよー」

 二人は無理だと言う。


「なんでや!」

「私達はバッターだし。ピッチングはねえ?」


 由香里は純に同意を求めます。


「うん。難しいよ」

「投球やっとるやろ」

「でも」


 由香里は難しい顔をします。


「無理強いはよくなくってよ。さっさと敗北をみとめたら?」

「なんやと!」


 伊吹が梅原の女の子に敵意を向けます。


 それを見て、とうとう由香里達は溜め息を吐き、

「分かった。やるよ」

 と、どこか諦めたように言い、ストラックアウトに挑戦します。


  ◯


 そして結果は由香里が3枚。純が2枚でした。


 見事な惨敗。


「お分かり?」


 梅原ファルコンズの女の子は完全に勝ち誇った笑みを伊吹に向ける。


「ふん。試合では負けへんで」

 と伊吹は言い残して、その場から去ろうとします。


「ぷぷ。試合だって」

「ゴールドになるかもねー」


 取り巻きの女の子達はくすくす笑います。


 それを背中で聞いた伊吹は「けっ」と言い、怒り肩で去ります。


「えー。では次の参加者はいませんかー?」


 イベントのお姉さんがギャラリーに聞きます。


 しかし、次に続こうという子供達は現れません。


「9枚全部撃ち抜くと『とっとこナオ太郎』の浮き輪が貰えますよー」


 イベントのお姉さんは腕に巻く『とっとこナオ太郎』の浮き輪を掲げます。


 それに反応したのは紬でした。


「ナオ太郎!」


 目がすごくキラキラしています。


「紬、ナオ太郎好きだったの?」

「うん。超好き。最近ハマった」


 テンション高めに頷く紬。


『とっとこナオ太郎』はつい最近始まったコアラがメインのアニメです。で、タイトルにもなっているナオ太郎はそのアニメの主人公。


「そこの子、挑戦します?」

「します!」


 紬は舞台へと向かいます。


「あら? 貴女はあの時の……」


 梅原ファルコンズの女の子が私に気付きました。でも、私の名前が出ないようで。てか、名乗ってないですから。


「あー、どうも園崎玲です。そちらは……」

「峯岸愛美よ」


 そうだった。そういう名前でしたね。


「あーダメだった」

 紬はすぐに戻ってきました。


「え、早くない?」

 名乗りあってる内に終わったの!?


「0枚だった」

「全然じゃない」

「うー。……ねえ玲、代わり取ってきて」


 紬は手を合わせて、こちらの顔を伺う。


「ええ!?」

「玲、ストラックアウト得意じゃん。前に制覇したって自慢してたじゃん。ねえ、お願ーい」

「あら貴女、得意なの? 面白いわね」


 どこか挑戦的な目を向ける峯岸愛美。


「ついでに伊吹って子のかたき打っちゃいなよ」

 紗栄子がこっそり耳打ちします。


「ええ!?」

「玲お願い!」

「うぅ!」


 半ば強制的に私はストラックアウトに挑戦することになりました。


  ◯


 1投目。


 バン!


 私が投げたボールは真ん中の5番パネルをぶち抜きます。


「見事命中。真ん中5番を当てました!」

 イベントのお姉さんがマイクを使い、ギャラリーに説明します。


「まあ、最初ですから運良くどこかには当たりますわね」

 と峯岸は余裕な分析をする。


 2投目。


 バン!


「今度は2番。連続で当てました!」

「あら、やりますわね」


 3投目。


 ババン!


「おおと! 今度は3番と6番の2枚抜きだ!」

『おおぉ!』

 2枚抜きにギャラリーはどよめきます。


「……運がよろしいのね。でも、ここから難しくなりますわよ」


 4投目。


 ババン!


「7番と8番。ま、またしても2枚抜き! なんということでしょう!」

「……」


  ◯


 そしてとうとう私は──。


「かっ、完全制覇! なんということでしょうか。一度もミスをせずに全パネルを撃ち抜きました!」

 イベントのお姉さんはハンドベルを大きく鳴らします。


 そしてギャラリーからは拍手喝采が。ギャラリーもストラックアウト挑戦の途中から「なんか向こうですごいことが起こってる」とかで、いろんなイベントにいた人がぞろぞろと集まってきていました。


 なんか恥ずかしい。


「賞品の『とっとこナオ太郎』の浮き輪でーす」

「ど、どうも」

「やったー!」


 私よりも紬が満面の笑みで喜びます。


「それと13時の部、最優秀賞として賞状をどうぞ」


 賞状!? そんなのまであるの!?


 ラミネート加工されたポストカードサイズの賞状を渡されました。

 受け取るとギャラリーからまたしても拍手が。

 舞台から降りて私は『とっとこナオ太郎』の浮き輪を紬にあげます。


「ありがとう玲。家宝にするね」

「おおげさな」


 そこへ峯岸が、

「やりますわね貴女。素直に負けを認めますわ」

「別にあんたと勝負したわけではないんだけど」

「次は試合でしたわね。楽しみですわ」

「いや私、出ないし」

「お互い正々堂々勝負しましょう」

 と言い、峯岸愛美と取り巻きは去って行く。


 話通じねー。


「ねえ、賞状貰ってたけどなんで?」

 紗栄子が私が持つ賞状を指差します。


「なんかイベントのお姉さんが13時の部って言ってたけど」


 賞状にも13時の部と書いてある。


「たぶん。一時間ごとに、その時間の最優秀を選ぶんじゃない?」


『とっとこナオ太郎』の浮き輪を二の腕に装着して紬は言う。


 柱に掛けられている時計を見ると14時ジャストだった。

 なるほど。私が13時の部ラストで。ストラックアウトを制覇したので最優秀となったわけね。


「にしてもマジで制覇しちゃうから、びっくりだな」

 紗栄子は感心したように言う。


「まぐれよ」

「本当か? 峯なんとかって奴、次は試合でって言ってたぞ」

「出ないって言ったんだけど」

「ん? それって出る予定だったということ?」

「予定ではね」

「えーなんでなんで?」


 ……これは説明しないといけないのかしら。

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