第8話 桜山と梅原

 家でだらけていると母から、

「なにぐうたらしているの。暇ならトレーニングしなさい」

 と叱られた。


「試合には出ないんだよ」

 ソファに寝転びながら私は言う。


「……まだラボでの練習があるでしょ。月謝払ってんだから最後まできちんとやりなさい。それに腑抜けたピッチングしてたらミノ君に怒られるよ。ほら、着替えてランニングしなさい」

「はあ〜? 何で脚を鍛えるのよ」

「あんた、プールの時に水着が着れなくなっても知らないわよ」


  ◯


 仕方なく私はトレーニングウェアに着替えランニングに。


 コースは国営公園の外にある登りと下りが連続で伸び続いている坂道。

 角を曲がり、登り道の前に差し掛かったところで伊吹と出会いました。


『げっ!』


 私と伊吹は互いを見て、嫌な声を出しました。


「何してんだよ。お前」

「ランニングよ」

「……あっそ」


 何よ聞いておいてその態度は。


「伊吹、行くよ」


 逢沢はそう言って走り出します。それに星野と伊吹が後に続きます。


 ──なによ! もう!


 私も走り始めます。


 逢沢と星野は速く、もう坂の上です。

 それに比べて伊吹は遅く、私のすぐ前です。

 前でちんたら走られても迷惑なので抜きたいのですが、私も体力がないので抜こうにもなかなか抜けません。


 ──こうなった!


 私は力を振り絞って伊吹を抜きます。


「しゃー!」


 抜いて喜ぶのも束の間、


「前、行くなや!」


 伊吹に抜かれました。


「うりゃあー!」

「邪魔や!」


 私達は交互に抜き返していきます。


  ◯


「……ぜぇ、はあ」

「……ひぃ、ふぅ」

「ふいて……ふぅるなや」

「ひょひこそ」


 坂を下り、私と伊吹は膝に手をつき、息を整えます。

 変に抜きあったせいか、体力がなくなりました。


「あ、あんた、た、体力なさすぎでしょ」

「じ、自分こそ。それで……よく、試合に、出るつもり、だったな」

「二人ともー! そこにいると迷惑だからこっちに移動」


 坂の下りの隣りに国営公園西口があり、逢沢が内から手招きしてます。

 私達は前後左右に注意しながら西口に向かいます。


 そして逢沢に連れられベンチのいるエリアまで移動させられました。ベンチには先に星野が座って寛いでました。


「なんや、心配か?」

「違うわよ。坂を下りたところでスモッグ注意が出たのよ。で、ここで休憩しようって星野と決めたの」


 うんうんと星野が頷く。


「スモッグ?」


 聞き慣れない単語です。なんだっけ? なんかモンスター?


