第11話 キャッチボール

 勝負には負けたが月謝は払っているからというわけでラボでの練習は続いていた。その練習も今日が最終日。


 でも、練習といっても矢のついたボールを向こうのストライクゾーンサイズの板に当てるだけ。私は黙々と矢のついたボールを投げ続ける。


 それを一時間ほど投げ続けて、練習を終わらせた。


 最後の一球を投げ終えて、私は大きく息を吐いた。


「前より格段に良くなってるわね」


 知った声に振り向くと逢沢由香里がいました。


「どうしてここに?」

「私もここでバッティング練習しているのよ」

「そうだったんだ。知らなかった」


 まあ、それも無理はないだろう。今、私がいるのはピッチングエリアでバッティングエリアは別の建物にある。


「もしかして伊吹達も?」


 伊吹達の姿を探し、周囲を見渡します。


「ううん。ここへは私だけよ」

「なんだ」

「勝負の時、ピッチングが上手だったから、まさかとは思ったけど、ここで練習していたんだね」

「上手? 三者ヒットでやられたんだよ」


 しかも由香里には初球打ちされたし。


「そりゃあ、学童野球だもん。変化球もなしなんだから。打たれてもおかしくはないわよ」

「あれ? それって私には初めから不利だったってこと?」

「そうとは限んないわよ。打つことはできてもヒットにしなきゃあ」

「私は全部ヒット判定だったから、やっぱり駄目だったのか」


 私は肩をすくめる。


「んー。でも、最後の純の時はフェアだったじゃない。惜しかったよ」

「そう?」

「でも負けたけどね」


 由香里は意地悪っぽく笑う。


「もう! 持ち上げるのか下げるのかどっちなのよ!」


 私は頬を膨らませて抗議する。


「ごめんごめん。でも、勝負の後で伊吹がやばかったと言ってたよ」

「ふーん」


 でも負けは負けだけどね。


 その後、私達は一緒に帰りました。


  ◯


 今日は前からの約束で父とキャッチボールをする日で、私と両親と共に公園にきています。


 そして今いるここは公園の中で芝が広がったエリアです。

 私と父は他の人に迷惑にならないよう人気ひとけのない場所に移動します。


「よーし。投げるぞー」

 と私から離れたところで父が元気よくボールを持った右手を振って言います。


 母はというと私と父がいるところから離れた場所でレジャーシートを敷き、その上で寛いでいます。


「ゆっくりねー」


 いくら野球練習をしていても成年男性ほど速くは投げられませんし、キャッチも上手くありません。


「おう」


 父はゆっくりとボールを投げました。


 ボールは弧を描き、私に向かってきます。

 それをキャッチして、私は投げ返します。


「良い球だ! ピッチャーになれるぞー」


 ボールを受け取った父は嬉しそうに言い、投げ返します。


「なれなかったわよー」

「そうだったな。ごめんごめん」

 そう言って父はボールを返します。


「スマホの約束は絶対だからね」

「分かってるよ」


 そして何度かボールと言葉を投げ合ってると、


「今、好きな男の子はいるのか?」


 ……なんでそんな質問するの? ここ外だよ。ハイになって常識が欠如したの?


「い・な・い!」


 私は怒りであらぬ方にボールを投げます。


「どこ投げてんだよー」

「あーごめん。もう疲れたわー」


 あらぬ方に転がるボールを追いかける父の背に私は心のない謝罪の言葉を投げる。


  ◯


 キャッチボールの後はレジャーシートの上で昼食しました。


 昼食は母が作ってくれた弁当です。大きなタッパーにおにぎりと卵焼き、タコさんウインナー、ミートボール、エビフライが入っています。


「運動会の弁当みたいだな」

 父が笑顔でいいます。


「こういうのもいいな」


 父はタッパーからおにぎりを摘み、食べ始めます。


「えらい機嫌が良いわね」

 母が父に向けて言います。


「大人になると運動ができないからね。だから今日は良い運動なったよ。またキャッチボールしような」

「え、普通に嫌」

「……なんで?」

「だって変な質問するし」

「変な質問?」

「好きな男の子とかさ。そういうのウザい」

「次からはそんな質問しないから」


 父は慌てて手を合わせて謝罪します。


「な?」

「……」


 私は無視して卵焼きを食べます。

 父は母に目で助けを求めます。


「玲、許してあげなさい」


 私は息を吐き、

「……分かった。またキャッチボール付き合ってあげる。でも変な質問とかはしないでね」

「しないしない」


 安っぽいな。


  ◯


 2日後、父は筋肉痛で右腕を痛めていました。


「痛ーい!」

 父は右肩や右腕を揉みつつ言います。


「どうしたの?」

「2日前のキャッチボールで筋肉痛だよ」

「あれだけで?」

 母が呆れたように言います。


 確かに、たったあれだけキャッチボールだけで筋肉痛になるのはおかしいです。


「怜は大丈夫なのか?」

 父が私に聞きます。


「平気。試合に出るため投げてたからかな」


 まあ、ここ最近は投げてないけど、筋肉痛にはならなかった。


「てか、それキャッチボールで筋肉痛になったの?」

「そうだよ」

「キャッチボールは2日前だよ」

「歳を取ると筋肉痛は遅くにくるんだよ」

 父は苦笑いで答えます。


「へえ」

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