第12話 ヤングケアラー

 ランニングで逢沢達とまた出くわしたが、


「あれ? 今日は伊吹はいないの?」


 伊吹の姿がなく、逢沢と星野の二人だけです。


「ええ。伊吹は用があるから遅くなるんだって、それで今日は二人でランニング」

「用って何?」

「お婆ちゃんの世話だよ」

「純!」

「え? ……あっ!」

 純は慌てて口に手を当てます。


「お婆ちゃん?」

「その伊吹のお婆ちゃん、脚が悪いのよ。あと、ちょっと認知入ってて」


 それってヤングケアラーというやつかな?

 子供が親に代わって祖父母の面倒をみたり、家事手伝いをするという。

 この前のスーパーの買い物もそれだったのでしょうか。


「それは……大変だね」

「うん。じゃあ」

 と言い、二人は走り始めました。


 私は二人に追いつけないので独りでランニングをします。というか置いてけぼり。


「……にしても本当にきつい。いつになったら慣れるのよ」


  ◯


 公園外周を一周したところで私は伊吹に会いました。

 正確には坂を登っているときに後ろから抜かされました。


「なに歩いとんねん」

「アホ、2周目よ! てかあんたも歩いているでしょうに」

「早歩きや」

「おんなじ!」


 私はずいずい前を歩く伊吹の背に言葉を投げます。


 まったく! こっちは2周目で疲れてるのよ。


 坂の上に辿り着くと伊吹が膝に手を当て、呼吸を整えています。


「何? もうバテたの?」

「ちゃうわ。急いで来たから体力がなくなっただけや」


 それは遅刻したそっちが悪いんでしょと言いたかったが、祖母の手伝いがあってのことらしいので言わないでおこう。

 私は足を動かし、先へ進みます。


「なんや、なんか言わんのか?」

 伊吹も足を動かし、私に問います。


「お婆ちゃんの面倒かなんかでしょ?」

「面倒ちゃう。手伝いや!」

 伊吹が険しい顔で怒ります。


「そう。ごめんね」

「由香里から聞いたんか?」

「……この前のスーパーよ。あんた、紙おむつや弁当買ってたでしょ?」

「ああ、それでか」


 嘘です。由香里達から聞いてのことです。

 なんとなく由香里達の名前は出さない方が良いと思いました。

 他人から自分の家事情を喋られるのは気持ちが悪いでしょうから。


「じゃあ、私は公園内で休憩するわ」

「もう休憩か?」

「だから2周目って言ったでしょ」

 私は額の汗を手の甲で拭いながら言います。


「そうか」

 と伊吹はランニングを続けます。


 1人残された私は公園西口から園内に入ります。

 ランニングとは不思議なもので止まった瞬間、一気に疲労が訪れます。


 もう動きたくない。帰りたい。

 頭がもうやめろと信号を流します。


 ベンチに座り、シャツの首元を掴んではだけさせ、中に夏のぬるい空気を入れます。ぬるい空気でもないよりはましで、多少は楽になりました。


「あっつうい」


 大きく息を吐くと腹筋がきゅーと締まります。


  ◯


「最近ヤングケアラーって増えてるの?」

 夕食後、私は母に尋ねました。


「増えてるというか、認知されはじめているってとこかしらね」

「どういうこと?」

「よく考えてみなさい。少子化かつ核家族が増えているのにヤングケアラーが増えているのっておかしいでしょ」


 確かにそう言われるとおかしい。


「それに最近ではあちこちの役所が変に力をいれているせいかヤングケアラーの基準も地域によってバラバラなのよね。あんたも前に学校でアンケートをとらされたって言ってたよね」

「うん。でも、ウチは核家族だから最初の項目にチェックして終わった」


 最初の項目は祖父母と暮らしているかであった。『いいえ』にチェックするとそこでアンケートは終了。たぶんクラスメートの半数ほどもそれで終了したはず。


「他はどんな項目だった?」

「ええと、祖父母と暮らしている子は……家事手伝いをしたことがあるか。で、その次が週何回手伝っているかだったかな。あとは……最後に祖父母の容体だっけ。老眼とか足腰悪かったり、認知症だったりしますか? みたいな」

「……最後の項目は老眼とか足腰、認知とかを一括りにしているわね。どれか一つでも当てはまれば『はい』にチェックなんでしょうね」


 母が呆れたように息を吐き、

「たぶんそれら全てのチェック項目に『はい』を選ぶとヤングケアラーと認定されるんでしょうね」


 なんでしょうか? 先程から母の言葉に少し棘があります。


 それに母も気づいたのか、

「別に間違ってはないわよ。ただ今さら感があるのよね。それに役所はヤングケアラーの数を調べて、その後はどう対応するのかって感じよね」

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