「ほら放送されてたでしょ?」

「そういえばそんなの……あったような? なかったような?」

「あったわよ」

「で、あったからなんなの?」

「スモッグ出たら運動禁止や。そんなんも知らんのか?」

 伊吹が馬鹿にしたように言います。


「じゃあスモッグが何か知ってるの?」

 私は伊吹に問います。


「毒ガスモンスターや!」

『…………』

「……ハッ! モンスターちゃう。毒ガスや」

「うん。まあ、そんなものだよ」


 星野がフォローします。


「で、なんでスモッグが出てるの? 毒ガスならやばくない?」

「廃プラ工場や」

 と言い、伊吹は「な?」と星野を伺います。


「それは別の問題だよ 光化学スモッグとは関係薄いはずだよ」

「へえ。で、その廃プラ工場って何?」

「ほら、そこの国道を越えたとこにある工場だよ」


 逢沢が工場のある方角を指差す。


「ふーん」

「梅原の嫌がらせや」

「伊吹! めったなことは言わない!」

 と逢沢が息吹を叱ります。


「梅原って隣り町の?」

「せや」

「なんで?」

「さあな? ただ、あれこれと嫌がらせをしてくるんや」

「嫌がらせ?」

「マモー、京代、桃源堂のあれもや」


 マモー、京代、桃源堂はスーパーの名前です。

 そしてそのスーパーはなんと3つ並んで梅原町にあるのです。


「元々、一つは桜山にできる予定やったんや。それを梅原が掻っ攫ったや」

「他にも色々あるよ。図書館とか」

 星野が答える。


「後、小中一貫校とか魔の十字路とかな」

「それはやっかみじゃない? 市の問題でしょ?」

 逢沢が肩を竦める。


「でも、大人達がよく言ってるぞ!」

「うんうん。私も聞くよ。市長が梅原のやつだから、桜山関係はちんたらしてるって」

「私も小中一貫校は聞いたことある。私が小学校に入る前に大人達が話してたよね」


 結局、私は地元の小学校でなく、私立の小学校に入ったけど。


「もう中学生になるのに、いまだに設計で揉めてんだろ?」

「設計って?」

「なんか食堂かなんかで揉めたらしいぞ。広くするか小さくするかで」

「出来た頃には私達中学卒業してるかもね」

 星野は苦笑して言う。


「ちなみにさっき言ってた魔の十字路って何?」

「ほらスーパー・フラッシュファインから駅までの車道の途中に十字路あるでしょ」

 逢沢が説明します。


「あー、はいはい。あの急に現れる横道ね」


 よくスーパーの帰りに車の中で母がぼやいていた。急に車が現れてびっくりするとか。


 元々横の車道が先にあり、その後、縦の車道が作られたのでどちらかというとスーパー側からの縦の車道に問題があるという。


「どうしてなんだろうね。十字路と分かってても、まるで急に横から車道が現れるのよね」

「確か、奇跡的に十字路の向こうにある建物が十字路直前にある建物の横に連なってるように見えるからってのが識者の見解らしいわよ」

「ちゃうやろ。車道ぎりぎりに建物があるから、横の車道がみえないんじゃなかったか?」

「早く整備されるといいんだけど」

「今の市長やったら無理やろ。あいつ、梅原を第一に考えとるからな」

「さっきから聞いてるとホント失礼ね」

『!』


 急に高飛車な声で私達は驚きました。

 声の方にはツインテール子とその取り巻きらしき女の子が。


「誰?」

「梅原ファルコンズの峯岸愛美みねぎしまなみや」

「ファルコンズ? 峯岸?」

「対戦相手や。お前そんなんも知らんとピッチャーやるつもりやったんか?」

「あら、あなたが代理の子?」

「ちゃう。こいつは負けたから関係ない」

「ホント?」


 私は頷いた。


「で、何か用?」

 逢沢が聞く。


「用も何もあなた方が梅原をあることないこと吹聴するから否定しただけよ」

「否定やって? ホンマのことやろ」

「廃プラ工場はそっちでしょ?」


 すると取り巻き達も、

「そうよ。なんでわざわざ梅原に配プラ工場なんて作るのよ」

「地主は桜山の人間でしょ」

「しかもヨーロッパの銀行とか怪しすぎ」


 ヨーロッパの銀行。確かに怪しい。漫画とかだとスイスが出てくるけど、どこの国だろう。


「お前んとこの市長が決めたんやろ」

 と伊吹が言うと取り巻き達が、

「その時の市長は桜山の人間でしょ」

「しかも息子の裏口入学がバレて辞任でしょ」

 と捲し立てます。


「何わけわからんこと言うとんねん」


 伊吹は啖呵を切って前に出ようとします。しかし、それを逢沢が止め、


「伊吹、落ち着いて」

「まあ、野蛮ね。怖い怖い。試合で勝負って息巻いてたのはどこの誰かしら?」


 オホホと峯岸は見下すように笑う。


「ああ、せや! 試合でボッコボコにしたらー」


  ◯


「ホンマ、あいつら気に入らんな」


 伊吹は肩を怒らせて歩く。

 スモッグ警報もあり、ランニングは終了。


「てか、何でお前ついてくんねん」

「あの場で私一人にさせる気?」

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