第10話 スーパー

 今日は母がお出かけで帰りが遅いということになり、夕食はスーパー・フラッシュファインで弁当を買うことになっています。


 そして夕方に、私はフラッシュファインで西島伊吹に会いました。


『あ!』


 伊吹はカゴとトイレットペーパーを……違います。老人用の紙おむつです。それを手にしています。


 その私の視線に気づいたのでしょうか伊吹が、

「ばあちゃんのだよ」

「うん。分かるよ。老人用って書いてあるし」

「フンッ」


 なぜか伊吹は機嫌悪くそっぽを向きます。


「今日は母が用があって帰りが遅いので弁当なの」

「そうか」


 私が惣菜コーナーに足を向けると、

「まだやで」

 と伊吹に止められた。


「まだ?」

「値引きシールはまだや」

「え?」

「この時間やったらせいぜい10%引きや。30%引き欲しかったら、もう少し粘り」


 ……別に欲しくないんだけど。


 でもなぜか伊吹は『ええ情報やろ』みたいた面をするので、言えませんでした。


「じゃあな」

 と言い、伊吹は去って行きました。なんでしょうか良いことしたなというような背中は。


 仕方ないので飲料水コーナーを周り、500mlのオレンジジュースを取り、次に菓子コーナーでチョコとポテトをカゴに入れました。


 ふと菓子コーナーで惣菜コーナーに向かう伊吹を見たので私も弁当を求めて惣菜コーナーに向かいました。


 惣菜コーナーには店員さんが惣菜や弁当に値引きシールを貼っていました。


 オムライス、デミグラスハンバーグ弁当、牛焼肉弁当、唐揚げ弁当、豚カツ弁当、カツ丼などがあります。


 どれも美味しそうです。迷いますね。


 歩きながら数々の弁当を見渡していると五目シャケ弁当が目の前に現れました。五目ご飯に紅シャケ、たけのこ、ひじき。


 これは選択外だね。


 と、そこで横から手が伸び、目の前の五目シャケ弁当が取られました。


 その取った人物は伊吹でした。


「あんた、そういうの好きなの?」

「ちゃうわ。婆ちゃんのや」

「あ、なるほど」


 私はデミグラスハンバーグ弁当を選びました。伊吹はというとカツ丼と唐揚げ弁当と牛焼肉弁当です。


「そんなに食べるの?」

「親の分や」

「なるぼと」

少しは考えてしゃべり」

「……」

「お前のことや」

「ああ! そうだった」


 関西弁で自分はあなたでした。

 すっかり忘れてました。


 しかし、どうして関西人は相手のことを自分なんて言うのでしょうか? ややこしくない?


「それじゃあね」


 私はレジに向かい精算を済ませます。

 そしてカゴを台に置いたところであることに気付きました。


 レジ袋です。レジ袋は有料化になったのでした。

 忘れていました。


 ど、ど、どうしよう? どうしよう?


 もう一回並ぶ? 持って帰る?


 ジュースと弁当と菓子だ。ギリ持って帰れる。でも、万引きと思われない?


 てか、レジ後にレジ袋が買えるようにしてよ。


 ああ! どうしよう?


「使い」

「え?」


 伊吹が三角折にしたレジ袋を差し出してきました。


「うちはエコバッグあるかな」

「それじゃあ、遠慮なく貰うね」


 私はレジ袋を受け取り、弁当、ジュース、お菓子の順に詰めていきます。

 スーパーを出たときにはお空は夜の色を見せていました。


「自分どこらへんに住んどるんや?」

「ここと公園の間にあるマンション」

「へえ」

「そっちは?」

「駅の北口から出て、ヒューと真っ直ぐ進んでカクンと左に折れたとこや」


 ヒュー?

 カクン?


 私が小首を傾げると伊吹は家のある方角を指差します。


「あそこらへんや」

「あ! あそこね」


 確かあそこらへんは昔ながらの日本家屋が多い区画です。


「じゃあな」

「うん。レジ袋ありがとね」


 私と伊吹はスーパー・フラッシュファインを出て、すぐ別れました。


  ◯


 母が帰ってきたのは夜21時頃です。


「ご飯は食べた?」

「うん。ちゃんとスーパーで弁当を買って食べたよ」

「ごめんね急に。本当は作り置きでもしておこうと思ったんだけど、色々忙しくて」

「別に。忙しいって何が?」

「……まあ、ちょっとね」


 母がこう言う時は大抵大人の事情というやつでしょう。

 その後で父が帰ってきました。


「あら早いのね?」

「ん? いつも通りだけど?」

「……今日は私、用があるから晩御飯は外で何か食べてきてって言ったよね」

「ああ! そう言えば用があるとか。……え? 俺のご飯は?」

「ないわよ」


 その母の言葉に父はがっくりと肩を落とします。


「仕方ないわね。冷蔵庫の残りで何か作ってあげるわよ」

「ありがとう」

「期待はしないでね」

「玲は何を食べたんだ?」

「デミハン」

「…………ん?」

 父が目を点にします。


 ええ!? 通じないの?


「デミグラスハンバーグ弁当」

 私はゆっくりと一音一音はっきりと言いました。


「だからデミハンか」


 父はネクタイを取り、母に、

「で、何かできそう? ハンバーグとかできる?」

「できるわけないでしょ。冷蔵庫の残りよ。卵焼きと……たらこと……冷奴かな」

「……それじゃあ。ビールとそれにしようか。ご飯はいいや」


 父が着替えている間、母は卵焼きとたらこを焼きます。


「できた?」

 父は冷蔵庫からビールを取り出して母に聞く。

「もうすぐよ」


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